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しおりを挟む浅草通りには、数多くの映画館や劇場が立ち並んでおり、多くの市井の民達がひしめき合っていた。建物の窓から作品名の書かれた色とりどりの旗が吊るされ、風に揺られてハタハタと揺れ動いていた。
昔、清一郎と椿が遊びに来ていた時よりも、さらに多くの人が賑わっているようだ。
(……久しぶりに外に出たせいか、人に酔いそうだわ……)
清一郎と手を繋いでいない方の手の汗を、長着の袂に仕舞っていたハンカチーフで拭う。精緻な蔦模様の刺繍が施された愛らしい見目をしている。屋敷の中でぼんやりと過ごしていた椿に、資生堂オイデルミンとヘチマコロンと一緒に愛らしい包み紙でくるんで渡してくれたものだった。
「椿様、俺は入場券を購入してくるので」
「はい」
彼の手が離れると、ひんやりとした風が掌を嬲ってきて、なんだか物寂しさを感じてしまう。
椿は手巾を袂に仕舞った後、彼と繋いでいた手をもう片方の手で覆うと、そっと唇で触れる。
(この温もりをまだ失いたくない……)
今晩にも、清一郎から身体を求められるだけの関係に戻ってしまうかもしれない。
――いいや、求められてすらいない……。
清一郎は、椿の身体を通して復讐を果たそうとしているだけなのだから――。
(……久しぶりの活動写真……これを見終わったら……幸せな時は終わってしまうの……?)
入場券を買いに向かった清一郎の姿を、椿はぼんやりと眺めた。
二人が今宵鑑賞するのは有声映画だ。
皆、戦前は無声映画だけを楽しんでいたが、戦後には有声映画が導入されるようになり、人気を博している。まだ無声映画も残ってはいるが、いつか近い将来、活動弁士たちは職を失っていき、また新たな職業が生まれることだろう。
(たった数年で色んなことが様変わりしていく……時代の流れについてくだけで精一杯……環境がこれだけ変わるのですもの……人だって同じように変わってしまってもおかしくない)
そう――だから、清一郎も同じように、人格が変わってしまっていたとしてもおかしくはないのだ。
「ねえねえ、あの男の人を見て……!」
声の方へと目をやると、袴姿の女学生たちがワイワイとはしゃぎながら清一郎の方へと視線を向けていた。
「あんなダンチな(※段違いな)ナイフ(※未婚者)にあづけられたいわ……!(※結婚するの隠語)」
「ナイフかは分からないじゃない……! ああ、あの男性のアルファとオメガ(※上級生と下級生との愛情が極端に濃い形容)の炭酸瓦斯を吸いに行きたいわ(※活動写真を見にいきたい)……! 考えるだけでユズユズする(※嬉しい)……!」
彼女たちとは数歳しか変わらないはずなのだが、無邪気な様子が、やけに眩しく感じてしまう。
どうやら、聞き耳を立てるに、隠語を駆使して清一郎のことを褒めたたえているようだ。
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