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愛した女の本性
しおりを挟む流れる噂を収集するよう側近に伝えたのは『あの女』を貶める内容が愉快だったから。
俺たちが何もしなくても流れ出した噂は『あの女』が厭われていることを示すもの。
俺たちが囲っているという内容は不快だったが、直に罰を与えていると続く内容は溜飲を下げ、愉悦を得られた。
しかしある時から噂が変化を始めた。『あの女』を悪し様に言うものから俺たちを非難する内容へ。
側近が言い淀んでいたところを強引に聞き出したのは実に不愉快な内容だった。
どこの誰がそんなバカげた噂を流したのか調べろと言い渡してもろくな答えを持ってこない部下に苛立ちは高まるばかりだった。
中でも許し難いのは地方で広まっている下種な興行が俺の妃から始まったという噂だ。
俺が言い渡した婚約破棄を基にした興行は前からある。
性悪な姉を排して愛らしく美しい少女を婚約者に迎える王子の話は国中でもてはやされた。
それを改変し、性悪な姉を嬲る興行へ変化させたものが真っ当な人間は近寄らないような場所で公演され出した。
それ自体は別にいい。
勝手にやればいいし、『あの女』を貶める内容ならむしろ後援してやりたいと思う。実際には王子という立場では無理だが。
しかしそれを俺たちが始めたと偽り汚名を着せるのであれば話は別だ。
彼女にそんな話が耳に入らないようにしておかないときっと胸を痛めるだろう。
この時間なら部屋で休んでいるだろうかと、少しだけ顔を見に行くことにした。
驚かせようと訪れを知らせなかったことを悔やむことになるとは、このときまで思わなかった。
「あーあ、どうせなら実際に見に行けたらいいのに」
「流石に許可が下りるとは思いません」
残念そうな彼女の声と冷静に否定する従者の声。
そういえば最近は出かける機会も減っていた。
俺にねだらない所がいじらしく、微笑ましい気持ちになる。
許可が下りづらいところなら俺と一緒に行くか護衛を増やせば良いのではないかと算段をしていると、耳を疑う話が聞こえてきた。
「気に入らない女がどんな顔で嬲られてるのか知りたかったのにぃ。
あなたもイジワルよね。
報告を上げてくれても肝心のところを教えてくれないんだもの」
「王子妃がお知りになるようなことではありませんので」
淡々とした声で答える従者にもういいわと言い渡す声は愛らしい。
しかし続けて、どれだけ絶望してるか想像するのも楽しいからいいわと笑う声はぞっとするほど暗く妖しい色をしていた。
「でもさすが私よね。
かなりの利益を上げてるじゃない?
これでまた新しいドレスが買えるわね!」
「地下組織に金を流すのはあまりおすすめしませんが、何かあったときに使える駒を貸してもらうための恩は売れましたね。
これ以上は彼らの資金が増えすぎるので、適当なところで興行を打ち切らせるために禁止令を出した方がいいです」
「ええー? もっと稼ぎたいのにー。
まあ仕方ないわね。 便利だけど言うことを聞かなくなっても困るもの。
これまで稼がせてあげた分だけでも十分感謝してもらわなくっちゃ」
無邪気な声は裏社会との繋がりについて話しているとは思えないほど明るいものだ。
「ふふっ、でもお姉様が本当にあいつらの元に囚われてたらおもしろかったのに。
あーあ、せっかくお姉様を嵌めたのに逃がしちゃうなんて失敗したわ。
まさか家に帰る前に姿を消すとは思わなかった。
ちゃんと捕まえてどっかの爺に売るまで閉じ込めて私が幸せになったところを見せつけるつもりだったのに」
「言葉が過ぎますよ」
つまんない、と口を尖らせた様子を従者が咎めているようだった。
聞こえてきた内容を理解するまで時間がかかった。
側近が持ってきた噂。
裏道に足を突っ込んだ者が集う場所で始まった健気な少女が救われ悪女が罰を受けるという要素を入れ女優が嬲られる様を囃し立てる野蛮な劇。
私の妃になった彼女が口に出すのを憚るような興行を行わせているという噂。
それが真実だった……?!
まさかと言いたいが否定する根拠がない。
そして姉を嵌めたと言っていたあの話はどういうことだ?!
連想されるのは彼女が俺に訴えた虐待についての件。
馬鹿な……、あり得ない!!
早く、否定する証拠を見つけなければ、自分がしたことはなんだったのか。
うふふと可憐な笑い声に感じたのは、愛しさではなく理解しがたい焦燥だった。
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