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第5章 荒れ狂う海、消えゆく君を追いかける

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 おそらく自身が死んだ時の記憶があるからか、はたまた子どもの頃から「嵐の時の海には近づくな」と教え育てられた影響なのか、曇天の中で荒れた波に近づきたいと思えなかった。
 とにかく今は美織の治癒を祈るのみだ。

「さて、ひとまず今晩の台風を凌いで……明日にでも海に行くとするか」

 そうして、蒼汰がソファから上半身を起こした、その時。
 玄関がガチャリと開いた。
 台風が迫っているからか、やや生温かくて強い風がリビングにまで吹いてくる。

「ただいま」

 ほのかが誰もいないはずの家に向かって帰宅を知らせてきた。

(ほのか……)

 あんなに兄の後ろに隠れてばかりの甘えん坊な印象のあった妹だったが、かなり気が強い雰囲気の女子高校生に成長していた。

(俺が死んだ後に……色々と一人で頑張ったんだろうな)

 蒼汰は申し訳なく感じてしまう。
 もしかすると、蒼汰の未練には妹ほのかに対する何かが関係しているのだろうか?

(そりゃあ、妹一人にしたのは申し訳なかったが、今の俺だから思うことであって、五年前の俺にはほのかに対して
未練を抱くような何かはなかったはずだよな)

 蒼汰が考え事をしていると、玄関先でほのかが「うげっ」と声を上げたのが聴こえてきた。

「わ、もしかしてまたリビングのテレビの電気が勝手についてる?」

 テレビの音量がわりと大きかったからか、リビングから玄関先に音が漏れ聞こえていたようだ。

(まずいな、死んだはずの兄貴の俺がテレビ観てるとか思わないだろうしな)

 父は当直で不在のことも多い。
 まだ女子高校生のほのかが家の中で一人で過ごす場面もあるだろう。
 不法侵入者がいると思って怯えでもしたら可哀そうだ。

(迂闊だったな)

 蒼汰は内心後悔していた。
 ほのかがリビングに聞こえるぐらいの大きなため息を吐いた。

「最近多いんだよ。あ、そうだ、良かったらこっちに見に来てよ」

 どうやら、ほのか以外に誰かが一緒にいるようだ。
 彼が何者かに対して声をかけた。
 もしかして台風が近いから父の診療が早く終わったのだろうか?

「電化製品だから誤作動も多いんじゃないか、ほのか?」

 ほのか以外の人物の声を聴いて、蒼汰はハッとする。

(この声は……)

 男性の声。
 兄として何となくざわついてしまった。
 しかも声の主は蒼汰にとっても親しみのある声で……
 そうして、ほのかが何者かに向かって返事をした。

「そうじゃない気もするんだよね、なんだろう、女の勘だけどさ……って、ああ、ほら、上がってよ、恭ちゃん。風で傘が壊れちゃうよ」

 聴こえてきたのは、蒼汰の親友・山下恭平の声だったのだ。

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