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団長 × アミル

嫌悪にまみれた自覚

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【団長ルート】


 駐屯地へ戻り片づけを終えて自室へ戻る、その前に確認しておきたいことがあり団長室へ向かう。

「入れ」

 ノックの後に返ってきた短い許可に中へ入る。
 今回の報告書を読んでいたのか団長が座っている机には書類が積まれていた。

「アミル?」

 書類から顔を上げた団長が怪訝な顔をする。
 アミルのような下っ端が団長室に来るなどそうないだろうから無理もない。
 当たり障りのないところから話を始める。

「団長、今日は危ないところをありがとうございました」

 団長が駆けつけるのが間に合わなければ僕はダークアウルにやられていただろう。

「当然のことだ、一々礼など言いに来なくてもいいんだぞ?」

 困ったように笑う団長へ言いたかったんですと笑みを返す。
 少し雰囲気が柔らかくなったところで本題を切り出した。

「それで、その時に暴れるダークアウルの爪が足に当たりましたよね?
 治療をされていないようでしたので確認に参りました」

 硬いブーツに阻まれていたから怪我をしてないならそれでいい。
 ただ確認はさせてもらいたかった。
 団長が狼狽えたように身を引いたのを見て理解した。

「では治療するのでブーツを脱いでください」

「いや、こんなのはなんでもない傷だから……」

 治療を断ろうとする団長の下へすっと近づき足元へ跪く。
 椅子に座った団長の膝へ手を置くとびくりと身体を跳ねさせたけれど立ち上がって逃げる様子はない。
 ブーツは深く切れている。中の様子までは見えないので紐を解きブーツを脱がせていく。
 現れた傷に顔を顰めた。
 けして深い傷というわけではないけれど、消毒もせず放っておいていい傷ではない。
 用意していた小瓶から水を掛け布で拭っていく。
 別の小瓶から出した消毒液を布に取ると団長の身体が強張った。
 遠慮なしに傷口を消毒し、患部が布で擦れて悪化しないよう清潔な包帯で覆い結ぶ。
 ポーションを使うほどの傷ではないので自己治癒力に任せた方が良い。
 僕の治療をされるがままに受けていた団長へ終わりましたと呟いた。

「団長、団長はどうして自分の身を危険に晒すんですか。
 団長だから部下を守る。それはいいんです。
 責めるようなことじゃないし、自分もそれで助けられました。
 けれど適切な治療を受けないというのは止めてほしいです」

 小さな傷でも魔獣に受けた傷であれば後から悪化することだって考えられる。
 医療班にいる者としてどうしても受け入れられないことだった。
 真剣な目で団長を見上げる。アミルの視線に気まずそうに目を泳がせた団長がもごもごと謝る。

「悪い、自分の身体が頑丈だからついな」

「身体が頑丈であることは理由にならないと団長も知っていると思います」

 長く魔獣討伐の現場に身を置く団長なら知っているはずだ。
 その言葉では納得できないとじっと見つめていると気まずそうに呟いた。

「……ポーションが合わないんだ。
 消毒だけならまだいいが」

 思わぬ理由に目を瞠り団長を見つめる。
 表情を見る限り嘘ではないのだろう。

「魔力過敏症ですか?」

「いや? どちらかと言えば中毒に近いんだろう。
 飲めば気分が悪くなるし傷口にかければ悪化する。
 詳しくは言えんが一時期粗悪品のポーションが支給品に混ざっていたことがあってな、そのポーションを多量に摂取していたことが原因らしい」

 ポーションの素材からくる魔力過敏症ではなく不純物の入ったポーションを多量に摂取したことでポーションそのものに身体が拒否反応を示すようになったという。

「そんなことが……」

「一応言っておくが他言するなよ」

 釘を刺す団長に神妙に頷く。終わったことに僕が何か言えるわけもない。
 体質として明かした方が楽なはずなのにそうしないのには相応の理由があるのだろう。

「これからは自分を呼んでください。
 もうポーションでの治療が難しいことは聞きましたので、できるだけ簡素に必要なことだけしますから」

 小さな傷でもしっかり確認しないと魔獣による怪我は後々問題が出る可能性がある。確認だけでもさせてほしかった。

「すまん、大きな怪我のときはカイルにやってもらってたんだがな」

「副団長は知っているんですね」

「ああ、流石に長い付き合いだし誤魔化しきるのは難しくてな。
 アイツの治療は大雑把だから小さな傷のときは気づかれないようにしてる。
 一応言い訳しておくと今回の傷も後で水洗いはしようと思ってたんだぞ?」

 言い訳をする団長に苦笑する。すぐしてくれれば心配しなくていいんだけど。

「カイルは気づいていたと思いますよ」

 でなければ僕に、団長のところに行くならよろしくなんて言わないはずだ。
 不可解さはまだ胸にあるが、意図の一端は知れた。
 懐に入ったポーションの瓶の重みを感じながら立ち上がろうとする。
 ぽん、と頭に乗せられた手に動きが止まった。

「お前もあんまり無茶するなよ。
 騎士である以上危険は付き物なんだが、あの場面ではお前はアウルとの戦闘経験のある者に任せて下がり俺たちを呼びに行くのが最善だったはずだ」

 団長の言う通りで顔が上げられない。
 咄嗟に飛び出してしまったけれど、先輩だったらアウルの一撃を躱せたかもしれない。その間に他の先輩方でアウルへ対処できただろう。

「……すみませんでした」

「いや、無茶だったのは確かだがお前のおかげでアイツも負傷が軽く済んだ。
 よくやったな。
 初めての討伐だったのにパニックにならずによく頑張った」

 頭を撫でられて羞恥に顔が熱くなる。褒められる行動でなかったのは自分でよくわかっている。

「これから経験を積んで実力を高めていけば無謀でなく同じことができるようになる。
 それまで精進しろよ」

 優しく諭すような声にじんわりと広がる喜びにいたたまれなくなった。

「団長、手を……」

「ああ、すまなかった。
 じゃあ、お前もしっかり休めよ」

 立ち上がって頭を下げる。
 団長室を出て早足で離れる。顔が熱い、瞳が潤んでいるのがわかる。

 ダメだ。
 もう。

 ――好きだ。

 憧れなんて言葉で誤魔化せないくらいに強く。
 自覚してしまった淡いものとは違うそれに僕は泣きたい気持ちで廊下を進む。
 誰にも見られなくないと足早に自室に戻ろうとするのに、最も会いたくない人が廊下の先で壁に寄りかかって待ち構えていた。


「団長どうだった?」

「怪我はごく小さい物だったので消毒だけです。
 これ、ポーションお返ししますね」

 使わなかったポーションの瓶をカイルに返そうと差し出す。
 貼られたラベルには上級の文字があった。
 ダークアウルに受けた傷に使うには大げさなほどのそれを渡されたことに不可解さを感じていたが、団長の体質を考えてカイルが用意していたのだろう。

「いいよ、それはアミルが持ってな」

 これから使うこともあるだろうしと言う言葉に甘える。
 上級ポーションに使われているメイン素材は支給品のポーションとは違うため中毒症状を起こしづらい。
 全く起こさないわけではなくても持っていた方がいいだろう。
 小瓶をしまい直した僕をカイルがじっと見つめる。
 笑みに含んだ意図に、抑えられていた熱が上がる感覚を覚え目を逸らす。
 じんわりと肌に沁み入るような熱を含んだ視線が息を上擦らせた。
 上級ポーションが入った場所を押さえ浅くなる息をゆっくりと吸い落ち着かせていく。
 感じていた視線の圧力がふっと消える。
 顔を上げると楽しそうに目を細めたカイルが目に入った。

「じゃあ、アミルも早く休みなよ。
 初討伐任務お疲れ」

 軽く肩を叩いて立ち去っていったカイルとは違う廊下を通って外に出る。
 何も言わなかったカイルにほっとしたと同時に突き放されたような気分を味わっていた。



 ――。

 井戸から汲み上げた水を頭から被る。
 何度も繰り返して火照った身体を覚ます。
 討伐で高ぶっていたからなんて誤魔化しもできない。
 カイルが待ち伏せをしていたことで快楽への予感に身体が疼いた。

 ――……淫乱。

 行為中何度も囁かれた言葉が頭の中を回る。
 僕にあの人を好きになる資格なんてない。
 真っ直ぐで高潔なあの人に邪な想いを抱いた。
 それだけで汚らわしい存在なのだとそう思えた。


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