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2日目
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しおりを挟む白い靄に包まれながら、ジークフリードとヒルダは手を繋いだまま、湖の周囲を回る。
ひんやりと冷たい風が頬を優しく撫でていった。
「あの、ジークフリート様、デートなどをしている場合ではないのではないでしょうか? 世界は刻一刻と危機に見舞われているのですよ?」
静謐な空気が流れる中、ヒルダは隣を歩くジークフリート相手に伝える。
すると、相手がこちらを見て、淡く微笑んできた。
「まあ、そうかもしれないね。だけど、ずっと言っている通り、俺と君がちゃんと結ばれさえすれば、どうとでもなるんだ。だから、今、この時間は、俺に集中してほしい、お願いだよ、ヒルダ」
この世のものとは思えないほどの美貌の持ち主であるジークフリート。
彼に縋るような瞳を向けられると、抗えない何かを感じた。
ドクンドクン。
頬が勝手に赤らんでいき、胸が苦しくなる。
(なぜだろう、相手は軽薄なだけの男性だというのに……)
自分は男性のことを顔しか見ていなかったのだろうか。
そう思わざるを得ないほど、鼓動が落ち着いてはくれなかった。
相手の長い黄金の睫毛、紅い月のような神々しい瞳、すっと通った鼻筋、薄い唇。
(不覚だ……私はこの男の人のことが好きなわけではない……断じて違う……男性に免疫がないだけだ)
だけど、繋いだ手が、どうしようもなく懐かしいのはなぜだろうか?
ふと、相手に前方を塞がれた。
かと思えば、手を繋いでいるのと反対の手が、ヒルダの頬に優しく触れた。
「ヒルダ、君の一生懸命なところは美徳だ。だけど、あまりにも自分自身を追い詰めてしまう」
「あ……」
「一人で全て背負いこんで、全て一人でどうにかしようとする」
彼の紅玉のように美しい瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
視線を反らせようとしたが、できなかった。
「だが、私はもう大人で……」
「自分自身の力量を見極めて、自分一人でどうにもならないことを、誰かに頼るのだって、大人だからできることなんだ」
「でも、貴方をこの運命から解放するには、私が一人でどうにかしないといけなくて――」
そこまで口にして、ヒルダはハッとする。
ドクンドクン。
(私は今、何を口にしようとした……?)
自分だけど自分ではないような、だけど確かに自分が――
この湖のように思い出そうとすると、頭の中に靄がかかって仕方がない。
ぶるぶると身体が震え、額に玉のような汗が浮かぶ。
「私は……私は……聖女なんかでは……」
すると――
「そうだね、君はヒルダだ。皆のいう聖女じゃあない」
正気に戻ったヒルダはジークフリートの顔を見上げた。
少しだけ寂し気な表情を浮かべたジークフリートが、ポツリポツリと話しはじめた。
「この時期になると、君はいつもこの湖に来ていた」
「え?」
「もう遠い昔の話だから、忘れてしまったかもしれないけれど、俺たちはここで子どもの頃よく遊んだ。自身の境遇について語らい、手を繋いで、野山を駆けまわって――幸せな時を過ごした。子どもの頃の話だ」
「それは……私のことではなく、千年前の聖女の話ではないですか? 私は貴殿の言う聖女ヒルダではない……もう千年、剣に封じられているから耄碌してしまっているのかもしれないが……! 名前が一緒なだけで他人と混同して語られるのは不愉快だ!」
ふつふつと怒りが湧いてきて、ヒルダは毛を逆立てた猫のように怒りを露わにした。
すると、ジークフリートが掴む手の力が強くなる。
そうして、彼は寂しそうに微笑んだ。
「さっき、あのブライアンとかいう男が話していた内容だよ? 君は忘れてしまったのかな? いつも父親と一緒に来ていただろう、その時の話なんだけど……」
「え?」
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