56 / 71
ハネムーン後の物語「隠し子騒動?」
2
しおりを挟む菓子工房での本日の業務も終わり、仕事着であるメイド服から普段着のツーピースドレスに着替えていたところ、更衣室の扉がガチャリと開いた。
「ルイーズちゃん!」
「きゃっ……!」
狭い室内の中に入ってきたオーナーのマダム・モリスンが、がばりと私に抱きついてきた。
「オーナー、どうしたんですか?」
マダム・モリスンは、夫であるギルフォードの叔母に当たる人物である。神々しいまでに明るいプラチナブロンドの髪に、透明なアクアマリンブルーの瞳の持ち主である彼女は、華奢でありつつも女性らしい妖艶な曲線を描く体形の持ち主だ。繊細そうな見た目にも関わらず、喋り方はわりとあっけらかんとしている。ショコラエティエに至るまでの経歴には謎の多い人物でもあったが、誰にでも気さくに接してくるため、わりと人望に厚かった。
彼女からは、上質なカメリアの香りが漂ってきて、大人の女性らしさを強く印象づけられる。豊満なバストをぎゅうぎゅうに押し付けられながら抱きしめられているため、少しだけ呼吸がしづらかった。しかも、すりすりと頬ずりまでされてしまう。
「ギルとは仲良くしているかい?」
「ええっと、はい……」
少しだけ尻すぼみになった。
先ほどの、ギルフォードの隠し子(?)のことを思い出して、少しだけ沈鬱な気持ちに陥っていたからだ。
「それなら良かったけど……なんだか浮かない顔をしているからさ、気になっちゃって」
「あ……」
恋愛経験が豊富そうなマダム・モリスンならば、相談に乗ってくれるかもしれない。だけど、ギルフォードの叔母でもある。
(さすがに相談しづらいわね……)
すると、マダム・モリスンが唇を吊り上げた。
さすが血縁者である、その笑みはギルフォードを髣髴とさせる。
「なんだい、なんだい、仕事は順調なんだから仕事の悩みじゃあない。新婚当初なら幸せいっぱいなはずなのに、その浮かない感じは、あれだろ」
「あれ?」
そうして、マダム・モリスンが得意げな笑みを浮かべた。
「ギルに浮気相手がいて、しかも隠し子がいた疑惑でも浮上してるんだろう!」
あまりに図星で目の前のロッカーに頭をがつんとぶつけてしまった。
「ありゃ、図星だったのかい? さっき、ルイーズちゃんが外で女の子と母親に絡まれてたのが見えたからさ。若い頃の話を思い出してあてずっぽうに喋ったんだが……」
「ええっと……」
マダム・モリスンの若い頃には、いったいどんな爛れた恐ろしい出来事があったのだろうか。気にはなったが、あまり聞かない方が良い気もして流すことにする。
「その……大丈夫です、勘違いだとは思うので……」
そうは言ったが途切れ途切れになった。
(だって、ギルは学生時代から私のことがずっと好きだったって話してたもの……)
だが、離れていたのは数年だ。
いくら私のことを好きだったとはいえ、交際していたわけではない。将来を誓い合った間柄だったわけではないし、途中、ギルフォードが他の女性と交際していなかった保障はない。
(言われてみれば、「国に戻ってからは他の女性にプレゼントは渡していない」だとか、意味深な言葉を話していなかった)
不穏な台詞を思い出し、胸の内にモヤモヤが広がっていく。
(そういわれれば、ギルが本国に戻ってくる前、女性との噂が絶えなかったのよね……)
ずっと好きだった相手と結婚することになって、浮かれて気づいていなかった。
男性の心と体は別だというし、やはり噂どおり女性遊びが派手だったのだろうか。
ふと、優男な自分の父の姿を思い出す。今となっては母一途な好青年だが、女性関係は派手だったという。やたらと娘の夫になったギルフォードのことを敵視しているが、自分自身と同類で重なるところがあるからだろうか。
(じゃあ、やっぱり、あの母子は、ギルに弄ばれて棄てられたの……?)
ショックというよりも罪悪感が胸を支配してくる。
どんどん暗い方に思考が傾いていると、マダム・モリスンが真面目な表情で語りかけてきた。
「う~ん、私はギルはおかしなことはしてないと思うけどね。そもそも忙しく働いてりゃあ、遊ぶ時間がないというか……」
逐一ギルフォードと連絡をとっていたマダム・モリスンがそういうのなら、そうなのだろう。なんとか心を前向きに持っていこうとしたのだが……
「まあ、ギルの父親のレオは、こう心と体は別物みたいなやつだったね、私も似たようなもんだけど……ああ、そのせいでごちゃごちゃなったんだったか……まあ過去の悪行は後まで響くこともあるね」
余計な話を聞いたせいで、ますます具合が悪くなってきた。
「老婆心でいうけれど、ルイーズちゃん、鉄は熱い内に打て、だよ。ギルの両親も面倒なことになってたから、ちゃんと話し合った方が良いよ。それに、どんなに失敗してもやり直せるのが人生の良いところだ」
「マダム・モリスン……」
最後は良い話風でまとまったが、やはり元気が出なくなった。
「まあ、泥船に乗ったつもりでいなよ、あれ、大船だっけ?」
マダム・モリスんは元気づけようとしてくれているようだったが、やはり気持ちは沈んでいった。
「そうだ、ルイーズちゃん」
彼女は私に怪しげな手提げ袋を渡してきた。
「これは?」
「ほら、今回のお助けアイテムだよ」
「お助け……」
頬が勝手にひくついてしまった。
「今度は食べものじゃあないから安心しな。何かあったら、これを開けるんだよ」
そういうと、マダム・モリスンが私の背をばしんと叩いてきた。
「……お気遣いいただきありがとうございます」
ちらりと袋の中を覗く。黒い袋に入った何かのようだ。
媚薬事件のこともあるが、今度は食物ではないらしく安心した。
そうして、私は泥船に乗ったつもりで帰宅したのだった。
0
お気に入りに追加
1,782
あなたにおすすめの小説
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【R18】黒髪メガネのサラリーマンに監禁された話。
猫足02
恋愛
ある日、大学の帰り道に誘拐された美琴は、そのまま犯人のマンションに監禁されてしまう。
『ずっと君を見てたんだ。君だけを愛してる』
一度コンビニで見かけただけの、端正な顔立ちの男。一見犯罪とは無縁そうな彼は、狂っていた。
イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?
すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。
病院で診てくれた医師は幼馴染みだった!
「こんなにかわいくなって・・・。」
10年ぶりに再会した私たち。
お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。
かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」
幼馴染『千秋』。
通称『ちーちゃん』。
きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。
千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」
自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。
ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」
かざねは悩む。
かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?)
※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。
想像の中だけでお楽しみください。
※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。
すずなり。
【完結】うちのお嬢様が婚約者の第2王子から溺愛されているのに真実の愛を求めて婚約破棄しそうです。
みやこ嬢
恋愛
★2024年2月21日余話追加更新
【2022年2月18日完結、全69話】
「わたくし、婚約破棄しようと思うの」
侯爵家令嬢のフィーリアは第2王子との婚約に不満がある様子。突然の婚約破棄発言の裏には様々な原因があった。
これは一時的な気の迷いか、それとも……
高位貴族の結婚事情。
周りとの温度差。
婚約者とのすれ違い。
お嬢様の幸せを誰より願う専属メイドの2人が婚約破棄回避のために尽力する。
***
2021年3月11日完結しました
2024年2月21日余話追加しました
【R18】悪役令嬢は騎士の腕の中で啼く――婚約破棄したら、爵位目当ての騎士様に求婚されました――
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※ムーンライト様で10月中旬に連載、完結した作品になります。
※R18に※、睡姦等
伯爵令嬢のリモーネは、クラーケ侯爵と婚約していた。しかし、クラーケは将軍の娘であるセピア公爵令嬢と浮気。あげくの果てに彼女は妊娠してしまい、リモーネとクラーケの婚約は破棄されることになる。
そんな中、頼りにしていた父が亡くなり、リモーネは女伯爵になることに。リモーネの夫になったものが伯爵の地位を継げるのだが、位の高いクラーケとセピアのことが怖くて、誰も彼女に近づかない。あげく二人の恋路を邪魔したとして、悪役としての汚名をリモーネは受けることに……。
そんな孤独な日々の中、彼女の前に現れたのは、立身出世まっしぐら、名高い騎士に成長した、幼馴染のシルヴァお兄ちゃん。リモーネは、彼から「爵位が欲しいから結婚してほしい」と求婚されて……?
お人好しのなりゆき悪役令嬢リモーネ×言葉足らずの無愛想で寡黙な年上イケメン騎士シルヴァ。
浮気男との婚約破棄後、偽装結婚からはじまった幼馴染同士の二人が、両想いになるまでの物語。
※ざまあというか、浮気男たちは自滅します。
《R18短編》優しい婚約者の素顔
あみにあ
恋愛
私の婚約者は、ずっと昔からお兄様と慕っていた彼。
優しくて、面白くて、頼りになって、甘えさせてくれるお兄様が好き。
それに文武両道、品行方正、眉目秀麗、令嬢たちのあこがれの存在。
そんなお兄様と婚約出来て、不平不満なんてあるはずない。
そうわかっているはずなのに、結婚が近づくにつれて何だか胸がモヤモヤするの。
そんな暗い気持ちの正体を教えてくれたのは―――――。
※6000字程度で、サクサクと読める短編小説です。
※無理矢理な描写がございます、苦手な方はご注意下さい。
【R18】ひとりえっちの現場をヤンデレに取り押さえられました。
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
タイトル通り。
孤児出身の助手エミリアが自慰行為をしていたら、上司で魔術師長のファウストに現場を見つかってしまい――?
R18に※、全15話完結の短編。
ムーンライトノベルズの短編完結作品。
【R18】突然すみません。片思い中の騎士様から惚れ薬を頼まれた魔術師令嬢です。良ければ皆さん、誰に使用するか教えていただけないでしょうか?
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※ムーンライトノベルズ様の完結作、日間1位♪
※R18には※
※本編+後日談。3万字数程度。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる