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2日目
32※
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「山を下りるたびに記憶が消される魔術でもかけられていたんだろうか? ヒルダは覚えていないのかな?」
記憶がないだろうと指摘されて、ヒルダは返す。
「そんなことはないさ! 確かに私は父様に連れられて、私は何度もこの山を登って……いたはずで……」
なぜだろうか。
長老の孫であるブライアンから、父のことについて説明された。
その時、娘を連れていたと言っており、それは自分自身のはずなのに――
(どうして何の記憶もないんだ……?)
その事実に愕然としてしまい、二の句が継げなくなる。
「村人たちも、なんだかおかしくなかったかい? 長老の屋敷に君が向かうのを黙ってみていなかった?」
「それは、長老様に遠慮したんじゃ……おかしくはなくて……」
「だったら、村はずれの教会もどうかな? 君があれだけ、くすぐられて声を出していたはずなのに、どうして誰もこなかったの?」
「それは、だって、夜中だったから、皆寝ていて……」
「あんなに騒いでたのに、教会の中の皆は、ずっと俺たちのことを見ていたのかな?」
「それは……」
ざわざわと背筋を何かが這い上がってくるかのような感覚に陥り、前後不覚だ。
足下に地面がなくなり、そのまま落下してしまいそうな……。
不安定な気持ちで、心臓がバクバクと落ちつかなくなる。
不安を振り払うかのように、ヒルダは叫んだ。
「そうだ! そもそもそもさっきの父の話、ブライアン殿は私のことだと話していただろう? あなたが仮に生きていたのだとしたら、年齢は千を超えているはずだ! 話が矛盾していて……!」
ゆらり。
その時、なぜか目の前が湖面のように揺らいで見えた。
自分自身が消え入りそうな感覚に陥りそうになる。
(何が起こって……?)
気づいたら――
いつの間にか、ヒルダの全身に黒い靄が終結しはじめていた。
「これは、いったい、どうして……!?」
すると、ジークフリートにふわりと抱きしめられた。
「何を! 今は、こんなことをしている場合では……!」
瞬間、ジークフリートの光が、ヒルダを纏う闇を相殺する。
まばゆい光が爆ぜた後、光も闇も消えてしまった。
そうして、また白い靄だけが漂う。
だが、再び、黒い靄がじわじわと集まりかけてくる。
「なんで、黒い靄が……」
悲鳴にも似た叫びをヒルダが上げた、その時――
「ヒルダ」
「ジーク……」
口に馴染んだ名前。
ジークフリートがヒルダの金の髪を柔らかく梳いた。
「信じたくないのは分かる。俺が全て悪い。だけど、どうか俺の言うことを信じてほしい……」
これまでとは違って、重々しい口調だ。
だが、どこか熱情が孕んでいて、落ち着かなくなってしまう。
耳元では、誰をも魅了するような囁き。
「俺は人としての生を捨てるために、聖剣となる道を選んだ。もう、ただの英雄ジークフリートじゃない。今度こそ、ヒルダ、君の一人の女性としての願いを叶えてあげられる」
「私……は……」
ざわつきが落ち着くことはない。
脳裏に知っているけれど、知らない出来事がちらついて落ち着かない。
「俺の最愛の女性、ヒルダ」
そうして、ジークフリートがヒルダの顔を覗き込んだ。
「私は、貴方の最愛の女性なんかじゃ……」
相手の視線から逃れたくて、湖へと目をやる。
ドクンドクンドクンドクン。
(あ……)
そこには――
――ヒルダの姿は映っていなかったのだった。
彼の大きな掌が、彼女の太腿を撫で擦る。
「あっ……」
ヒルダの口から甘ったるい声が漏れ出た。
ジークフリートが切望するような声音で告げる。
「愛しているよ、ヒルダ、今度こそ終止符を打とう、もうずっと繰り返されている、この三日間に」
記憶がないだろうと指摘されて、ヒルダは返す。
「そんなことはないさ! 確かに私は父様に連れられて、私は何度もこの山を登って……いたはずで……」
なぜだろうか。
長老の孫であるブライアンから、父のことについて説明された。
その時、娘を連れていたと言っており、それは自分自身のはずなのに――
(どうして何の記憶もないんだ……?)
その事実に愕然としてしまい、二の句が継げなくなる。
「村人たちも、なんだかおかしくなかったかい? 長老の屋敷に君が向かうのを黙ってみていなかった?」
「それは、長老様に遠慮したんじゃ……おかしくはなくて……」
「だったら、村はずれの教会もどうかな? 君があれだけ、くすぐられて声を出していたはずなのに、どうして誰もこなかったの?」
「それは、だって、夜中だったから、皆寝ていて……」
「あんなに騒いでたのに、教会の中の皆は、ずっと俺たちのことを見ていたのかな?」
「それは……」
ざわざわと背筋を何かが這い上がってくるかのような感覚に陥り、前後不覚だ。
足下に地面がなくなり、そのまま落下してしまいそうな……。
不安定な気持ちで、心臓がバクバクと落ちつかなくなる。
不安を振り払うかのように、ヒルダは叫んだ。
「そうだ! そもそもそもさっきの父の話、ブライアン殿は私のことだと話していただろう? あなたが仮に生きていたのだとしたら、年齢は千を超えているはずだ! 話が矛盾していて……!」
ゆらり。
その時、なぜか目の前が湖面のように揺らいで見えた。
自分自身が消え入りそうな感覚に陥りそうになる。
(何が起こって……?)
気づいたら――
いつの間にか、ヒルダの全身に黒い靄が終結しはじめていた。
「これは、いったい、どうして……!?」
すると、ジークフリートにふわりと抱きしめられた。
「何を! 今は、こんなことをしている場合では……!」
瞬間、ジークフリートの光が、ヒルダを纏う闇を相殺する。
まばゆい光が爆ぜた後、光も闇も消えてしまった。
そうして、また白い靄だけが漂う。
だが、再び、黒い靄がじわじわと集まりかけてくる。
「なんで、黒い靄が……」
悲鳴にも似た叫びをヒルダが上げた、その時――
「ヒルダ」
「ジーク……」
口に馴染んだ名前。
ジークフリートがヒルダの金の髪を柔らかく梳いた。
「信じたくないのは分かる。俺が全て悪い。だけど、どうか俺の言うことを信じてほしい……」
これまでとは違って、重々しい口調だ。
だが、どこか熱情が孕んでいて、落ち着かなくなってしまう。
耳元では、誰をも魅了するような囁き。
「俺は人としての生を捨てるために、聖剣となる道を選んだ。もう、ただの英雄ジークフリートじゃない。今度こそ、ヒルダ、君の一人の女性としての願いを叶えてあげられる」
「私……は……」
ざわつきが落ち着くことはない。
脳裏に知っているけれど、知らない出来事がちらついて落ち着かない。
「俺の最愛の女性、ヒルダ」
そうして、ジークフリートがヒルダの顔を覗き込んだ。
「私は、貴方の最愛の女性なんかじゃ……」
相手の視線から逃れたくて、湖へと目をやる。
ドクンドクンドクンドクン。
(あ……)
そこには――
――ヒルダの姿は映っていなかったのだった。
彼の大きな掌が、彼女の太腿を撫で擦る。
「あっ……」
ヒルダの口から甘ったるい声が漏れ出た。
ジークフリートが切望するような声音で告げる。
「愛しているよ、ヒルダ、今度こそ終止符を打とう、もうずっと繰り返されている、この三日間に」
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