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月の章
第23話 新月の前夜2
しおりを挟むしばらくすると、ルーナは落ち着きを取り戻した。
横たわるティエラからゆっくりと離れ、彼はベッドに腰かける。
彼女は体を起こすと、ルーナの背にそっと両手で触れた。そうして彼に、身体を預ける。
「以前も伝えましたが……私がルーナを嫌いになることはありません」
だから安心してほしい――。
そうティエラは伝えようとしたのだが――。
「嫌いになることがないだけ……なのでしょう」
(――――!)
ルーナが悲しんでいることが、彼の背中越しにティエラには伝わってくる――。
「貴女が、私を特別に好いてくれたことなど……」
(え――――?)
ルーナはその場に立ち上がった――。
ティエラは顔を上げる。
「そんなこと……!」
(そんなことはない……!)
ルーナにそう伝えたかった。
断片的な記憶や日記帳の記載。
昔のティエラが、ルーナに好意を抱いていたのが十分伝わってくる内容だった。
(確かに、恋愛感情だったのかは分からないわ――)
けれども――。
(少なくとも、記憶を失った後の私は、ルーナに恋をしている……)
ルーナに逢えると嬉しくなるし、他の女性との彼の噂を聞くと胸が苦しくなる。
時々、彼が怖いと思うこともある。だけど、ルーナの様子がおかしくなるのは、ティエラがルーナに心配をかけた時だけだ――。
(まだ、私のルーナへの対応が下手なだけよ――)
記憶を取り戻したとして――。
(混乱はするだろうけど、ルーナのことを好きだという気持ちは変わらずに残ると思う――)
だけれど、うまくそのことを、ティエラはルーナに伝えることが出来なかった。
「私は姫様に愛されたい。嫌われたくはない……私だけを見てほしい……私だけのものになってほしい……」
ルーナが俯きながら独白する。
(ルーナ、ひどく苦しそう――)
またルーナが泣いていることに、ティエラは気付く。
彼女はベッドに膝をついたまま、ルーナの背中を抱き締めた。
「ルーナは泣き虫ですね」
ティエラの言葉に対し、ルーナが振り返る――。
「きゃっ――!」
彼が振り返った反動で、また二人してベッドに倒れこんでしまった。そのまま、ティエラはルーナの胸の中に引き寄せられる。
「昔、まだ幼い頃の貴女が、私にそう言ってくださったことがありました……」
ルーナとの間にある過去――。
(思い出すことが出来ない――)
けれども、ルーナはひどく嬉しそうだった。
「貴女がいて下さったから、私はここまで生きてこれました」
愛おしそうに、ティエラの髪にルーナは指を絡めた。そうして、彼女の髪を一房手に取り、彼は口付ける。
「それなのに、私は……」
そう言ったまま、ルーナは何も言わなくなった。
(ルーナ……?)
彼は、寝息を立てて眠ってしまっていた。
ルーナはもう一月以上、城に一人で結界を張り続けている。それに加えて執務もこなしているのだから、疲れが限界にまで達したのだろう。
ルーナの腕から出ようとティエラは試みる。
(ルーナは眠っているのに……力が強くて抜け出すことは出来ないわ――)
眠る彼も、彫像のように美しかった。
さらさらとした白金色の髪を、ティエラは撫ぜる。
「おやすみなさい」
抱き締めてくるルーナはとても暖かくて、ひどく心地が良い。
ティエラにも、すぐに眠りが訪れた――。
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