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本編

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(昔フラれたギルにだけは頼りたくない……だけど――)

 藁にも縋る思いだ。

「ギル、一生の頼みがあるのよ! 口裏を合わせてちょうだい! 貴方が私のことを嫌いなのは分かってる。だけど、何でも言うことを聞くから!」

 ギルフォードがぴくりと反応した。
 
「分かってるのか? 俺に頼みごとなんて、高くつくぞ」

 色香のある声音に、ぞくりとしてしまう。
 覚悟を決めるしかない。
 こくんと頷くと、ちょうど父が追い付いてきた。

「あれ? ギルフォード君じゃないか、久しぶりだね。父さんとは別に、事業を立ち上げて大成功を収めているらしいね」

 長身の父と並んでも、引けを取らない位高身長のギルフォード。
 談笑中の父がはっとなった。

「もしかして、ルイーズの恋人というのはギルフォード君のことなのかい?」

「そ、そうなのよ、お、お父様!!」

 ギルフォードがちらりと私を見降ろしてきた。
 念を送る。

(お願い、ギル! 口裏を合わせて!)

 父を騙すのは申し訳ないが、まだ仕事は続けたい。
 それに貴族のあれこれに縛られたくないのだ。

「二人とも、交際中だったの? なら、もっと早くに教えてくれてたら良かったのに……いったい、いつから?」

 ひんやりとした空気が父からは流れている。

(さすがに海外に行っていたギルと交際中だったなんて、無理がありすぎたかしら?)

 当のギルフォードも、にやりと不敵に笑んで私を見てくるだけで、何も答えてくれない。

(ああ、もう、やっぱりダメね……諦めて誰かとお見合いをしよう)

 少しだけ、ほんの少しだけ、淡い期待をしなかったと言えば嘘になる。

 その時――バサリと薔薇の花束が渡された。


「ロード・フォード、挨拶に来るのが遅くなりました。どうか、ルイーズ嬢には俺の――いいや、私の妻になっていただきたいと思っています」

 
 流れるような仕草で、ギルフォードが私のブラウンの髪を一房掴む。


「手紙のやりとりばかりで寂しかった、ルイーズ。愛している」


 彼がちゅっと私の頬に口づけてきた。 
 
(や、やりすぎよ! 誰も、お父様の前でキスしろなんて言ってないわよ!!)

 そばにいる父の背後から冷気を感じるのだが……。

「きゃっ……」

 その時、ギルフォードが耳元で囁いてきた。


「もちろん礼は身体で払ってくれるんだろうな、ルイーズ? 久しぶりに俺を愉しませてくれよ」


 見上げると底意地の悪そうな笑みを浮かべた美青年の姿。


(身体!? 一番ダメな相手に婚約者役を頼んでしまったかも……)


 かくして、私とギルフォードの嘘の婚約関係がはじまったのだった。


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