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2日目
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しおりを挟む手がかりを求めて、聖剣との出会いの湖に戻ってきた。
白い靄が立ち込めており、昼間だけど薄暗い。
夏だというのに、少しだけ寒気がしてきた。
『さあ、ふりだしに戻っちゃったよ、さあさあ、早く俺のものになっちゃいなよ、ヒルダ』
「ごめんこうむる」
ジークフリートの誘いをヒルダは一刀両断する。
『うわあ、つれないな……』
「そろそろ、貴殿もこんな堅物相手に飽きてきたのでは?」
さらりと返したヒルダだったが――
『俺は一度でも愛した女にすぐに飽きるような男じゃないよ、君がどんな罪を犯したんだとしてもね、ヒルダ』
聖剣が急に改まった口調になって、ヒルダは戸惑ってしまう。
「え?」
その時――
バサバサと鳥の羽音が聞こえた。
「なんだ!??」
頭上を見上げると、巨大な魔鳥のつがいが空中を飛び交っていた。
「この付近の魔物は大概が大人しいのに、昨日からどうしてなんだ!? 魔王が復活したからだというのか!?」
不気味な唸り声が湖の周囲に轟く。
ざわざわと鳥肌が立ち、一気に緊張感が高まる。
ギギギ!!
威嚇してきた鳥が鋭い嘴をヒルダに向けて急降下してきた――!
(まずい、間に合わない……!)
その時――
腰に下げていた聖剣が眩い光を放つ。
ギャアア
鳥の断末魔が聞こえると同時に、焼け焦げた匂いが立ち込めた。
(今のは……)
瞼を閉じて、次に目を開けた時には、ジークフリートが人の姿になっていた。
さらりとした黄金の髪と、紅い血のような瞳の持ち主は、柔和な微笑みを浮かべる。
「ジークフリート様、どうして元のお姿に……!?」
「あれ、言ってなかったっけ? ……昼だけど、湖の近くなら、元の姿に戻れるんだよね?」
「くっ……」
「そこまで嫌がらなくて良いじゃん」
気づけば真正面に立っていたジークフリードがヒルダの腰を抱き寄せた。
ふわりと相手からシトラスの香りがくゆって、鼓動が高鳴ってくる。
(……異性慣れしていないせいで……!)
ヒルダが悔しさに唇を噛んでいると、ジークフリートの綺麗な顔がゆっくりと近づいてくる。
唇が触れるか触れないかぐらい近づいた、その時――
くすり。
ジークフリートが微笑んだ。
「反応、可愛いね、相変わらず……」
目の前でそんな風に言われると、心臓がドクンドクンと高鳴った。
(私は、こんな男のことなど……)
『私は、こんな男の人……――しようとしただけで……』
その時、自分の胸の奥で何かが疼いた。
ドクン。
――心臓が大きく跳ね上がる。
肝心な何かが聞こえなかったが――
言葉を紡いだのは――
自分だけど自分ではない何か。
「まあ、抵抗してくれて構わない、今度こそ、絶対に俺は君を離さないから」
ふざけているようにも見えるのに、眼差しは真摯なもので、相手から目を離すことができなくなった。
気づいた時には、唇の端に柔らかな何かが触れる。
(ジークフリート様の……)
唇。
そっと離れると、ますます胸の高鳴りが落ち着かない。
「さあ、せっかくだ、こちらに……」
「あの……」
白い靄の中に消えようとするジークフリートの背を追う。
靄を潜り抜けると――
気づいたら、ヒルダはアサガオ色の愛らしいドレスに身を包んでいた。
上半身はシンプルに胸当てだけだが、まるで花びらのような大胆で滑らかなフリルが数枚重なっている。ひざ下はすらりとした両脚が露わになった。
頭にも愛らしい花が一輪飾られている。
「この格好は……」
「俺の魔法だよ、さあ、おいで、湖の周りをデートと行こうじゃないか」
そっと掌を差し出され、ヒルダは恐る恐る掌を重ねたのだった。
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