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弍の櫛
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なんの気配もなかったのに音もなく襖が開くので、これはまた「彼」だなあと竹衛門は内心溜息を吐く。そして予想に違わず、開いた襖の向こうには目も覚めるほどに麗しい姿があった。
「ずるいな、また一人で見ているのか。私も誘えといつも言っているのに」
気軽な調子で咎めながら滑り込んできた桔也はさっさと竹衛門の隣に陣取り、さも当然のように別の帳面を手に取る。竹衛門は無駄と知りつつも一応の説得を試みた。
「いや……これは楼主の仕事で……」
「私が見て悪いものでもないだろう」
「それはそうなんだが……」
「なら構わないな」
「……」
引くつもりなど最初から全くないらしい桔也は既に算盤を弾き始めていて、こうなってから話しかければ「邪魔するな」と逆に怒られる。やはりこうなったと内心肩を落としながら、竹衛門は仕方なく自分の計算に戻ることにした。けれどまたつい、隣の麗人に目を向けてしまう。
桔也の読み書き算盤の腕前には何ら問題ないことも、それどころか竹衛門以上と言えるほどの駆け引きや商いの才能までも隠し持っていることも、他の誰よりもと言えるほどによく知っている。とはいえこれが楼主である竹衛門自身の仕事であることには違いないし、昨夜も夜通し客に捕まっていた桔也が疲れていないはずもない。なので桔也が帳面を捲るのを見計らって、竹衛門は再びの説得を試みた。
「桔也、休んでいたほうが……」
「眠くないし、暇なんだよ。何かしてないと、退屈すぎて暴れたくなる」
「……それは困る」
「だろう?」
ふふっと笑った桔也がまた算盤を鳴らし始めるので、竹衛門はまた口出しができなくなる。どうしてもこの麗人に強く出られない自分に呆れても、とうの昔に二人の力関係はこの形で固定されていて、もはや竹衛門にはどうにもならないのだ。
親族を名乗る醜く粗暴な男によって浜岡屋に売り込まれた時の桔也はわずか六つで、しかも既にその親族によって「仕込まれた」後だった。その心身の傷で到底売り物にならない恐れもあった桔也を竹衛門の父である先代楼主が即座に買い上げたのは、自分が引き受けなければ我が子よりも小さいその幼子がどんな非道な目に遭わされるか分からないという恐怖に近い思いからだったという。そしてその勘は間違っていなかったらしいことも、数ヶ月後にようやくまともに口を聞けるようになった桔也によって遅まきながら明らかになった。
幸か不幸か、幼くか弱い体を乱暴に暴かれたことさえも決定的な傷とはならないほどに、それまでの桔也の暮らしも悲惨そのものであったらしい。そのうえ一度教え始めれば読み書き算術も芸事も教養に属する全ての物事も驚くべき速さと精度で会得していくものだから、咲けば花街でも随一の花になるだろうことは誰の目にも明らかだった。
そして何よりも、桔也自身が花として売られる事を自ら望んだ。それはほぼ間違いなく楼主へ感じている恩義の故だと誰もが知っていても、その楼主自身や女将や兄のように共に育った竹衛門がどれほど説得を重ねても、桔也は聞き入れようとはしなかった。
かつて予想されたよりもなお一層美しく開いたその花は今、澄まし顔で算盤と戯れあっている。そんな桔也と隣り合ってそれぞれに珠を弾いていると、彼が幼かった頃に同じように並んで座っていたことが、小さな手が算盤の練習をするのを見守りながら自分は父の手伝いでやはり算盤を扱っていた時代のことが、つい思い出されてしまう。その記憶のためになんだか絆されてしまうことも、竹衛門が桔也の「お手伝い」を拒めない理由の一つだった。
珠の軽やかな音の中で、竹衛門はまたちらりと桔也を窺う。帳面が数回捲られるほどのあいだ躊躇って、そして腹を括って声をかけることにした。
「……その」
「私は大丈夫」
顔も上げない桔也がさらりと遮ったので、竹衛門はついまた口を閉じてしまいそうになる。だが何とか立て直して探りを入れた。
「……何が?」
「但馬屋さんのことかと思ったけど。違うか?」
「……違わんな」
「やっぱりな」
狂いなく言い当てた桔也が文机に頬杖をつき、顔を寄せてくる。そして吐息の掛かるほどの距離で、蜜のような声が囁いた。
「……案じてくれるんだ? 竹衛門」
わざとらしい色をたっぷりと含ませた、背筋が寒くなるほどに妖艶な眼差し。揶揄われているだけだと知っていても、つい目を奪われてしまう。思わず伸びてしまいそうになる手をやっとの思いで押さえ込んだ。
楼主の身で花に手を付けることは、決してあってはならない。まして桔也は兄弟のように育ってきた、竹衛門としては家族に近い存在なのだ。胸の中で三つ数えて、そして努めて何気ない口調で竹衛門は答えた。
「……楼主としてな」
「ふふ、知ってるよ。『兄さん』」
瞬時に色香をしまい込んだ桔也が笑い声を立てる。肩を落とした竹衛門としては「悪ふざけがすぎるだろう」くらいの苦言は呈したかったのだが、その前にいきなり襖が開いた。間延びした声とともに養い子の笹乃介が入ってくる。
「旦那ぁ、桔也さーん、お茶でーす」
「ありがとう、笹乃介くん」
「……二人とも。桔也は本来ここにいるべきじゃないことを、少しは弁えてくれんか」
「え、そうなんですかあ?」
「私も初耳だな」
「……」
惚けているわけではなく本当に分かっていない笹乃介と分かっていてやっている桔也では、そのどちらがよりタチが悪いだろう。いや、どっこいどっこいか。思わず遠い目をする竹衛門の隣では、湯呑みを手に包んだ桔也が笹乃介に気軽に尋ねていた。
「橘伍はどうしてるか、分かるかな」
「えーっと、さっき見た時は本読んでました。読み終わりかけだったから、そろそろ出てくるかと」
「そうか。……することがなければ弥七くんの手伝いをさせてもらうように、言っておいてくれるかな」
「分かりましたー」
やはり間延びした口調で答え、笹乃介が下がっていく。また襖を閉め忘れてと呆れた竹衛門の隣で、桔也が柔らかい声で言った。
「年々似てくるな」
「……そうだなあ」
誰が誰になどとは、尋ねる必要もないほど明らかなことだ。竹衛門自身もしみじみと感じていたそれを、噛み締めるように肯定した。
竹衛門の幼馴染みとして桔也ともよく顔を合わせていたあの男が他界してから、その数年前には既に内儀を亡くしていた彼の息子を竹衛門が引き取ってから、もう十年になる。その時には既に竹衛門自身も産褥で妻に先立たれており、その子もまた産まれて数日のうちに亡くしていたから、笹乃介には当初から浜岡屋の跡目を継がせるためのあれこれを教え込んでいる。
その甲斐あって、父親の通夜で泣きながら竹衛門にしがみついてきた笹乃介も三月前には恙無く元服を済ませて、些かのんびりし過ぎているきらいはあれどまずまず頼り甲斐のある跡取りに育ってきていると言えるだろう。感慨を噛み締めながら竹衛門は少し迷い、そしてできる限り何気なく隣の麗人に伝えた。
「……君と橘伍くんも、年々似てくるな」
「不思議なものだよな、親子じゃないのに」
不快がられるかと案じながら言ったそれを、桔也はごくあっさりと受け止めて聞き流した。凪いだその返答に安堵してもいいのかどうかさえ、竹衛門には判じかねた。
端金で幼い桔也を売り飛ばしたあの親族が悪びれもせずに桔也に押し付けてよこした、桔也自身とちょうど同じ年頃からずっとこの茶屋で育っている橘伍。売ろうにも誰も欲しがらない野犬のような悪童だと吐き捨てられたその子を、桔也は大切に慈しみ守り育てている。当初は誰の手にも負えないほど荒みきっていた幼子は今や、日を追うごとにますます桔也に生き写しになっていく美しい少年としてすくすくと育っている。
一見すれば粗暴そうな振る舞いであの子供が隠そうとしているのは、迂闊に触れれば切れそうなほどに鋭利な聡明さ。そして、一度身内と認めた者たちへの眩しいほどに真っ直ぐな親愛の情。
あの少年の情深い気質を知っているから、それが反転して「敵」へ向けられる時のことは竹衛門には考えるだに恐ろしい。とりわけ、反抗して見せながらも心中では誰よりも慕い敬っている桔也へ欲を向ける男たちについては、億万回業火に焼かれればいいぐらいのことはあの少年は間違いなく思っているはずだ。それどころか、「頼りないところはあるが気を許せる兄貴分」と見てるらしい笹乃介を相手に橘伍がその怨嗟を吐き出しているのを竹衛門はこの耳で聞いてしまったことがあるし、それさえも随分と言葉を抑えていたらしいのが声音からありありと伝わってきた。そんなことを考えながら黙々と算盤を弾いていると、今度は大人の足音が向かってくるのが聞こえた。
竹衛門の手伝いをするべくやってきた二階廻しは、それが当然とばかりの態度で算盤と戯れている桔也を見ると思いきり呆れた顔をした。その呆れを隠さない抗議の声を上げる。
「あー! 梗花さん、また俺の仕事横取りして!」
「悪いね、暇だったものだから」
ようやく手を止めた桔也が全く悪びれない笑顔と口調で謝る。もちろんそれが口先だけのことなのは「また」と言えるほどの頻繁さで桔也に「仕事の横取り」をされている二階廻しにも見透かされているから、頼りになるが些か口の悪い男はぽんぽんと苦情を投げつけた。
「これっぽっちも悪いと思ってないでしょ。だいたい暇って何ですか、体休めるなり若い子らに稽古つけるなりしてりゃあ良いでしょ。それか橘伍と遊ぶとか」
「橘伍が遊んでくれればもちろん嬉しいけれど、この頃はなかなかね。……それじゃあ、初雪くんの三味線でも聞かせてもらってこようかな」
「最初からそうしてくださいよお。今弾いてる初雪じゃなくたって、梗花さんに見てもらえるとなったら誰も彼も何を放り出してでも飛んできますよ」
「それは賑やかになりそうだ」
「ちっとも本気にしてないでしょ。言っとくけどマジですからね」
だろうなあと竹衛門も深く頷くが、桔也はやはり大袈裟なだけの言い草だと聞き流しているらしい。どんな芸事にも花街随一の腕前を誇っているくせに、本人にばかりその自覚が欠けている。
「お邪魔したね」
「ほんとですよ、もうこれっきりにしてくださいよお」
「考えておくよ」
「考えるだけじゃなくて、……ああもう」
苦言を聞き流してさっさと出ていってしまった桔也にまた呆れた息を吐いて、二階廻しは今度は竹衛門に矛先を向けた。遠慮のない口調で文句を並べてくる。
「楼主だって酷いですよお、梗花さんに俺の仕事横取りさせてないで、梗花さんがきたらすぐに俺を呼んでくださいよ。どうせ楼主じゃ梗花さんを追っ払えないんだから」
「……」
ぐうの音も出ない竹衛門を呆れ返った表情で見下ろし、二階廻しはまたわざとらしい溜息を吐いた。ダメ押しとばかりの追い打ちをかけてくる。
「全く、楼主はほんと梗花さんに甘いんだからなあ。甘やかしすぎですよ」
いや、君は君で橘伍くんに相当甘いだろう。竹衛門は思わずそう突っ込みたくなったが、ぐっと飲み込んだ。間髪入れずに「そんなん楼主もですよ」と言い返されるのが目に見えているし、それについても反論の余地はないからだ。
「はあ。ほんっと、次はちゃんと俺を呼んでくださいよお。つーか、楼主ばっかり梗花さんを独り占めしてるって、若い子らが不満たらたらですよ」
「……それ、儂のせいか?」
「そうですよ」
きっぱりと答えられて竹衛門は肩を落とす。呆れ顔の二階廻しにはまだ言いたいことは山ほどあるようだったが、今はひとまずは矛を収めてくれたらしい。桔也のいた場所よりも少し竹衛門から距離をとって文机の前に収まり、算盤を引き寄せる。それを見て竹衛門も頭を切り替え、いくつかの指示を出す。そしてまた軽快な珠の音が響き始めた。
遠くに三味線の音が聞こえるのは、せがまれた桔也が手本を聞かせているのだろう。美しい旋律はいつの間にか溶けるように消え、しばらくすると今度は拙い響きが途切れ途切れに聞こえ始める。その音に耳を傾けながら、竹衛門は桔也に遂に言わせてもらえなかった話題に思いを馳せる。そして、そこから繋がっていくべきだったまた別の話題に。
花街に身を置く色とりどりの花々の中でも一際艶やかに咲く「梗花」に骨抜きになっている男は数多で、その半ば当然の帰結として彼を手生けしたいとの話が持ち上がった回数も既に数えきれない。けれど桔也はそのどれにも気乗りした様子を見せることがなく、時には竹衛門にだけはきっぱりと拒絶の意を伝えている。
楼主の竹衛門であれば桔也本人の意思に背いてでも身請け話を受諾することはできるのだが、そうまでするつもりは竹衛門にもなかった。身請けを願い出てくる男らの誰に囲われたとしても、その先の日々で桔也が、そして橘伍が、幸せになれるとは到底思えないから。
もしも橘伍の存在がなかったならば、桔也は今頃はとうに誰かのためだけの花になっていたのだろう。自分自身のことについてはあまりにも無頓着な気質のある桔也にとっては、彼だけの問題であればどこで誰のために咲くのも同じことでしかないのだろう。けれど橘伍が、慕う父を食い物にする男らを須く憎悪するあの少年が桔也の元にいる限りは、桔也が身請けを受け入れる日など来ることはないのだ。それが二人にとって幸なのか不幸なのか、竹衛門には判じきれない。
今となってはもう二度と桔也を訪れることのない「あの男」ならば、もしかしたら二人の心を変えさせることができたのかもしれない。息子の思いを尊重したがるあまりに口出しさえも滅多にしない桔也が彼自身の思いを語ることを一度だけ自らに許したならば、橘伍の頑なな心も少しずつでも緩んで「あの男」を受け入れたのかもしれない。
詮無いことと分かっていても、考えずにはいられない。隠しきれない強さで「あの男」を待ち焦がれていた頃の桔也を知っているから。もはや叶うことのない夢を象るあの櫛を、桔也は今なおあんなにも大切にしているから。
始まることもできなかった夢は枯れ落ちることさえできずに、今でも桔也を捕らえて離さない。見ることさえできなかったあの夢に縛られている限りは桔也は他の夢を見ることをしない、そんなことを彼は自らに許さない。
だから桔也は橘伍を説得しようとなどしないままで、橘伍は彼自身の魂を焦がすほどの憎しみを燻らせたままで、二人は今なお花街に彼ら自身を閉じこめたままでいる。その閉塞をもしかしたら打ち壊してくれるかもしれない光明が見えつつあるように竹衛門には思えたが、それは逆に二人を飲み込もうとしている一層昏い奈落への入口であるかもしれないものだとも分かっていた。
か細く繋がったばかりの糸は良縁か、はたまた悪縁か。橘伍に音も立てずに絡んだその糸の先にいる少年を、姿も名前も知らないその子どもを、竹衛門は思い描こうとした。
桔也が身請けの話を躱し続ける限り、彼が花街の中に留まる限り、彼とは決して出会うことのない少年。橘伍と変わらない年頃だという、紙問屋但馬屋の跡取り息子。
きっとその少年も父親に似ているのだろう、面差しも、もしかしたら「好み」までも。根拠はないけれど、なぜかそう思った。
太客ではあるが好ましくはないその客が桔也を訪れてきたのは月が替わるほどの時を隔ててのことだから、無沙汰を拗ねて見せることでおそらく相手は喜ぶだろう。桔也のその読みは当たっていた。
「忘れてしまわれたかと思っておりました」
「まさか。こんなにも美しいお前を忘れられるとでも?」
「口ではなんとでも言えます」
拗ねるふりをして見せれば相手は脂下がって喜ぶ。おめでたい気質の者は扱いやすくて助かるのだが、この類の男はえてして短絡な質でもある。そしてやはり、男は目をぎらつかせながら桔也へと手を伸ばしてきた。
「信じられんならば信じられるまで証そうか。夜は長い」
ねっとりと汗ばんでいる掌が馴れ馴れしく頬を包み撫で摩る。不快なその感触には本心では思い切り眉を顰めてさっさとその手を払いのけたいところだが、桔也はそうする代わりに太い指に自分の指を重ねた。甘く微笑んで見せる。
「そうそう容易くは、信じられません」
床部屋へ先に入った男のために一旦降りた階下で「支度」をしながら、今だけは堪える必要のない溜息を吐きだす。どうせ今夜もしつこいのだろうと、始まる前から予想できてしまうから。
「梗花さま……」
「ああ、心配ないよ。哥梅くんはこれから舞に上がるんだね。落ち着いてのびのびとご披露しておいで」
おずおずと声をかけてきた若い「子」をやんわりと遮り、暗に宴席へと促す。橘伍とさえ幾つも変わらない齢の彼は泣きそうな顔をしたが、桔也がもう一度促すと諦めたように階段を上がっていく。ややして桔也もゆっくりと二階へ上がり、床部屋へ滑り込んだ。
待ちかねていたらしい男にすぐさま引き寄せられ組み敷かれる。鼻息も荒く着物の裾を割ろうとするのをようよう宥めて、一旦身を起こして自ら脱ぎ落とす許可を得る。だが何の気なしに髪から櫛を抜き取った時、思いがけない言葉が飛んできた。
「またその櫛か。そんなに気に入っているのか?」
「……!」
小さく肩が震えたことはどうやら薄闇に助けられて見透かされずに済んだらしい。静かに息を整えて、桔也は努めて何食わぬ声を出した。
「……いえ、特には。着物に合わせやすい色なので、つい手に取ってしまうだけでしょう」
「そうか。それにしても随分と地味な作りだな。お前にはもっと華やかなものが似合うだろうに」
幸いにして、男にしてみればわずかな暇を塗りつぶすためだけの特に意味のない話だったらしい。特に興味もないだろうに伸ばしてくる手には気づかなかったふりをして、桔也はわざと無造作な動作で櫛を少し遠くに投げ出した。その醜い手によってこの櫛を穢されたならばきっと自制を忘れてしまうと、分かっていたから。
また口を挟まれる前に、別の簪を抜きとりながら淫らに笑って見せた。唾を飲んだ男に、甘えた声で心にもない「おねだり」をする。
「ならば、私のために、選んでいただけますか。……あなたの望む色で咲きたい」
「……っ」
狙い通り目の色を変えた男にもう一度微笑みかけて、既に羽織っているだけだった着物を肩から滑り落とす。近寄ることさえ待ちきれないとばかりの性急さで褥に引き倒されながらも、桔也は甘え媚びる笑みでじっと相手を見上げていた。
「ああ、もちろんだ。もっとお前に映えるものを、次の時までに必ず選んでこよう」
「楽しみに、お待ちしています。……でも、次はもっと早く、またお逢いしたい」
「ああ、そうしよう。可愛いお前を寂しがらせはしないさ」
寂しがるはずはない、二度と来ないでくれた方がよほどありがたい。そんな本心はおくびにも出さずに太い首へ腕を絡ませる。いやらしく腰をなぞりはじめた手に応えて、わざと熱っぽい息を零してみせた。
「ずるいな、また一人で見ているのか。私も誘えといつも言っているのに」
気軽な調子で咎めながら滑り込んできた桔也はさっさと竹衛門の隣に陣取り、さも当然のように別の帳面を手に取る。竹衛門は無駄と知りつつも一応の説得を試みた。
「いや……これは楼主の仕事で……」
「私が見て悪いものでもないだろう」
「それはそうなんだが……」
「なら構わないな」
「……」
引くつもりなど最初から全くないらしい桔也は既に算盤を弾き始めていて、こうなってから話しかければ「邪魔するな」と逆に怒られる。やはりこうなったと内心肩を落としながら、竹衛門は仕方なく自分の計算に戻ることにした。けれどまたつい、隣の麗人に目を向けてしまう。
桔也の読み書き算盤の腕前には何ら問題ないことも、それどころか竹衛門以上と言えるほどの駆け引きや商いの才能までも隠し持っていることも、他の誰よりもと言えるほどによく知っている。とはいえこれが楼主である竹衛門自身の仕事であることには違いないし、昨夜も夜通し客に捕まっていた桔也が疲れていないはずもない。なので桔也が帳面を捲るのを見計らって、竹衛門は再びの説得を試みた。
「桔也、休んでいたほうが……」
「眠くないし、暇なんだよ。何かしてないと、退屈すぎて暴れたくなる」
「……それは困る」
「だろう?」
ふふっと笑った桔也がまた算盤を鳴らし始めるので、竹衛門はまた口出しができなくなる。どうしてもこの麗人に強く出られない自分に呆れても、とうの昔に二人の力関係はこの形で固定されていて、もはや竹衛門にはどうにもならないのだ。
親族を名乗る醜く粗暴な男によって浜岡屋に売り込まれた時の桔也はわずか六つで、しかも既にその親族によって「仕込まれた」後だった。その心身の傷で到底売り物にならない恐れもあった桔也を竹衛門の父である先代楼主が即座に買い上げたのは、自分が引き受けなければ我が子よりも小さいその幼子がどんな非道な目に遭わされるか分からないという恐怖に近い思いからだったという。そしてその勘は間違っていなかったらしいことも、数ヶ月後にようやくまともに口を聞けるようになった桔也によって遅まきながら明らかになった。
幸か不幸か、幼くか弱い体を乱暴に暴かれたことさえも決定的な傷とはならないほどに、それまでの桔也の暮らしも悲惨そのものであったらしい。そのうえ一度教え始めれば読み書き算術も芸事も教養に属する全ての物事も驚くべき速さと精度で会得していくものだから、咲けば花街でも随一の花になるだろうことは誰の目にも明らかだった。
そして何よりも、桔也自身が花として売られる事を自ら望んだ。それはほぼ間違いなく楼主へ感じている恩義の故だと誰もが知っていても、その楼主自身や女将や兄のように共に育った竹衛門がどれほど説得を重ねても、桔也は聞き入れようとはしなかった。
かつて予想されたよりもなお一層美しく開いたその花は今、澄まし顔で算盤と戯れあっている。そんな桔也と隣り合ってそれぞれに珠を弾いていると、彼が幼かった頃に同じように並んで座っていたことが、小さな手が算盤の練習をするのを見守りながら自分は父の手伝いでやはり算盤を扱っていた時代のことが、つい思い出されてしまう。その記憶のためになんだか絆されてしまうことも、竹衛門が桔也の「お手伝い」を拒めない理由の一つだった。
珠の軽やかな音の中で、竹衛門はまたちらりと桔也を窺う。帳面が数回捲られるほどのあいだ躊躇って、そして腹を括って声をかけることにした。
「……その」
「私は大丈夫」
顔も上げない桔也がさらりと遮ったので、竹衛門はついまた口を閉じてしまいそうになる。だが何とか立て直して探りを入れた。
「……何が?」
「但馬屋さんのことかと思ったけど。違うか?」
「……違わんな」
「やっぱりな」
狂いなく言い当てた桔也が文机に頬杖をつき、顔を寄せてくる。そして吐息の掛かるほどの距離で、蜜のような声が囁いた。
「……案じてくれるんだ? 竹衛門」
わざとらしい色をたっぷりと含ませた、背筋が寒くなるほどに妖艶な眼差し。揶揄われているだけだと知っていても、つい目を奪われてしまう。思わず伸びてしまいそうになる手をやっとの思いで押さえ込んだ。
楼主の身で花に手を付けることは、決してあってはならない。まして桔也は兄弟のように育ってきた、竹衛門としては家族に近い存在なのだ。胸の中で三つ数えて、そして努めて何気ない口調で竹衛門は答えた。
「……楼主としてな」
「ふふ、知ってるよ。『兄さん』」
瞬時に色香をしまい込んだ桔也が笑い声を立てる。肩を落とした竹衛門としては「悪ふざけがすぎるだろう」くらいの苦言は呈したかったのだが、その前にいきなり襖が開いた。間延びした声とともに養い子の笹乃介が入ってくる。
「旦那ぁ、桔也さーん、お茶でーす」
「ありがとう、笹乃介くん」
「……二人とも。桔也は本来ここにいるべきじゃないことを、少しは弁えてくれんか」
「え、そうなんですかあ?」
「私も初耳だな」
「……」
惚けているわけではなく本当に分かっていない笹乃介と分かっていてやっている桔也では、そのどちらがよりタチが悪いだろう。いや、どっこいどっこいか。思わず遠い目をする竹衛門の隣では、湯呑みを手に包んだ桔也が笹乃介に気軽に尋ねていた。
「橘伍はどうしてるか、分かるかな」
「えーっと、さっき見た時は本読んでました。読み終わりかけだったから、そろそろ出てくるかと」
「そうか。……することがなければ弥七くんの手伝いをさせてもらうように、言っておいてくれるかな」
「分かりましたー」
やはり間延びした口調で答え、笹乃介が下がっていく。また襖を閉め忘れてと呆れた竹衛門の隣で、桔也が柔らかい声で言った。
「年々似てくるな」
「……そうだなあ」
誰が誰になどとは、尋ねる必要もないほど明らかなことだ。竹衛門自身もしみじみと感じていたそれを、噛み締めるように肯定した。
竹衛門の幼馴染みとして桔也ともよく顔を合わせていたあの男が他界してから、その数年前には既に内儀を亡くしていた彼の息子を竹衛門が引き取ってから、もう十年になる。その時には既に竹衛門自身も産褥で妻に先立たれており、その子もまた産まれて数日のうちに亡くしていたから、笹乃介には当初から浜岡屋の跡目を継がせるためのあれこれを教え込んでいる。
その甲斐あって、父親の通夜で泣きながら竹衛門にしがみついてきた笹乃介も三月前には恙無く元服を済ませて、些かのんびりし過ぎているきらいはあれどまずまず頼り甲斐のある跡取りに育ってきていると言えるだろう。感慨を噛み締めながら竹衛門は少し迷い、そしてできる限り何気なく隣の麗人に伝えた。
「……君と橘伍くんも、年々似てくるな」
「不思議なものだよな、親子じゃないのに」
不快がられるかと案じながら言ったそれを、桔也はごくあっさりと受け止めて聞き流した。凪いだその返答に安堵してもいいのかどうかさえ、竹衛門には判じかねた。
端金で幼い桔也を売り飛ばしたあの親族が悪びれもせずに桔也に押し付けてよこした、桔也自身とちょうど同じ年頃からずっとこの茶屋で育っている橘伍。売ろうにも誰も欲しがらない野犬のような悪童だと吐き捨てられたその子を、桔也は大切に慈しみ守り育てている。当初は誰の手にも負えないほど荒みきっていた幼子は今や、日を追うごとにますます桔也に生き写しになっていく美しい少年としてすくすくと育っている。
一見すれば粗暴そうな振る舞いであの子供が隠そうとしているのは、迂闊に触れれば切れそうなほどに鋭利な聡明さ。そして、一度身内と認めた者たちへの眩しいほどに真っ直ぐな親愛の情。
あの少年の情深い気質を知っているから、それが反転して「敵」へ向けられる時のことは竹衛門には考えるだに恐ろしい。とりわけ、反抗して見せながらも心中では誰よりも慕い敬っている桔也へ欲を向ける男たちについては、億万回業火に焼かれればいいぐらいのことはあの少年は間違いなく思っているはずだ。それどころか、「頼りないところはあるが気を許せる兄貴分」と見てるらしい笹乃介を相手に橘伍がその怨嗟を吐き出しているのを竹衛門はこの耳で聞いてしまったことがあるし、それさえも随分と言葉を抑えていたらしいのが声音からありありと伝わってきた。そんなことを考えながら黙々と算盤を弾いていると、今度は大人の足音が向かってくるのが聞こえた。
竹衛門の手伝いをするべくやってきた二階廻しは、それが当然とばかりの態度で算盤と戯れている桔也を見ると思いきり呆れた顔をした。その呆れを隠さない抗議の声を上げる。
「あー! 梗花さん、また俺の仕事横取りして!」
「悪いね、暇だったものだから」
ようやく手を止めた桔也が全く悪びれない笑顔と口調で謝る。もちろんそれが口先だけのことなのは「また」と言えるほどの頻繁さで桔也に「仕事の横取り」をされている二階廻しにも見透かされているから、頼りになるが些か口の悪い男はぽんぽんと苦情を投げつけた。
「これっぽっちも悪いと思ってないでしょ。だいたい暇って何ですか、体休めるなり若い子らに稽古つけるなりしてりゃあ良いでしょ。それか橘伍と遊ぶとか」
「橘伍が遊んでくれればもちろん嬉しいけれど、この頃はなかなかね。……それじゃあ、初雪くんの三味線でも聞かせてもらってこようかな」
「最初からそうしてくださいよお。今弾いてる初雪じゃなくたって、梗花さんに見てもらえるとなったら誰も彼も何を放り出してでも飛んできますよ」
「それは賑やかになりそうだ」
「ちっとも本気にしてないでしょ。言っとくけどマジですからね」
だろうなあと竹衛門も深く頷くが、桔也はやはり大袈裟なだけの言い草だと聞き流しているらしい。どんな芸事にも花街随一の腕前を誇っているくせに、本人にばかりその自覚が欠けている。
「お邪魔したね」
「ほんとですよ、もうこれっきりにしてくださいよお」
「考えておくよ」
「考えるだけじゃなくて、……ああもう」
苦言を聞き流してさっさと出ていってしまった桔也にまた呆れた息を吐いて、二階廻しは今度は竹衛門に矛先を向けた。遠慮のない口調で文句を並べてくる。
「楼主だって酷いですよお、梗花さんに俺の仕事横取りさせてないで、梗花さんがきたらすぐに俺を呼んでくださいよ。どうせ楼主じゃ梗花さんを追っ払えないんだから」
「……」
ぐうの音も出ない竹衛門を呆れ返った表情で見下ろし、二階廻しはまたわざとらしい溜息を吐いた。ダメ押しとばかりの追い打ちをかけてくる。
「全く、楼主はほんと梗花さんに甘いんだからなあ。甘やかしすぎですよ」
いや、君は君で橘伍くんに相当甘いだろう。竹衛門は思わずそう突っ込みたくなったが、ぐっと飲み込んだ。間髪入れずに「そんなん楼主もですよ」と言い返されるのが目に見えているし、それについても反論の余地はないからだ。
「はあ。ほんっと、次はちゃんと俺を呼んでくださいよお。つーか、楼主ばっかり梗花さんを独り占めしてるって、若い子らが不満たらたらですよ」
「……それ、儂のせいか?」
「そうですよ」
きっぱりと答えられて竹衛門は肩を落とす。呆れ顔の二階廻しにはまだ言いたいことは山ほどあるようだったが、今はひとまずは矛を収めてくれたらしい。桔也のいた場所よりも少し竹衛門から距離をとって文机の前に収まり、算盤を引き寄せる。それを見て竹衛門も頭を切り替え、いくつかの指示を出す。そしてまた軽快な珠の音が響き始めた。
遠くに三味線の音が聞こえるのは、せがまれた桔也が手本を聞かせているのだろう。美しい旋律はいつの間にか溶けるように消え、しばらくすると今度は拙い響きが途切れ途切れに聞こえ始める。その音に耳を傾けながら、竹衛門は桔也に遂に言わせてもらえなかった話題に思いを馳せる。そして、そこから繋がっていくべきだったまた別の話題に。
花街に身を置く色とりどりの花々の中でも一際艶やかに咲く「梗花」に骨抜きになっている男は数多で、その半ば当然の帰結として彼を手生けしたいとの話が持ち上がった回数も既に数えきれない。けれど桔也はそのどれにも気乗りした様子を見せることがなく、時には竹衛門にだけはきっぱりと拒絶の意を伝えている。
楼主の竹衛門であれば桔也本人の意思に背いてでも身請け話を受諾することはできるのだが、そうまでするつもりは竹衛門にもなかった。身請けを願い出てくる男らの誰に囲われたとしても、その先の日々で桔也が、そして橘伍が、幸せになれるとは到底思えないから。
もしも橘伍の存在がなかったならば、桔也は今頃はとうに誰かのためだけの花になっていたのだろう。自分自身のことについてはあまりにも無頓着な気質のある桔也にとっては、彼だけの問題であればどこで誰のために咲くのも同じことでしかないのだろう。けれど橘伍が、慕う父を食い物にする男らを須く憎悪するあの少年が桔也の元にいる限りは、桔也が身請けを受け入れる日など来ることはないのだ。それが二人にとって幸なのか不幸なのか、竹衛門には判じきれない。
今となってはもう二度と桔也を訪れることのない「あの男」ならば、もしかしたら二人の心を変えさせることができたのかもしれない。息子の思いを尊重したがるあまりに口出しさえも滅多にしない桔也が彼自身の思いを語ることを一度だけ自らに許したならば、橘伍の頑なな心も少しずつでも緩んで「あの男」を受け入れたのかもしれない。
詮無いことと分かっていても、考えずにはいられない。隠しきれない強さで「あの男」を待ち焦がれていた頃の桔也を知っているから。もはや叶うことのない夢を象るあの櫛を、桔也は今なおあんなにも大切にしているから。
始まることもできなかった夢は枯れ落ちることさえできずに、今でも桔也を捕らえて離さない。見ることさえできなかったあの夢に縛られている限りは桔也は他の夢を見ることをしない、そんなことを彼は自らに許さない。
だから桔也は橘伍を説得しようとなどしないままで、橘伍は彼自身の魂を焦がすほどの憎しみを燻らせたままで、二人は今なお花街に彼ら自身を閉じこめたままでいる。その閉塞をもしかしたら打ち壊してくれるかもしれない光明が見えつつあるように竹衛門には思えたが、それは逆に二人を飲み込もうとしている一層昏い奈落への入口であるかもしれないものだとも分かっていた。
か細く繋がったばかりの糸は良縁か、はたまた悪縁か。橘伍に音も立てずに絡んだその糸の先にいる少年を、姿も名前も知らないその子どもを、竹衛門は思い描こうとした。
桔也が身請けの話を躱し続ける限り、彼が花街の中に留まる限り、彼とは決して出会うことのない少年。橘伍と変わらない年頃だという、紙問屋但馬屋の跡取り息子。
きっとその少年も父親に似ているのだろう、面差しも、もしかしたら「好み」までも。根拠はないけれど、なぜかそう思った。
太客ではあるが好ましくはないその客が桔也を訪れてきたのは月が替わるほどの時を隔ててのことだから、無沙汰を拗ねて見せることでおそらく相手は喜ぶだろう。桔也のその読みは当たっていた。
「忘れてしまわれたかと思っておりました」
「まさか。こんなにも美しいお前を忘れられるとでも?」
「口ではなんとでも言えます」
拗ねるふりをして見せれば相手は脂下がって喜ぶ。おめでたい気質の者は扱いやすくて助かるのだが、この類の男はえてして短絡な質でもある。そしてやはり、男は目をぎらつかせながら桔也へと手を伸ばしてきた。
「信じられんならば信じられるまで証そうか。夜は長い」
ねっとりと汗ばんでいる掌が馴れ馴れしく頬を包み撫で摩る。不快なその感触には本心では思い切り眉を顰めてさっさとその手を払いのけたいところだが、桔也はそうする代わりに太い指に自分の指を重ねた。甘く微笑んで見せる。
「そうそう容易くは、信じられません」
床部屋へ先に入った男のために一旦降りた階下で「支度」をしながら、今だけは堪える必要のない溜息を吐きだす。どうせ今夜もしつこいのだろうと、始まる前から予想できてしまうから。
「梗花さま……」
「ああ、心配ないよ。哥梅くんはこれから舞に上がるんだね。落ち着いてのびのびとご披露しておいで」
おずおずと声をかけてきた若い「子」をやんわりと遮り、暗に宴席へと促す。橘伍とさえ幾つも変わらない齢の彼は泣きそうな顔をしたが、桔也がもう一度促すと諦めたように階段を上がっていく。ややして桔也もゆっくりと二階へ上がり、床部屋へ滑り込んだ。
待ちかねていたらしい男にすぐさま引き寄せられ組み敷かれる。鼻息も荒く着物の裾を割ろうとするのをようよう宥めて、一旦身を起こして自ら脱ぎ落とす許可を得る。だが何の気なしに髪から櫛を抜き取った時、思いがけない言葉が飛んできた。
「またその櫛か。そんなに気に入っているのか?」
「……!」
小さく肩が震えたことはどうやら薄闇に助けられて見透かされずに済んだらしい。静かに息を整えて、桔也は努めて何食わぬ声を出した。
「……いえ、特には。着物に合わせやすい色なので、つい手に取ってしまうだけでしょう」
「そうか。それにしても随分と地味な作りだな。お前にはもっと華やかなものが似合うだろうに」
幸いにして、男にしてみればわずかな暇を塗りつぶすためだけの特に意味のない話だったらしい。特に興味もないだろうに伸ばしてくる手には気づかなかったふりをして、桔也はわざと無造作な動作で櫛を少し遠くに投げ出した。その醜い手によってこの櫛を穢されたならばきっと自制を忘れてしまうと、分かっていたから。
また口を挟まれる前に、別の簪を抜きとりながら淫らに笑って見せた。唾を飲んだ男に、甘えた声で心にもない「おねだり」をする。
「ならば、私のために、選んでいただけますか。……あなたの望む色で咲きたい」
「……っ」
狙い通り目の色を変えた男にもう一度微笑みかけて、既に羽織っているだけだった着物を肩から滑り落とす。近寄ることさえ待ちきれないとばかりの性急さで褥に引き倒されながらも、桔也は甘え媚びる笑みでじっと相手を見上げていた。
「ああ、もちろんだ。もっとお前に映えるものを、次の時までに必ず選んでこよう」
「楽しみに、お待ちしています。……でも、次はもっと早く、またお逢いしたい」
「ああ、そうしよう。可愛いお前を寂しがらせはしないさ」
寂しがるはずはない、二度と来ないでくれた方がよほどありがたい。そんな本心はおくびにも出さずに太い首へ腕を絡ませる。いやらしく腰をなぞりはじめた手に応えて、わざと熱っぽい息を零してみせた。
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