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囚われの輝夜姫は、月夜に喘ぐ
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しおりを挟むそうして彼は、たびたび人の目を盗んでは、私に会いにくるようになった。
なかなか貴族の姫君のようには暮らせていない私に、宮中の流行や和歌の作法などを教えてくれる。
桜の次期に出会った自分たちだったが、もう初夏が近づいてきていた。
しとしとと雨が降る日のことだ。
「はい、どうぞお食べください」
私は、夕食を食べそびれたという蘇芳に姫飯を差し出した。
「俺が好きな、柔らかい飯じゃないか。輝夜は、俺のことをよく分かっているな」
そう言って、磁器の椀を手に取ると、がつがつと箸で掻き込む。
「蘇芳様、鯛のお吸い物もございますよ」
「うまい、うまい」
全てを食べつくした彼は、満足そうに椀と箸を置いた。
粗野な喋り方をすることもあるが、どことなく彼の所作は貴族的で優雅だ。
ふと、彼が自分の方をじっと見ていることに気づく。
「お前は、俺がどういう立場の人間かはたずねてこないな……やはり、警戒心が足りないような気がする。おかしな親に育てられたせいだろうか? まあ、そのおかげで、こうしてお前との縁を深めることができたわけだが……」
(おかしな親……)
「そ、そんなことは……」
育ての親のことを思うと、なんどなく胸の奥がもやもやとした。
一応、寝食には困っていないのだから、彼らに感謝すべきなのだろう。
「お前の相手を悪く言わないところは美徳だが……なあ、ところで――」
「はい、なんでしょう?」
「俺はお前のことを気に入っている」
髪と同じ濡羽色の綺麗な瞳でそう言われ、胸がきゅっと苦しくなる。
「あの……」
「輝夜、お前の方はどうだ?」
「私は……」
いつの間にか、近づいてきていた蘇芳が、出会った時のように私の顎を掴んだ。
「好きだ」
真剣な声音でそう言われ、心の臓が壊れてしまいそうだった。
「私も……です」
流されたわけではない。
日々の交流の中で、厳しいながらに心配して助言をしてくる、そんな彼の人柄のよさに、私も惹かれていったのだ。
そうして、私たちは、初めての口づけを交わした。
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