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第5章 荒れ狂う海、消えゆく君を追いかける

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 そのまま美織まで海に飲まれなかったのは幸いだった。
 数日後、彼女は目を覚ました。
 病院のベッドの上だった。
 しばらくの間、こんこんと眠りについていたらしい。
 母親が心配そうにこちらを覗き込んでいた。

『私……』

 助かったんだ。
 最初に自分が生きていることに安堵した。
 海の底、真っ暗闇から脱出できたことに対しての安堵。
 けれども、どうしてそんなことになったのか。

『そうだ……』

 次に気になったのは……

『蒼汰お兄ちゃんは……!?』

 すると、母親が目の前で顔を歪ませる。

『あの……高校生の男の人はね……』

 母親は涙を流したきり、それ以上は美織に何も声をかけてこなかった。
 台風はすでにどこかに行ってしまっていた。
 空はすっかり快晴だ。
 外はこんなにも明るいのに、美織の胸の内には曇天が渦巻いているようだった。

『あ……私……』

 美織の目の前が真っ暗に塗りつぶされていく。

 まるで魚のように自由に泳ぐ蒼汰お兄ちゃん。
 
 彼にとっての水泳は彼自身を形作る何かだったのかもしれない。
 もしかしたら彼にとっての全てだったのかもしれない。

 だけど、これまでの人生を歩む中で――水泳だけが彼の全てではなかったはずなのだ。

 美織ももちろん泳いでいる蒼汰のことが好きだった。
 けれどもそれ以上に……のびのびと自由に好きなことに打ち込んでいる彼の姿が好きだった。
 
 当の本人には酷かもしれないが……
 たとえ昔のように早く泳げなくたって良い。
 自分なりに向き合ってくれさえすれば、それで……
 
 生きてさえすれば、どれだけでも無限の可能性があったはずなのだ。

 なのに……

『私が余計なことさえしなければ……』

 蒼汰お兄ちゃんを殺したのは自分なのだ。

 事実を受け入れたくなくて……

 当たり前にいつも泳いでいた彼が泳がなくなった時だってショックだった。

 けれど……

 生きているのが当たり前だと信じていた人が――もう動く彼の姿が見れないのかと思ったら……

 哀しすぎて涙も出てこなかった。


 ただ……彼に生きていて欲しかった。


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