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3日目
42 最初の記憶3
しおりを挟むヒルダの身体がビクリと震える。
胸に抱いた聖剣だ。
のろのろと相手へと視線を移す。
『ヒルダ様、どうか悲しまないでほしい』
『声、剣から……?』
『ええ、そうです』
『どうして、今更喋りかけてきたの……?』
『喋れるようになったのが今だからですよ』
禍々しい黒い靄を放つそれが、ねっとりと声をかけてくる。
語り掛けてくる聖剣の声は、元は魔王だった青年の声に酷似していた。
穏やかな声音で剣は語り掛けてくる。
『ヒルダ様、どうか安心してほしい』
『え?』
『貴女にとって良い情報を僕は持っています』
良い情報と言われて、ヒルダが少しだけ希望を見出した。
(良かった、ジークフリードを助ける術があるかもしれない)
だが――
『貴女の心を惑わすジークフリートは、もうじき死にますから』
『え?』
『ずっと貴女の悩みの種だった青年が死ねば、何の気兼ねもなく、貴方は役割を果たすことができるのです。なんて幸せなことでしょうか――見てください、貴方が取り込んだ後に放った闇を――山一つ全てなくなってしまった。まったく生命の息吹を感じない』
『まさか……これは、私が……?』
『あの男、通常の人間だったら死んでいたはずなのに、なぜか生き残っているのが気になりますがね』
目の前が一瞬で真っ暗になったような気がした。
全身が凍り付いたように動かなくなった。
ドクンドクンドクン。
心臓が痛いぐらいに跳ね上がってくる。
(ジークが死ぬ……私のせいで、私が殺し……)
それ以上は考えたら、心が死んでしまいそうだった。
禍々しい闇を放つ剣が告げる。
『さあ、その男は捨て置いて、いきましょう』
のろのろと剣を見下ろした。
『新たな魔を統べる王ヒルダよ』
時が止まったかのような気がした。
魔を統べる王。
魔王。
(私が……)
聖女ではなかったのか――
『聖女は魔の器、魔剣たる我が鞘』
『器、鞘……?』
『そうです。剣と鞘がそろえば、どんな願いだって叶います』
ピクリ。
相手の言葉に思わず反応してしまう。
『どんな願いも……?』
『ええ、そうです』
『だったら――』
カチャリ。
魔剣を地面に置く。
か細い息を漏らしながら、ジークフリートが声をかけてきた。
『ヒルダ、そのおかしな男の、話を聞くな……』
ヒルダはゆらゆらと視線を上げると宙を見る。
『この人を助けることが出来る?』
すると、魔剣が告げた。
『それは無理です』
『どうして……?』
『我々は破壊をつかさどる存在にすぎないからです。生を担うのは、対局である最高神のみ』
『だったら……』
悲壮な表情を浮かべたまま、ヒルダは魔剣に問いかけた。
『破壊することは出来るの……?』
『何をです?』
ヒルダの声が心なしか震えた。
『この時を、時空を――時間概念を……破壊することは?』
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