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囚われの輝夜姫は、月夜に喘ぐ

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 翌日。

 彼が迎えに来てくれる頃。

 かたりと障子が空いた。

「蘇芳様!」

 だが、そこにいたのは――。

 継母である北の方と、下人のような薄汚れた男だった。

 北の方が私に向かって声を上げる。

「昨日、お前が男を招き入れている所を見たんだ。もう生娘じゃないならちょうど良い。これから先は、身体も売ってっもらって、金にしてもらうよ」

 そう言うと、部屋から出た継母が、外で錠を閉めてしまう。

 部屋から出れずにいると、ぬっと小汚い毛むくじゃらの男の手が伸びてくる。

「やめてください……!」

 たまたま着ていた蘇芳色の小袿を掴まれる。

(蘇芳様……!)

 気づけば、男に組み伏せられているではないか。

 恐怖で喉が渇いてひりついた。


『自己主張をしなければ、先ほどの男ではないが、大変な目に合うぞ』

 
 彼の言葉が脳裏にひらめく。


 持てる力を振り絞って声を出す。



「助けて……蘇芳様……」


 とてもか細い声。


 彼に届くはずはないぐらい小さな――。


 けれども――。


「よく、俺を呼んだな」


 障子と御簾が、けたたましい音を立てながら倒れていく。


 そうして、身体の上に乗っていた重さがふっと軽くなった。

 太刀の刃を向けられた下人は、悲鳴を上げて去って行った。


「蘇芳様……!」


「遅くなって悪かったな」


 そう言うと、彼は単衣の重さをものともせずに、ひょいと私を抱き上げた。


「さあ、行こうか、俺の――」


「何があったんだね、これは!」


 そこに、養父母の二人がばたばたと現れた。


 だが、彼らを無視して蘇芳は歩き始める。


「待て、そこの貴族! うちの稼ぎ頭をどこに連れて行くというのだ! 顔を見せないか!」

 養父が叫ぶ。

 その声を聞いた蘇芳が、私を抱きかかえたまま後ろを振り向いた。


「な……貴方は……!」


 養父がみるみると青ざめていく。

「東宮様……!」


「ご名答」


 蘇芳が艶やかに笑んだ。

(蘇芳様が、東宮……?)


 黙りこくった養父とは違い、なぜだか養母は顔を明るくした。


「東宮様……! でしたら、私の娘の方を! この娘よりも見目麗しく若い娘になります! ぜひ、帝になられた際には宮中に入内させていただきたく」


 呼び止められた蘇芳は、彼女を一瞥する。


「俺は輝夜を愛している。お前の娘のように、義姉を敬わず、余計な仕事ばかりを押し付けるような女を宮中に招き入れたりはしない」


 そうして、彼は少納言に向かって告げる。


「輝夜の出自も、調べてみたら、右大臣の出だという。何者かに攫われて、ずっと探していたそうだ」

「な、なんと……」

「欲が出たな……あの時、貴族の宴に、輝夜を連れてきさえしなければ分からなかったことだったのに」

 がっくりと養父である少納言は、床に膝をついた。

 彼らに送る軽蔑した眼差しとは違い、柔らかい濡羽色の瞳を柔和にしながら、蘇芳が私に微笑んだ。


「輝夜、金の瞳に惹かれたのは間違いないが、女狐たちとは違う、お前の心の優しさにどんどん惹かれて行ったんだ」


 私を迎えに来たのは、月の使者なんかではなくて――。



「愛しているよ、輝夜――皇后として、ずっと私のそばにいてくれ」


 彼はゆっくりと、私に口づけてくる。


「はい」


 ――この国の天子様だったのだ。



※※※



 その後、私を失った養父母の家は、見る影もなく没落していったという。

 義妹も、来てくれる婿がいなくなり、市井に働きに出るようになったそうだ。

 本来の生家へと戻った私の元へと、月からの使者ではなく、後宮からの使者が現れる。

 未来の皇后として迎えられた私と、次期帝――東宮である蘇芳。

 私たちは、仲睦まじく暮らし続けたのでした。

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