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第1話① 婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました

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 孤児院で子どもたちと遊んだ帰り、婚約者である侯爵クラーケから屋敷に呼び出された。


「ほら、クラーケ侯……リモーネ伯爵令嬢にお伝えしていただけませんこと?」


 派手な化粧、黒髪の巻き毛をした豪奢な美女が、赤茶けた髪に優男な風貌をしたクラーケにしなだれかかりながら、そう言った。
 彼女から漂うきつい香水の匂いが、鼻をついてくる。
 どこかで見たことがある女性だと思ったら、彼女は将軍の娘であるセピア公爵令嬢だった。
 彼女から豊満な胸を押し付けられたクラーケは、鼻の下を伸ばしてへらへらしている。

(なんだか、嫌な予感がする)

「リモーネ、すまない、君が僕によく尽くしてきてくれたのは知っている。だけど、僕が全て悪いんだ……セピアに、僕の子どもが出来てしまった……」

 青天の霹靂とはこういうことを言うのだろう。
 頭を棍棒か何かで殴られたような衝撃が、私の中を駆け巡り、なんだかとっても息がしづらかった。

「あ……あの……」

 私が口ごもっていると、セピア公爵令嬢が勝手に私の気持ちを代弁する。

「リモーネ伯爵令嬢もご理解なさったようですわ……子どもが出来てしまったのですもの、仕方ございません」

「リモーネ、すまない。病床についている、君の父上にはもうお伝えしてある。示談金は支払うから、許してほしい」

 突然、示談金の話なんかをされたが、頭に入ってこなかった。

 その場に、杭でも打たれたかのように動けない。

 胸が張り裂けそうなぐらい苦しくて、悔しくて――。

 確かに、伯爵令嬢である私と侯爵であるクラーケは、いわゆる御家同士の関係を良好に保つための婚約者同士だった。だけど、少なからず彼を想い、頼りにしていた私の胸は、まるで重石でも乗せられたかのように重くなっていく。
 何かにからめとられ、深い水底に突き落とされてしまったようだ。


「あ、あの……」


 もう社交の場以外では会うこともないだろう婚約者に一言、何か言いたい。

 それは婚約破棄しないでほしいという哀願だったかもしれないし、婚約者や、彼に近づく女への、怒りに任せた罵倒だったのかもしれない。

 唇が、手が、わなわなと震える。

 ぐちゃぐちゃになった胸の内を、どうにか相手に訴えかけた時――。

(でも、セピア公爵令嬢は妊娠なさっている。ここで彼女や彼を罵倒するわけにはいかない……だって、お腹の子に罪はないもの……赤ちゃんが聞いたら悲しむわ……)

 罵声を浴びせたい気持ちを、理性でぐっと押しとどめた。
 拳をぎゅっと握って、その場を耐える。

 震える私をちらりと見て、セピア公爵令嬢は私に向かってこう告げた。


「あら? リモーネ伯爵令嬢、まだそんなところにいらっしゃったの? もう貴女は、クラーケの婚約者ではありませんのよ。さっさと屋敷から出た方がよろしくてよ? この子の胎教に悪いので、出て行ってくださるかしら?」


 そうして、私は彼らに何も言えないまま、騎士につまみ出されてしまったのだった。



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