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裁くのは何のため
しおりを挟む王子と王子妃の処分はひっそりと行われた。
『彼の令嬢』への不義や侮辱、契約破棄はともかくとして、王子妃の行った誘拐・人身売買は公にできるものではなかったからだ。
件の興行を取りまとめていた組織は摘発され取り潰された。
王子妃の指示により浚われ嬲られる姿を見世物にされていた女性たちも保護された。しかし、受けた仕打ちへの恐怖や忌避感で家族の元に帰ることもできず、帰ることも望まなかったため、医療施設の併設された修道院へ入り心と体を癒すこととなった。
いずれ傷が癒えるときがくれば国が住む場所や生活費を補償し、その後の生活を支えることとなる。
王子は系譜から名前を抜かれ、王領地にある屋敷にて一生を監視付きで過ごすことが決まった。
妃とした相手の悪行には関わっていなかったことから、侯爵令嬢を公の場で侮辱したこと、王命の婚約を一方的に破棄すると宣言したことのみが裁かれた。
王子妃は裏社会と手を組み女性を浚い売買していた罪が最も重く、本来であればすでに裁かれた裏社会の者同様に処刑を言い渡され公に晒される予定であった。
しかし王子妃が守るべき民を闇社会に売り渡し口にするのも憚る内容の仕事を強いていたことは決して明るみに出せることではなく、王子妃の罪については密かに裁かれることとなる。
◆◆◆
「なぁに、罰が決定したの?」
看守ではない足音に顔を上げて鉄格子の向こうを見る。
そこにいたのは父親とされる存在だった。
「恨み言でも言いにきたの?」
険しい顔を見て先に言う。
「お前の行いのせいで私は二人も娘を失ったんだぞ。
なんでこんなことをしたんだ!」
「娘を二人失ったって、元々娘なんかいないじゃない」
虚を突かれたような顔が不快で発した声が低くなる。
「お姉様のことも別に娘として愛してたわけじゃないし、ただの駒でしょ。
私のことは可愛がってくれてたけど、結局娘でもなんでもないじゃない」
引き取られたとき侯爵家の籍に入れてもらったのは確かだけれど、それは侯爵の娘としてじゃない。
母の連れ子として養女になっただけで、血が繋がっていると公には認められていない。
お姉様の母親が生きている頃から浮気をしていたのが公になったら、お姉様の母親の親戚がうるさいからなんだろうけれど。
私は父親の知れない子として記録されている。
「それは」
「理由なんてなんだっていいわよ。
結局お父様は娘と呼びながら一度も認めてくれたことはない」
愛する人の娘は私にとっても娘だ、そう言いながら娘と認めてくれなかった。
「可愛がってはいたけれど、お姉様のように侯爵家に相応しい人間になれとも言わなかった。
それって養女でしかない存在だから侯爵家に見合った教養を身に着ける必要もなかったってことでしょう」
お姉様は娘として愛されなくても侯爵家に必要な駒として教養を磨き、王家に入ることを求められていた。
王家との縁がなかったとしても立場の釣り合う貴族に嫁ぐか婿を迎えるかを望まれたでしょう。
私は?
教師は付いてたし、低く見られない程度の振る舞いは身に着けている。
でも、だから?
誰かと縁付けられるわけでもなく、なんとなく生きてるだけ。
社交界では中途半端な立場で蔑まれながらも形だけは丁重に扱われる。
何のために存在してるのか、わからなくて。
もう、うんざりだった。
「復讐、だったのか……?」
「はあ? 復讐もなにもお父様たちは大して傷ついてないじゃない。
侯爵家は変わらず存続するし、賠償させられるわけでもない。
お母様と二人暮らしていくのに何にも困らないでしょ」
継嗣はいなくなったけど、親戚から誰か引っ張ってくればいいじゃない。
喜んで継ぐわよきっと。
「ふざけるな!
お前のせいで他の貴族に嘲笑や侮蔑の目を向けられるようになったんだぞ!」
「だから?
当主の座を譲って隠居すればそんな視線もなくなるわよ。
さっさと退場すれば?」
そう望まれてるんでしょ、と水を向ければ何故知っていると叫ばれた。
考えればわかるでしょ。
お父様が侯爵の地位にいたら周りのみんなも事件を思い出してしまうじゃない。
さっさと挿げ替えて全部過去のものにしちゃえば治めやすくなる。
国のためにはその方がいい。大した仕事してなさそうだったしね。
お父様の怒鳴り声を聞きつけて看守の人が中に入って来た。
興奮してるお父様を羽交い締めにして牢屋から引きずり出していく。
その様子を笑みを浮かべて見ている私をちらりと見て看守たちは出て行った。
再び静かになった空間で想いを馳せる。
お母様は臆病だから、ここに会いにくることはないでしょうね。
面会に来て騒ぎを起こしたお父様ももう許可が下りることはない。
家族との別れなんてあっけないものだ。
もし、事情を全部話してくれた上で公にはできないが確かにお前は私の娘だと言ってくれたのなら。
もし、お姉様と同じように駒としてでも侯爵家の者として扱ってくれたのなら。
「私はここにはいなかったかしら」
くだらないことを呟いた自分を嗤う。
楽しみながら人を虐げたのは私。
だから報いをうけるのも当然なのだ。
こうして牢にいてなお後悔の念が湧かないのだもの。
なるべくしてなったのだと思うとおかしくて笑いがこみ上げた。
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