上 下
45 / 60

後日談1① お兄ちゃん、ここは神聖な場所です(前編)※

しおりを挟む


 時刻は夕暮れ時。
 多くの参列者たちに祝福された、彼らを見送った後、シルヴァと私は教会に残っていた。正面の壁に設置された、竜の巻き付いた十字架の下にある聖壇の前に、二人で佇んでいる。
 二人だけになった教会の中には、生花の甘い香りが漂っていた。
 民たちの帰宅を促すための鐘の音が、窓の外から聴こえてくる。
 まだ眩しさの残る夕陽に、シルヴァの銀色の髪が橙色に照らされていた。

「お兄ちゃん、皆にお祝いしてもらえて本当に嬉しかった」

「良かった、リモーネが喜んでくれたのなら」

 普段は不愛想なシルヴァが、私に向かって満面の笑みを向けてくる。
 嬉しくなって、私は左手を唇に当てて微笑んだ。その時ちょうど、自身の左手の薬指に光る、翡翠のついた婚約指輪と、銀色に光る結婚指輪が目に入り、ますます気持ちが上向いてくる。

「そうだ、リモーネ。俺に話したいことというのは――?」

「婚約指輪も結婚指輪ももらっちゃったから、お兄ちゃんにプレゼントがあるの」

 彼に問われた私は、聖壇の上に隠しておいた、彼への贈り物を手に取った。
 宝飾品をしまう黒い箱を、そっと開く。
 中から、アメジストの粒が散らばる、銀で出来たカフスボタンを取り出した。宝石が、きらりと紫の光を放つ。

「お兄ちゃんの瞳と同じ、碧色の宝石がついた結婚指輪をもらったから、私からは、私の瞳の色をしたカフスボタンを……」

 彼は碧色の瞳をやわらげながら、私の掌からカフスボタンを受け取ると、さっそく袖に装着した。

「リモーネ、ありがとう。お前だと思って大事にする」

 シルヴァが心底嬉しそうな声でそう言うので、私の心臓はドキンと大きく跳ねた。

(良かった、シルヴァお兄ちゃんに喜んでもらえて……)

 私が微笑んでいると――。

「実は、俺もお前に、指輪以外にプレゼントがあるんだ」

 そう言うと、騎士団の黒いコートの懐から、同じく細長い黒いケースを取り出してきた。
 ケースの中には、涙型をした碧色の宝石がついたイヤリングが仕舞われている。
 国の南に位置する、海のような煌めきを宝石は放っていた。

「シルヴァお兄ちゃん、すごく綺麗……」

「結婚指輪は翡翠だっただろう? 今回は、エメラルドにしてみたんだが……」

 非常に透明度の高いエメラルドで、私はうっとりと眺めてしまう。

「お兄ちゃん、これ……下手したら、指輪よりも高かったんじゃ……?」

 翡翠ももちろん高価な代物だ。けれども、通常、エメラルドは傷つきやすく、純度の高いものはなかなか出回らない。こんなに煌めくほど透明感のあるエメラルドならば、翡翠に比べて相当値段は高かったはずだ。

「独身時代の給金をとってあったから、それで購入したんだが、まずかっただろうか? 伯爵家の財産として、お前に渡した方が良かったのか……?」

 シルヴァは真剣に悩んでいるようで、低い声で唸っている。

(お兄ちゃん、やっぱり面白い)

 私はケースからイヤリングを受け取ると、さっそく耳につけてみた。

「ううん、大丈夫よ。シルヴァお兄ちゃん、すごく嬉しい、ありがとう」

 そうして、彼に微笑みかけようとしたところ――。

「んっ……」

 唇に何か柔らかいものが触れた。
 すぐにそれが、シルヴァの唇だと分かる。
 しゃらりとエメラルドが揺れた。

「んんっ……あ……」

 彼の舌が、私の唇をこじあけ、歯列をなぞる。そのまま歯の間へと舌が滑り込み、内側の粘膜を這い始める。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみの親が離婚したことや元婚約者がこぞって勘違いしていようとも、私にはそんなことより譲れないものが1つだけあったりします

珠宮さくら
恋愛
最近、色々とあったシュリティ・バッタチャルジーは何事もなかったように話しかけてくる幼なじみとその兄に面倒をかけられながら、一番手にしたかったもののために奮闘し続けた。 シュリティがほしかったものを幼なじみがもっていて、ずっと羨ましくて仕方がなかったことに気づいている者はわずかしかいなかった。

え?私、悪役令嬢だったんですか?まったく知りませんでした。

ゆずこしょう
恋愛
貴族院を歩いていると最近、遠くからひそひそ話す声が聞こえる。 ーーー「あの方が、まさか教科書を隠すなんて...」 ーーー「あの方が、ドロシー様のドレスを切り裂いたそうよ。」 ーーー「あの方が、足を引っかけたんですって。」 聞こえてくる声は今日もあの方のお話。 「あの方は今日も暇なのねぇ」そう思いながら今日も勉学、執務をこなすパトリシア・ジェード(16) 自分が噂のネタになっているなんてことは全く気付かず今日もいつも通りの生活をおくる。

公爵に媚薬をもられた執事な私

天災
恋愛
 公爵様に媚薬をもられてしまった私。

悪妻と噂の彼女は、前世を思い出したら吹っ切れた

下菊みこと
恋愛
自分のために生きると決めたら早かった。 小説家になろう様でも投稿しています。

破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─

江崎美彩
恋愛
【作品名を変更しました】 侯爵家の令嬢エレナ・トワインは王太子殿下の婚約者……のはずなのに、正式に発表されないまま月日が過ぎている。 王太子殿下も通う王立学園に入学して数日たったある日、階段から転げ落ちたエレナは、オタク女子高生だった恵玲奈の記憶を思い出す。 『えっ? もしかしてわたし転生してる?』 でも肝心の転生先の作品もヒロインなのか悪役なのかモブなのかもわからない。エレナの記憶も恵玲奈の記憶も曖昧で、エレナの王太子殿下に対する一方的な恋心だけしか手がかりがない。 王太子殿下の発表されていない婚約者って、やっぱり悪役令嬢だから殿下の婚約者として正式に発表されてないの? このまま婚約者の座に固執して、断罪されたりしたらどうしよう! 『婚約者から妹としか思われてないと思い込んで悪役令嬢になる前に身をひこうとしている侯爵令嬢(転生者)』と『婚約者から兄としか思われていないと思い込んで自制している王太子様』の勘違いからすれ違いしたり、謀略に巻き込まれてすれ違いしたりするラブコメです。 長編の予定ですが、一話一話はさっくり読めるように短めです。 以前公開していた小説を手直しして載せています。 『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています。

【完結】大好きな貴方、婚約を解消しましょう

凛蓮月
恋愛
大好きな貴方、婚約を解消しましょう。 私は、恋に夢中で何も見えていなかった。 だから、貴方に手を振り払われるまで、嫌われていることさえ気付か なかったの。 ※この作品は「小説家になろう」内の「名も無き恋の物語【短編集】」「君と甘い一日を」より抜粋したものです。 2022/9/5 隣国の王太子の話【王太子は、婚約者の愛を得られるか】完結しました。 お見かけの際はよろしくお願いしますm(_ _ )m

第一王子様は妹の事しか見えていないようなので、婚約破棄でも構いませんよ?

新野乃花(大舟)
恋愛
ルメル第一王子は貴族令嬢のサテラとの婚約を果たしていたが、彼は自身の妹であるシンシアの事を盲目的に溺愛していた。それゆえに、シンシアがサテラからいじめられたという話をでっちあげてはルメルに泣きつき、ルメルはサテラの事を叱責するという日々が続いていた。そんなある日、ついにルメルはサテラの事を婚約破棄の上で追放することを決意する。それが自分の王国を崩壊させる第一歩になるとも知らず…。

死に戻りの公爵令嬢は嫌われ者の下僕になりたい

荒瀬ヤヒロ
恋愛
理不尽に婚約を破棄され投獄された。 誇りを守るためには自害するしかなかった…… はずなんだけど、目がさめると十歳の頃に戻っていた。 やり直しの人生、自分を陥れたクズ外道どもとは関わりたくないのは勿論のこと、私の誇りと名誉を守らせてくれた恩人に恩返しがしたい! たとえ彼が嫌われ者だったとしても! 「私をあなたの下僕にしてください!」 二度目の人生は恩返しのために使うと決めた公爵令嬢ステラの全力恩返し人生の幕が開く。

処理中です...