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ハネムーン後の物語「隠し子騒動?」

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 休み明け。
 菓子工房で作業をしていたら――
 ふんぞり返った金髪の美少女――リサといったはずだ――が、看板の前に立ち尽くしていた。

「この間のリサちゃん」

「あら、ルイーズ・フォードじゃない」

 彼女は私の方をチラチラと見上げてくる。
 態度はでかいが、小さいな女の子のワガママだと思えば、特に腹が立つこともない。
 先日はギルフォードの隠し子ではないかと疑ってしまったが、しっかり見れば、同じ金髪でも種類が違う。

(ギルはアッシュブロンドだけど、この子の髪はもっと赤みがかったものだわ……)

 勘違いしてしまった自分を恥じていると――

「ルイーズ」

「ルイーズ姉さま!」

 耳馴染みのある低い声と同時に、小鳥のような愛らしい声が耳に届いた。

「この声……」

 振り向けば、路地の向こうから一人の美青年が現れた。脇に狩猟の獲物よろしく何かを抱えている。

「ギル! それに、ディランじゃない!」

 ギルフォードが抱えていたのは。私の年の離れた実弟・ディランだったのだ。
 二人はやいのやいのと言いながら、こちらに向かって歩いてくる。
 美青年と美少年の組み合わせだからか、道行く人々からかなり視線を向けられていた。

「ギルフォード義兄様、下ろしてください!」

「嫌だね、こうでもしないと、お前は絶対についてこねえからな」

「横暴ですよ、横暴! 父様にこの件は言いつけますから!」

「それは勘弁してくれ……だがな、ディラン、お前の大事な姉貴の心を晴らすためなんだから、我慢しろ」

「……っ……」

 普段はもっと大人しくて愛らしい印象の強いディランだが、ギルフォードに対してはわりと強気な印象を受けた。
 そんな中、二人のことを目にしたリサがぽっと頬を赤らめた。

(ん……?)

 そうして、我々の前にギルフォードが到達した。
 ゆっくりと地面に下されたディランは、姉の隣にいる人物に声をかける。

「リサ」

「ディラン様……」

 ディランに声を掛けられたリサは、さらに頬を赤らめる。

(んん……?)

 一瞬だけ負のオーラを漂わせたように見えたディランだったが、すぐに天使のような愛らしい笑みを浮かべた。そもそも純粋で愛らしいディランから負のオーラなど出るはずがないというのに……
 そんな愛らしい弟がにこやかに微笑んだ。

「どうしたんだい、リサ、そんなに可愛らしい瞳で見つめられたら、僕まで緊張してしまうよ」

 さすが父の血を引いている。
 将来女ったらしになりそうだなとぼんやりと思ってしまった。
 リサは林檎のように真っ赤になりながら、だけど少しだけ寂しそうにディランへと返す。

「ディラン様……まさか菓子工房に現れるなんて……よほど彼女のことが好きなのですね」

 リサはちらりと私の方を振り仰いだ。

(……?)

 もちろん姉弟だし、ディランは姉である私のことを慕ってくれている。

「リサ、勘違いしないでおくれ。ルイーズ・フォードは、僕の大事な姉なんだ。だって、同じ苗字だろう?」

「お姉さまだったのですか?」

「うん、そうだよ」

「我が国にフォード姓はわりといますし……だって……」

 リサが力強くディランに訴えた。

「ディラン様が教会で話してくださったでしょう? 『大切なルイーズ・フォード。彼女を助けてあげないといけない。おかしな男に目を付けられている。ずっとそばにいてもらいたい』って。あんなに熱心なディラン様を私は初めてみました」

(おかしな男? 私そんな男に就け狙われたりしたかしら?)

 ディランの目つきが鋭くなった気がしたけれど、可愛い弟に限ってそんな険しい表情を浮かべるはずはないのだ。

「こんなにもディラン様に愛されているのに、別の男にうつつを抜かしたり……どんな女性なのだろうかと気になりました。ディラン様に言われた通りに菓子工房に向かって、本人を見たら、一言言ってやらないといけないと思ったのです!」

 しばらく黙っていたディランだったが、ふっと愛らしい笑みを浮かべた。

「リサ、余計な真似は……じゃなくて、君が気にするようなことは何もないんだよ。さあ、その話の続きは二人でしようか」

「ディラン様……!」

 ふと、隣に気配を感じたために横を見ると、ギルフォードが立っていた。

「さて、今日もショーケースごと買い占めたぞ、ルイーズ、今日も上がりだ」

「ギル……」

「リサ嬢は、お前の弟のディランのことが好きだったんだよ。だから、ルイーズはディランの想い人だと勘違いされて、突撃されたってわけだ」

「なるほど……」

 だけど、ちょうど母親が来たりして、おかしな発言なんかが重なったせいで、誤解がどんどん深まっていってしまったということだ。

「同級生や下級生たちに聞いたが、リサ嬢の母親は平民の男と結婚していて、家にいないことが多いらしい。わりかし真面目に働いているみたいだが、単身赴任しているみたいで、他の屋敷の父親は家にいるのに、自分のところにはいないから母親が父親に捨てられたって思いこんでいるみたいだな」

 リサ嬢は思い込みが激しいようだ。
 まるで昔の自分を見ているようだなと、なんとなく同情してしまった。

(とはいえ、良かった。やっぱりギルには隠し子なんていなかったんだわ。問題が完全に解決して良かった……)

 やはりギルフォードは噂とは違って真面目な好青年なのだと、ほっと胸を撫でおろす。

「さあて、あとはこいつらにケーキでも食わせて、俺たちは屋敷へ戻ろう、ルイーズ……」

 そういうと、ギルフォードが私の額にちゅっと口づけた。

「ギル、人前でこんなことするのは恥ずかしいって、いつも言ってるでしょう?」

 その時――

「あの……」

 リサが私に声をかけてきた。

「ごめんなさい、ルイーズ様、てっきりディラン様の最愛の女性だと勘違いしておりましたの。名字が同じだから親戚のお姉さんだと勘違いしてしまいましたが、実のお姉さまでしたのね」

 先ほどまで高慢そうだったリサの態度が豹変した。あまりの変わり身の早さに、感心してしまう。猫なで声ですりよってくる。まだ少女なため、なんだかコロッと許してしまいたくなった。

(大人になったら、大物になりそうね)

 そうして、リサに向かって笑顔で返した。

「いいえ、誤解が解けたようで良かったわ」

 ふと、ギルフォードへと視線を移す。
 顔を真っ赤にしたディランが、ギルフォードに向かって何かを語りかけようとする。

「ああ、ルイーズ、着替えておいてくれ」

「……? 分かったわ」

 そうして、男二人で話し込みはじめる。

「ディラン、たまたまルイーズが見合いしようって日に、お前が具合が悪くなってくれたおかげで、俺にチャンスが回ってきてくれたわけだから、感謝はしているんだ。だが、今回、リサ嬢をルイーズにけしかけたのはお前だろう?」

「あとで見ていてくださいよ……せっかくルイーズ姉さまと一緒に過ごせる時間が増えたはずなのに、リサと一緒に過ごさないといけなくなった」

「自業自得だ。そもそも事の発端はお前なんだ。ああ、しかし、ガキのうちからそんなんじゃあ、先が思いやられるな……あとは年上からの忠告だが、そんな調子だと、リサ嬢にもそのうち愛想を尽かされるぞ」

「……悪い男に言われたくないですね……」

「ルイーズの心を乱すような奴は、家族だろうが子どもだろうが容赦しない。ちゃんと自分で責任はとれよ」

「わかりましたよ」

 ディランが少しだけ寂しそうにこちらを見てきた。
 結局二人のやりとりは小さかったので、何を話したのかは分からないまま――私はリサに別れを告げて、その場を後にしたのだった。


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