上 下
71 / 122
第4章 夏の終わり、消えゆく君が別れを告げる

19-2 (蒼汰の記憶2)

しおりを挟む


 蒼汰は高波に襲われる少女を庇った。
 押し寄せる波はいつものように優しくはなく、激しく荒ぶっていた。ものすごい水圧が、少女を抱きしめる彼のことを翻弄し続けていた。
 蒼汰は波にさらわれながら水中で目を開ける。
 少女の顔を見ると見覚えがあった。

(こいつは……)

 サラサラで背中まで長い黒髪に、ぱっちり大きな真ん丸の瞳、透明感のある美少女。
 妹・ほのかの友人で、普段は眼鏡をかけて大人しい印象がある子だ。
 まだ蒼汰も小学六年だったか中学一年ぐらいの頃の夏祭りの日に会った記憶がある。
 夏祭りでほのかが迷子になっていた時に出会った少女だ。
 その後も大会の後に、一度声をかけてきてくれたことがあった。

『お兄さん、どうして、そんなにスイスイ泳げるんですか!? まるでお魚さんみたい! とってもカッコいい!』

 蒼汰は荒波に呑まれながら、少女の言葉を思い出していた。
 海の中、水泳をしていた頃とは違って、衣服が水を吸い込んで全身が重くて仕方がない。
 荒れ狂う海が容赦なく自分たちを水底に沈めてこようと、行く手を阻んできた。

 まるで映画のコマ送りかのように場面は進む。

 蒼汰は肩を怪我していたことなど忘れて、少女をどうにかして助けるために無我夢中だった。
 もがき続けた後に海面からどうにか顔を出すと、何度も海に押し戻そうとする波の合間を進んだ。

(あと少しだ……)

 なんとか砂地に足をつき、蒼汰と少女は海から引き上げた。
 少女を横抱きにしたまま海岸に向かって、そっと濡れた砂浜の上に横たえる。
 少女の血の気の引いたぺちぺちと頬を叩く。

『おい、起きろ、起きろって……!』
 
 すると、少女はパチパチと目を見開いた。頬と唇にほんのりと血色が戻ってくる。

『あ、お兄ちゃん……人魚姫の王子様』

 蒼汰は少女のことを不思議な発言をする少女だと認識した。

『は? 助けただけだよ。ああ、良かったな、ちょうど迎えが来た』

 少女の母親と思しき綺麗な女性が岸に立って涙を流していた。
 消防団員と思しき人物が、蒼汰と一緒に波にさらわれていた少女を保護しに近づいた。

 もう海に入ることはないと思っていたのに……

 また海に入ることが出来ただけでなく、少女を救うことができたのだ。

『俺は……』

 蒼汰の視界が滲む。拳をぎゅっと握りしめた。
 言いようのない気持ちが胸を支配する。

 けれども今は感慨に耽っている場合ではない。 

 蒼汰は少女達の背を負って海岸線へと急ごうとして、前方を見やる。
 少女が泣きながら笑顔を浮かべていた。
 その表情はまるで穏やかな月の女神のようだ。

(俺が救うことが出来たんだ)

 蒼汰の胸に希望の光が差す。
 だがしかし、少女の表情が一瞬で絶望に歪む。

『危ない!!』

 蒼汰の頭上に影が差す。
 遠くで少女の悲鳴が聴こえたのが最後だった。

 そのまま蒼汰は荒ぶる波に飲まれてしまったのだった。


しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

刈り上げの春

S.H.L
青春
カットモデルに誘われた高校入学直前の15歳の雪絵の物語

【完結】幼馴染に裏切られたので協力者を得て復讐(イチャイチャ)しています。

猫都299
青春
坂上明には小学校から高校二年になった現在まで密かに片想いしていた人がいる。幼馴染の岸谷聡だ。親友の内巻晴菜とはそんな事も話せるくらい仲がよかった。そう思っていた。 ある日知った聡と晴菜の関係。 これは明が過去に募らせてしまった愚かなる純愛へ一矢報いる為、協力者と裏切り返す復讐(イチャイチャ)の物語である。 ※2024年8月10日に完結しました! 応援ありがとうございました!(2024.8.10追記) ※小説家になろう、カクヨム、Nolaノベルにも投稿しています。 ※主人公は常識的によくない事をしようとしていますので気になる方は読まずにブラウザバックをお願い致します。 ※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。関連した人物も、たまに登場します。(2024.12.2追記)

神様なんていない

浅倉あける
青春
高校二年の大晦日。広瀬晃太は幼馴染のゆきと、同じ陸上部の我妻にゆきの厄払いに付き合ってくれと家を連れ出される。同じく部活仲間である松井田、岡埜谷とも合流し向かった神社で、ふいに広瀬たちは見知らぬ巫女服の少女に引き留められた。少女は、ただひとつ広瀬たちに問いかける。 「――神様って、いると思う?」 広瀬晃太、高橋ゆき、我妻伸也、松井田蓮、岡埜谷俊一郎。 雪村奈々香の質問に彼らが出した答えは、それぞれ、彼らの日常生活に波紋を広げていく。 苦しくて、優しくて、ただただ青く生きる、高校生たちのお話。 (青春小説×ボカロPカップ参加作品) 表紙は装丁カフェ様で作成いたしました。

処理中です...