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第5章 荒れ狂う海、消えゆく君を追いかける
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夏祭りで出会って以来、ほのかが『お兄ちゃんの試合を観に行く』って話した時にはいつでもついていった。
まるで魚みたいにスイスイ水の中で自由に動く彼の姿が、あまりにも綺麗でいつも魅入っていた。
『すごいな』
泳げない自分の代わりに泳いでくれてるみたいで、なんだか見ているだけで幸せだった。
『みお、本当に、私のお兄ちゃんのことが好きだね。今度喋りに家に来なよ』
『え? 好き? ち、違うよ! 泳ぐの上手だなあって思って、いつも観に来てるだけ!』
『それを好きって言うんだよ。ほら、今日こそお兄ちゃんのとこに一緒に行って話かけなよ』
『ええっ……! 遠くで見てるだけで良いんだよ!』
ほのかが気を利かせてくれたけど、意気地がなくて……
蒼汰が現れる前に、美織はいつも脱兎のごとく逃げ出していたのだ。
蒼汰と美織は時々すれ違うことはあった。けれど、彼はいつでも水泳に一生懸命で、妹の友人である美織のことなんて、もちろん眼中になかった。
『そもそも中学生だったんだし、小学生の私に興味を持つわけないしね』
今となっては良い思い出だ。思い出すだけで、なんだか胸がぽかぽかなってくる。
それからもずっと彼の動向を逐一ほのかに聞いていた。
蒼汰は中学時代、個人自由競技で県内トップの成績を獲った。
トロフィーを抱える彼の姿が、地元の新聞社のスポーツ欄を飾ったのが、なんだか誇らしかった。
『えへへ』
その時の新聞は後生大事にとってある。
そうして、私が小学生の高学年になる頃には、彼は高校生になっていた。
てっきり他県に出ていくのかなって思っていたら、地元の高校に入って水泳を続けるらしい。
ほのかに聞いたら、『本土だと雑念に囚われそうだからな。大学でどうせ他県に出ないといけないんだし、今はこのまま島で頑張りたい』って話していたそうなんだけど、ストイックだなって尊敬した。
そんなある時、事件が起きた。
『え……? そんな……』
たまたま蒼汰が事故に遭ったのだ。しかも、結構な事故だったようで、腕の腱を損傷してしまったらしい。
これまでのように泳ぐことは不可能だろうと医師からは宣告されたそうなのだ。
『お兄ちゃん、水泳できなくなるとか、可哀そう』
ほのかが入院中の美織にそんなことを話してくれた。
つい先日まで楽しそうに泳いでいたのに、そんな不幸な目に遭ってしまうなんて……
『あ……』
なんだか美織まで悔しくなって、悲しくて、どれだけ苦しいだろうって涙が止まらなくなってしまった。
本当は彼の近くに行きたかった。彼のことを励ましたかった。
けれど、自分は彼にとって妹の友人でしかない。
彼と一緒に苦しんでやることもできない立場なのだ。
『どうか、怪我が治らなくても、あの人がまた自由を取り戻してくれますように……』
星に向かって祈りを捧げる日々が続いた。
そうこうしていると、ほのかから蒼汰が家から出なくなったと話を聞いた。
『いつかまた、元気になってくれるのかな?』
もちろん泳ぐ彼のことは好きだった。
だけど、泳げなくたって良い。
あの初めて出会った夏祭りの頃のように、またぶっきらぼうで明るくて優しい彼の元気な姿を見たかったのだ。
『どうかお願いします、彼をどうか自由にしてください、お願いします』
流星群を見ながら、勢いよく願い事を口にしていた。
近くて遠い距離から、ずっとずっと彼の幸せを願っていたのだ。
まるで魚みたいにスイスイ水の中で自由に動く彼の姿が、あまりにも綺麗でいつも魅入っていた。
『すごいな』
泳げない自分の代わりに泳いでくれてるみたいで、なんだか見ているだけで幸せだった。
『みお、本当に、私のお兄ちゃんのことが好きだね。今度喋りに家に来なよ』
『え? 好き? ち、違うよ! 泳ぐの上手だなあって思って、いつも観に来てるだけ!』
『それを好きって言うんだよ。ほら、今日こそお兄ちゃんのとこに一緒に行って話かけなよ』
『ええっ……! 遠くで見てるだけで良いんだよ!』
ほのかが気を利かせてくれたけど、意気地がなくて……
蒼汰が現れる前に、美織はいつも脱兎のごとく逃げ出していたのだ。
蒼汰と美織は時々すれ違うことはあった。けれど、彼はいつでも水泳に一生懸命で、妹の友人である美織のことなんて、もちろん眼中になかった。
『そもそも中学生だったんだし、小学生の私に興味を持つわけないしね』
今となっては良い思い出だ。思い出すだけで、なんだか胸がぽかぽかなってくる。
それからもずっと彼の動向を逐一ほのかに聞いていた。
蒼汰は中学時代、個人自由競技で県内トップの成績を獲った。
トロフィーを抱える彼の姿が、地元の新聞社のスポーツ欄を飾ったのが、なんだか誇らしかった。
『えへへ』
その時の新聞は後生大事にとってある。
そうして、私が小学生の高学年になる頃には、彼は高校生になっていた。
てっきり他県に出ていくのかなって思っていたら、地元の高校に入って水泳を続けるらしい。
ほのかに聞いたら、『本土だと雑念に囚われそうだからな。大学でどうせ他県に出ないといけないんだし、今はこのまま島で頑張りたい』って話していたそうなんだけど、ストイックだなって尊敬した。
そんなある時、事件が起きた。
『え……? そんな……』
たまたま蒼汰が事故に遭ったのだ。しかも、結構な事故だったようで、腕の腱を損傷してしまったらしい。
これまでのように泳ぐことは不可能だろうと医師からは宣告されたそうなのだ。
『お兄ちゃん、水泳できなくなるとか、可哀そう』
ほのかが入院中の美織にそんなことを話してくれた。
つい先日まで楽しそうに泳いでいたのに、そんな不幸な目に遭ってしまうなんて……
『あ……』
なんだか美織まで悔しくなって、悲しくて、どれだけ苦しいだろうって涙が止まらなくなってしまった。
本当は彼の近くに行きたかった。彼のことを励ましたかった。
けれど、自分は彼にとって妹の友人でしかない。
彼と一緒に苦しんでやることもできない立場なのだ。
『どうか、怪我が治らなくても、あの人がまた自由を取り戻してくれますように……』
星に向かって祈りを捧げる日々が続いた。
そうこうしていると、ほのかから蒼汰が家から出なくなったと話を聞いた。
『いつかまた、元気になってくれるのかな?』
もちろん泳ぐ彼のことは好きだった。
だけど、泳げなくたって良い。
あの初めて出会った夏祭りの頃のように、またぶっきらぼうで明るくて優しい彼の元気な姿を見たかったのだ。
『どうかお願いします、彼をどうか自由にしてください、お願いします』
流星群を見ながら、勢いよく願い事を口にしていた。
近くて遠い距離から、ずっとずっと彼の幸せを願っていたのだ。
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