上 下
13 / 19

愛した女の本性

しおりを挟む


流れる噂を収集するよう側近に伝えたのは『あの女』を貶める内容が愉快だったから。
俺たちが何もしなくても流れ出した噂は『あの女』が厭われていることを示すもの。
俺たちが囲っているという内容は不快だったが、直に罰を与えていると続く内容は溜飲を下げ、愉悦を得られた。
しかしある時から噂が変化を始めた。『あの女』を悪し様に言うものから俺たちを非難する内容へ。
側近が言い淀んでいたところを強引に聞き出したのは実に不愉快な内容だった。
どこの誰がそんなバカげた噂を流したのか調べろと言い渡してもろくな答えを持ってこない部下に苛立ちは高まるばかりだった。


中でも許し難いのは地方で広まっている下種な興行が俺の妃から始まったという噂だ。
俺が言い渡した婚約破棄を基にした興行は前からある。
性悪な姉を排して愛らしく美しい少女を婚約者に迎える王子の話は国中でもてはやされた。
それを改変し、性悪な姉を嬲る興行へ変化させたものが真っ当な人間は近寄らないような場所で公演され出した。
それ自体は別にいい。
勝手にやればいいし、『あの女』を貶める内容ならむしろ後援してやりたいと思う。実際には王子という立場では無理だが。
しかしそれを俺たちが始めたと偽り汚名を着せるのであれば話は別だ。

彼女にそんな話が耳に入らないようにしておかないときっと胸を痛めるだろう。
この時間なら部屋で休んでいるだろうかと、少しだけ顔を見に行くことにした。
驚かせようと訪れを知らせなかったことを悔やむことになるとは、このときまで思わなかった。

「あーあ、どうせなら実際に見に行けたらいいのに」

「流石に許可が下りるとは思いません」

残念そうな彼女の声と冷静に否定する従者の声。
そういえば最近は出かける機会も減っていた。
俺にねだらない所がいじらしく、微笑ましい気持ちになる。
許可が下りづらいところなら俺と一緒に行くか護衛を増やせば良いのではないかと算段をしていると、耳を疑う話が聞こえてきた。

「気に入らない女がどんな顔で嬲られてるのか知りたかったのにぃ。
あなたもイジワルよね。
報告を上げてくれても肝心のところを教えてくれないんだもの」

「王子妃がお知りになるようなことではありませんので」

淡々とした声で答える従者にもういいわと言い渡す声は愛らしい。
しかし続けて、どれだけ絶望してるか想像するのも楽しいからいいわと笑う声はぞっとするほど暗く妖しい色をしていた。

「でもさすが私よね。
かなりの利益を上げてるじゃない?
これでまた新しいドレスが買えるわね!」

「地下組織に金を流すのはあまりおすすめしませんが、何かあったときに使える駒を貸してもらうための恩は売れましたね。
これ以上は彼らの資金が増えすぎるので、適当なところで興行を打ち切らせるために禁止令を出した方がいいです」

「ええー? もっと稼ぎたいのにー。
まあ仕方ないわね。 便利だけど言うことを聞かなくなっても困るもの。
これまで稼がせてあげた分だけでも十分感謝してもらわなくっちゃ」

無邪気な声は裏社会との繋がりについて話しているとは思えないほど明るいものだ。

「ふふっ、でもお姉様が本当にあいつらの元に囚われてたらおもしろかったのに。
あーあ、せっかくお姉様を嵌めたのに逃がしちゃうなんて失敗したわ。
まさか家に帰る前に姿を消すとは思わなかった。
ちゃんと捕まえてどっかの爺に売るまで閉じ込めて私が幸せになったところを見せつけるつもりだったのに」

「言葉が過ぎますよ」

つまんない、と口を尖らせた様子を従者が咎めているようだった。
聞こえてきた内容を理解するまで時間がかかった。
側近が持ってきた噂。
裏道に足を突っ込んだ者が集う場所で始まった健気な少女が救われ悪女が罰を受けるという要素を入れ女優が嬲られる様を囃し立てる野蛮な劇。
私の妃になった彼女が口に出すのを憚るような興行を行わせているという噂。
それが真実だった……?!
まさかと言いたいが否定する根拠がない。
そして姉を嵌めたと言っていたあの話はどういうことだ?!
連想されるのは彼女が俺に訴えた虐待についての件。
馬鹿な……、あり得ない!!
早く、否定する証拠を見つけなければ、自分がしたことはなんだったのか。
うふふと可憐な笑い声に感じたのは、愛しさではなく理解しがたい焦燥だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者と親友に裏切られたので、大声で叫んでみました

鈴宮(すずみや)
恋愛
 公爵令嬢ポラリスはある日、婚約者である王太子シリウスと、親友スピカの浮気現場を目撃してしまう。信じていた二人からの裏切りにショックを受け、その場から逃げ出すポラリス。思いの丈を叫んでいると、その現場をクラスメイトで留学生のバベルに目撃されてしまった。  その後、開き直ったように、人前でイチャイチャするようになったシリウスとスピカ。当然、婚約は破棄されるものと思っていたポラリスだったが、シリウスが口にしたのはあまりにも身勝手な要求だった――――。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

彼だけが、気付いてしまった

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約なぞ破棄してくれるっ!」 学院の卒業記念パーティーで、またしても繰り返される王子による婚約者への婚約破棄。だが今回は何やら様相が違った。 王子が傍らに抱き寄せた男爵家令嬢を虐めたと婚約者をなじり、婚約者は身に覚えがないと真っ向から否定する。物証を持ち出しても、証人を立てても彼女は頑なに認めようとしない。 あまりのことに王子の側近候補として取り巻く男子たちも糾弾に加わる。 その中に、彼は、いた。 「大勢でひとりを取り囲んで責め立てるなど、将来の王子妃としてあるまじき……………ん?」 そう。彼は、彼だけが気付いてしまった。 そして彼が気付いたことで、その場の全てがひっくり返っていくことを、王子たちは気付いていなかった⸺! ◆最近こればっかですが設定なしの即興作品です。 思いついたので書いちゃいました。 ◆全5話、約12000字です。第1話だけすこし短め(約2000字)です。 ◆恋愛ジャンルで投稿しますが恋愛要素はやや薄め、ほぼ最後の方だけです。 もし違和感あればご指摘下さい。ジャンル変更など対応致します。 ◆この作品は小説家になろうでも同時公開します。

私の恋が消えた春

豆狸
恋愛
「愛しているのは、今も昔も君だけだ……」 ──え? 風が運んできた夫の声が耳朶を打ち、私は凍りつきました。 彼の前にいるのは私ではありません。 なろう様でも公開中です。

妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――

処理中です...