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しおりを挟むもう月は中天にかかりつつある。
袴を脱いで単衣姿になった椿は、布団の上で横座りになって考えていた。
数日前の忍の姉の一件があって、少しだけモヤモヤした気持ちを抱えたままだ。
貿易関係の仕事で忙しいからと言って、清一郎があの日以来屋敷を開けていることも気がかりだった。
(元々、清一郎と私、忍さんとお姉さんは知り合いではあるけれど……まだ清一郎が屋敷を出る前に、お姉さんと何か関係があったの……?)
気にはなるけれど、椿は清一郎の愛人という立場でしかない。
それに――。
(おじいさまの遺品を片していた時に気になる文書を見つけてしまった……)
文書に書いてあったのは、椿の父が海外留学に向かったことがある時に知り合った人物の子どもが清一郎だということ、清一郎が桜庭家に頻繁に出入りしていた頃から猪俣家の財政難がはじまりだした……ということなどが書かれていたのだった。
(清一郎、男に触られるのが嫌だって話していたけれど……もしかして、私のお父様が彼に何かしていたの……? 忍と私が婚約したのは清一郎が屋敷を出る前後ではなかった……?)
それよりも――。
やはり、清一郎は忍の姉と何かあるのだろうか――?
そんな風に心配していたら、忍の姉から手紙が届いていたのだ。
便箋に書かれてあったのは――。
『清一郎はわたくしと結婚したがっています。華族である私との身分差をどうにかするために、椿さんの猪俣家に住んでいると説明がありました』
――そんな風に書かれていたのだった。
(清一郎の目的は――忍に売られそうになっている私を助けて、憎い猪俣家の養子になって、忍のお姉様と結婚することなの……?)
ついでに椿を不幸にすれば――猪俣家への復讐にもなって、色々と都合が良かったのだろうか――?
――椿の胸が黒い靄に塗りつぶされそうな中、障子が開く。
「帰りました」
長身の美青年・清一郎が部屋の中へと入ってきた。
湯上りの彼は気流し姿なのだが、襟が大きく開いており、曲線を描く鎖骨と厚い胸板とが顕わになっている。
布団の上に座る椿の隣に、彼は優雅な所作で腰を落とすと、彼女の長く艶やかな黒髪に、そっと長い指を通しはじめた。
「どうしましたか、椿様? 何か気になることでも?」
ふいっと彼女は視線を逸らす。
「特に何も……」
「何もないという雰囲気には見えないが……」
椿は胸の前できゅっと手を握ると、思い切って彼に尋ねてみることにした。
「その……貴方が私を助けたのは、忍のお姉さんと結婚するのが目的なのですか」
「え?」
清一郎は不思議そうな表情を浮かべている。
「どうして、そんな考えに……?」
「ええっと、このような手紙が届いておりまして……」
隠していても結局はバレてしまうだろう。
椿は清一郎に一通の手紙を渡した。
さっと目を通したかと思うと、彼は掌でその手紙をぐしゃりと握りつぶす。
「黙っていうことを聞いていれば良いものを……余計な動きをする目障りな狐だ」
あまりにも低い呟きで全てを拾うことは出来なかった。
「その……清一郎?」
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