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最終章 満天の星の下、消えゆく君と恋をする
最終話ー3 美織side
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美織はそっと窓辺へと歩む。
窓向こうでは太陽はもう沈んでしまい、薄明の時を迎えていた。
薄明るい光の下、海は静かに波打っている。
「君が姿を現わしてくれている間に、伝えられなかったことがあるの」
美織は外を眺めながら、そっと窓を開いた。
もうすっかり涼しくなった潮風が室内へと入り込んでくる。
彼女はベッドの上に横たわる青年へと視線を向けた。
「君はね死んでなんかない。本当は生きていたんだよ」
人工呼吸器に繋がれ、点滴やカテーテル類で全身を管理されていた。
ベッドいっぱいの高身長の身体は浴衣の病衣を纏っている。清潔に洗髪されているのだろう、漆黒の髪はサラサラしていた。凛々しい眉、目を瞑ったままだが、精悍な顔立ちだと分かる。けれども夕方だからか、少しだけ無精髭が生えていた。
そう、青年は実は生きていたのだ。
だけど、ずっと意識不明のまま。いわゆる植物状態になって、もう七年近く眠りに就いているのだ。
「あの台風の日、君は姿を消したけど、もしかして目を覚ましてるかもしれないって期待していたんだけどさ。病院を覗いてみたけれど残念ながら君は眠ったままだった」
強い風が吹き込んだ。
美織の腰まで届く長い髪の毛先がさやさやと揺れ動く。
「君のお父さんに『生きたかったって君が言っていたから、もしかしたらいつか目覚めてくれるかも』ってお話ししたら、にわかには信じがたいっていう反応をしてたけど……」
次第に外が暗くなっていき、水平線から月が顔を覗かせ始める。
「山下先生とほのかが、君がノートに書き置きをしてきたっていうんだ。『美織は海にいる。俺の最後の願いだ。美織には生きてもらう』ってさ。だから信じたいって、気を利かせてくれてね」
美織の白い肌と真っ黒な丸い瞳を月光が輝かせた。
「君のお父さんが『僕の息子の顔を確認するのが、君の闘病生活の糧になるんなら』って言ってもらえて……それでね、私も君に面会ができるようになったんだ」
彼女が伏し目がちになると、長い睫毛によって色濃い影が頬に落ちる。
「毎日毎日ね、君が目覚めないかなって、まるで夜空の星の一年間の動きを観察してるみたいに、変化がないかなって、いつも観察してるんだ」
少女は一度窓辺に立って暗くなりつつある空を眺めた後、男の眠るベッドサイドへと移動した。丸いパイプ椅子に腰かけると、男の顔を慈しむように眺めはじめた。
「ねえ、いつになったら君は目を覚ますのかな?」
彼女はそっとベッドに肘をついて両手の上に顔を乗せると、横たわる男のことを愛おしそうに眺める。
「別に起きなくても君の自由だけど、私は君に会いたいよ」
これまでずっと明るい口調だったけれど、彼女の声が少しだけ上ずった。
しばらく室内で輸液ポンプのランプが明滅する。
窓向こうでは太陽はもう沈んでしまい、薄明の時を迎えていた。
薄明るい光の下、海は静かに波打っている。
「君が姿を現わしてくれている間に、伝えられなかったことがあるの」
美織は外を眺めながら、そっと窓を開いた。
もうすっかり涼しくなった潮風が室内へと入り込んでくる。
彼女はベッドの上に横たわる青年へと視線を向けた。
「君はね死んでなんかない。本当は生きていたんだよ」
人工呼吸器に繋がれ、点滴やカテーテル類で全身を管理されていた。
ベッドいっぱいの高身長の身体は浴衣の病衣を纏っている。清潔に洗髪されているのだろう、漆黒の髪はサラサラしていた。凛々しい眉、目を瞑ったままだが、精悍な顔立ちだと分かる。けれども夕方だからか、少しだけ無精髭が生えていた。
そう、青年は実は生きていたのだ。
だけど、ずっと意識不明のまま。いわゆる植物状態になって、もう七年近く眠りに就いているのだ。
「あの台風の日、君は姿を消したけど、もしかして目を覚ましてるかもしれないって期待していたんだけどさ。病院を覗いてみたけれど残念ながら君は眠ったままだった」
強い風が吹き込んだ。
美織の腰まで届く長い髪の毛先がさやさやと揺れ動く。
「君のお父さんに『生きたかったって君が言っていたから、もしかしたらいつか目覚めてくれるかも』ってお話ししたら、にわかには信じがたいっていう反応をしてたけど……」
次第に外が暗くなっていき、水平線から月が顔を覗かせ始める。
「山下先生とほのかが、君がノートに書き置きをしてきたっていうんだ。『美織は海にいる。俺の最後の願いだ。美織には生きてもらう』ってさ。だから信じたいって、気を利かせてくれてね」
美織の白い肌と真っ黒な丸い瞳を月光が輝かせた。
「君のお父さんが『僕の息子の顔を確認するのが、君の闘病生活の糧になるんなら』って言ってもらえて……それでね、私も君に面会ができるようになったんだ」
彼女が伏し目がちになると、長い睫毛によって色濃い影が頬に落ちる。
「毎日毎日ね、君が目覚めないかなって、まるで夜空の星の一年間の動きを観察してるみたいに、変化がないかなって、いつも観察してるんだ」
少女は一度窓辺に立って暗くなりつつある空を眺めた後、男の眠るベッドサイドへと移動した。丸いパイプ椅子に腰かけると、男の顔を慈しむように眺めはじめた。
「ねえ、いつになったら君は目を覚ますのかな?」
彼女はそっとベッドに肘をついて両手の上に顔を乗せると、横たわる男のことを愛おしそうに眺める。
「別に起きなくても君の自由だけど、私は君に会いたいよ」
これまでずっと明るい口調だったけれど、彼女の声が少しだけ上ずった。
しばらく室内で輸液ポンプのランプが明滅する。
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