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本編
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しおりを挟む今、私は人生の修羅場とやらにいるのかもしれない。
いつも通り王太子妃教育が終わり、サロンに行くと、殿下と見知らぬ令嬢が腕を組んでいた。
「ハスライト様ぁ。あの方は?」
「ミ、ミュラン。これは…」
令嬢が殿下に抱きつき、勝ち誇ったかの表情で私を見る。
その隣にいる殿下はなぜか狼狽えている。
ああ、この方がかの令嬢ですのね。
私は確信した。
確か彼女はフィース男爵令嬢だったはず。
愛嬌ある顔に豊満な胸を惜しげもなく晒したドレスは、男性を誘惑する様な格好だった。
もう少し違った方が好みなのかと思っていたが、殿下も男性だったようだ。
「殿下、そのご令嬢だったのですね。では、私はお役目を果たしましたので失礼いたします。」
「ミュラン!」
自分でも驚くほどスラスラと言葉が出てきて、すぐに部屋を出た。
殿下が追ってきても追いつかれないように全力で走って逃げた。
ああ、これで私の役目はおしまい。
あとは、婚約解消を待つだけだわ。
そう思うと何故か目から涙があふれ出した。
「ああ…」
気づきたくなかった。
いや、気づかないふりをしていただけだ。
私はこの何年もの間、そこまで会話がなくても殿下の婚約者でいれたのは、一緒にいるのが心地よかったからだ。
話さなくても落ち着く雰囲気だった。
だからそばにいれた。
手紙を貰うことも、会話をすることもなくても、殿下の気遣いや優しさを知っていたから。
だからずっとそばにいたのだ。
殿下の目の色の宝石をわざわざ選ぶほど、心地よかった。
そう、
「私、殿下のことが好きだったんだわ…」
でも、もう遅い。
殿下は別な令嬢と恋を育んでいる。
そのための練習台になることを了承したのも自分だった。
けれど、殿下のことを知っていくたびにどんどん気持ちが溢れていったのに、それに気づかないように蓋をしたのだ。
「なんでもっと早く気づかないのよ…」
もう想ってもその言葉を口に出してはいけない人になってしまった。
自らその立場の解消を告げたのだから、今更変えることなどできない。
段々と足取りも重くなり、中庭に入ったところで誰にも見つからないように影で泣いた。
「ーーーーーミュラン!!!!!」
「え?」
後ろから叫ばれ振り返ると殿下がいた。
慌てて立ち上がりその場から逃げ出そうとするが、男性である殿下にかなうはずもなくあっさり手を引かれた。
その拍子にバランスが取れなくて、殿下の方へ倒れ込むと、そのまま抱きしめられた。
「で、でんか…?」
「ミュラン。泣かせてごめん。俺が悪かった。」
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