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最終章 満天の星の下、消えゆく君と恋をする
最終話ー8 ??side
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『君がまた泳げるようになりますように!』
いつだったか分からない。
思い出せないけれど、女性の声が木霊する。
(昔は自分の方がこいつの病気が治るようにって心配してたのにな)
昔?
昔とはいつなのだろうか?
だけど、そんなことはどうでも良いぐらい、なんだか胸が何かに鷲掴みにされたように苦しくて……
ざわざわと蟻走感が指先に駆けては消えていく。
男の視界が涙で滲んだ。
頬に何か熱いものが流れ落ちる。
それは自身が流した涙だった。
「俺はなんで泣いて……俺は、どうしてお前のことが、こんなにも……」
それ以上は唇が戦慄いて言葉が出来ない。
降り注ぐ流星の中、目の前の女性が泣きながら微笑んできた。そうして、首を横に振る。
「無理に思い出さなくても大丈夫。だけどね、これだけは言わせて」
彼女の言葉を待つ。
桜色の愛らしい唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「君がお願いしてくれたから、病気、ちゃんと治ったんだよ、ありがとう」
彼女は泣きながら嬉しそうに微笑んでいた。
(ああ、そうか、俺は……)
まるで走馬灯のように脳裏に彼女の顔が浮かんでは消える。
彼女のくれた言葉の数々が聴こえては消えていく。
「美織」
突然、女性の名前が口を吐いて出た。
全てを思い出せたわけではない。
だけど、目の前の彼女が自分にとって、どうしようもなく大切な女性だと。
記憶は消えていくけれど、心が、体が、魂が、男の全身全霊が――彼女のことが愛おしいと叫んでいた。
「あ……」
目の前の美少女がハッと身体を強張らせた。
そうして、涙を流しながら、男の身体に飛びついた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
泣きじゃくる美織の背を、男のやせ細った腕がそっと抱きしめる。
そうして、彼女の黒髪を細くなった指で梳くと、耳元で囁いた。
「また一緒に星を観よう、良かったら、そうだな、小さい頃に交わした約束通り、一緒に泳ぐとするか」
美織の瞳が涙で揺れる。そうして、戦慄く唇で答えた。
「じゃあ、カナヅチの私に泳ぎを教えてくれる?」
「ああ、そうか、泳げないんだったな、仕方ないから教えてやるよ」
そうして、彼がそっと右手の小指を指切りの形で差し出した。
彼女がおずおずと彼の小指に自身の小指を添わせる。
「じゃあ、君とまた約束」
「ああ、そうだな。あの時の約束を今度こそ果たしてみせるよ」
二人は指切りを交わす。
「ちゃんと『一緒に海を泳ぐ』約束を守りに帰ってきてくれて、ありがとう、――」
彼女が初めて彼の名を呼んだ。
窓の向こうの夜空では流星群が海に向かって駆けては消えていく。
二人は、互いが生きていることを証明し合うように、強く抱きしめ合った。
満天の星の下、消えゆくはずだった二人は、再び恋をはじめるのだろう。
いつだったか分からない。
思い出せないけれど、女性の声が木霊する。
(昔は自分の方がこいつの病気が治るようにって心配してたのにな)
昔?
昔とはいつなのだろうか?
だけど、そんなことはどうでも良いぐらい、なんだか胸が何かに鷲掴みにされたように苦しくて……
ざわざわと蟻走感が指先に駆けては消えていく。
男の視界が涙で滲んだ。
頬に何か熱いものが流れ落ちる。
それは自身が流した涙だった。
「俺はなんで泣いて……俺は、どうしてお前のことが、こんなにも……」
それ以上は唇が戦慄いて言葉が出来ない。
降り注ぐ流星の中、目の前の女性が泣きながら微笑んできた。そうして、首を横に振る。
「無理に思い出さなくても大丈夫。だけどね、これだけは言わせて」
彼女の言葉を待つ。
桜色の愛らしい唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。
「君がお願いしてくれたから、病気、ちゃんと治ったんだよ、ありがとう」
彼女は泣きながら嬉しそうに微笑んでいた。
(ああ、そうか、俺は……)
まるで走馬灯のように脳裏に彼女の顔が浮かんでは消える。
彼女のくれた言葉の数々が聴こえては消えていく。
「美織」
突然、女性の名前が口を吐いて出た。
全てを思い出せたわけではない。
だけど、目の前の彼女が自分にとって、どうしようもなく大切な女性だと。
記憶は消えていくけれど、心が、体が、魂が、男の全身全霊が――彼女のことが愛おしいと叫んでいた。
「あ……」
目の前の美少女がハッと身体を強張らせた。
そうして、涙を流しながら、男の身体に飛びついた。
「おかえりなさい」
「ただいま」
泣きじゃくる美織の背を、男のやせ細った腕がそっと抱きしめる。
そうして、彼女の黒髪を細くなった指で梳くと、耳元で囁いた。
「また一緒に星を観よう、良かったら、そうだな、小さい頃に交わした約束通り、一緒に泳ぐとするか」
美織の瞳が涙で揺れる。そうして、戦慄く唇で答えた。
「じゃあ、カナヅチの私に泳ぎを教えてくれる?」
「ああ、そうか、泳げないんだったな、仕方ないから教えてやるよ」
そうして、彼がそっと右手の小指を指切りの形で差し出した。
彼女がおずおずと彼の小指に自身の小指を添わせる。
「じゃあ、君とまた約束」
「ああ、そうだな。あの時の約束を今度こそ果たしてみせるよ」
二人は指切りを交わす。
「ちゃんと『一緒に海を泳ぐ』約束を守りに帰ってきてくれて、ありがとう、――」
彼女が初めて彼の名を呼んだ。
窓の向こうの夜空では流星群が海に向かって駆けては消えていく。
二人は、互いが生きていることを証明し合うように、強く抱きしめ合った。
満天の星の下、消えゆくはずだった二人は、再び恋をはじめるのだろう。
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