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しおりを挟む帝国魔法騎士団の執務室の窓の向こうでは、春雨がさやさやと降っていた。
団長秘書官を務めるエリー・マズローは窓辺に立ちながら、今日も盆を両手に抱えながらドギマギと逸る心臓を落ち着けようと必死だった。
――カチャリ。
彼女から少しだけ離れた、部屋の中央にある執務机。
漆黒のローブに身を包んだ魔法騎士団長オズワルド・ボードウィンが、長い両脚を組んで薬草茶をたしなんでいた。
(オズワルド様は今日も無表情でいらっしゃるわ)
ボードウィン公爵家の嫡男であり、両親の魔術の素養を受け継いだと言われている彼は、良い意味では寡黙でミステリアス、悪い意味ではすこぶる不愛想で素っ気ない。
魔法騎士団所属を意味する黒い騎士団の衣服に身を包みながら、悠然と歩く姿には気品があり、感情の読めない様子は、聖騎士だった父親とは違って「魔王」のように見えなくもない。
現在、帝国最強の魔法騎士団長を務めているオズワルドだが、父譲りの剣技の持ち主であり、戦いの場に立てば流麗な動きで敵を翻弄するのだという。
(剣技にも魔法にも秀でていらっしゃる、そんな優秀で、しかもとてもハンサムな男性)
そんな彼が優美な仕草でカップをソーサーの上に置くとカチャリと音が立つと同時に、彼の流麗な黒髪も揺れる。凍てつくような碧い瞳の奥底に潜む感情をこちらからは読み取ることが出来ない。ふっと彼の薄い唇が綻ぶと、室内に彼の美しい低音が響く。
「まずいな」
彼の返答を聞いたエリーは心の中でがっくりと肩を落とした。
「だが、及第点といったところか」
直ちに彼女は心の中でぐっと拳を握りしめる。
(54回目でなんとか及第点をもらえたわ……!)
「エリー……いいや、マズロー秘書官、最初に比べたら上達している。滋養強壮の薬草を入れてくれているのも悪くはない。ここから先も精進してほしい」
気難しいと評判のオズワルドの茶をおいしく淹れられた秘書官はこれまでに一人もいないのだと噂されていた。厳しい物言いをする彼でもあるが、認めてもらえたようでエリーは嬉しくて心の中で小躍りをしてしまった。
「では、任務地で諍いが起こっているらしいので、団長の私が仲介に入らないといけない。失礼しよう」
すっと立ち上がった長身のオズワルドは、エリーよりも頭2つ分ぐらい背が高い。
彼が横切ると、鋭い碧い瞳と出会うと深い海の中に引きずりこまれるような錯覚に陥ると同時に、仄かに爽やかな水の中の香りが漂った。
――ゆらり。
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