上 下
25 / 122
第2章 月の引力で君と惹かれ合う

7-2

しおりを挟む

「ちっ、なんだよ、人のことからかいやがって」

 蒼汰は色黒で良かったと思う。きっと恥ずかしくて顔が赤くなっているだろうから。
 ひとしきり笑い転げた後、美織が浮かんだ涙を人差し指でそっとぬぐう。そうして、静かになった後に口を開いた。

「実はさ、私、留年してるんだ」

「え?」

 思いがけない言葉を掛けられて、勢い込んで美織の方を振り向いてしまった。

「だから、学校では幽霊みたいな存在なの」

 美織の姿を上から下まで眺めてみる。
 そもそもちゃんと足はあるし、幽霊の類ではないのは明白だ。
 それはそうとして、見た目は清潔に整っていて、素行不良の女子高生には見えない。
 だとすれば、考えられる留年の理由は……
 美織が首を傾げながら告げた。

「見ての通り、美人薄命ってやつ? 私さ、子どもの頃からあまり丈夫じゃなくて、それでね、入退院を何度も繰り返してたの。そうしたら、出席日数が足りなくて。補講も何度も受けたけど、結局留年しちゃった。だからまだ、高校二年生なんだよ」

 病気で留年しているとなれば、正直すごく深刻な内容のはずなのに、美織は笑って話してきた。
 相手が言いづらい内容の話を切り出してきたため、どう答えるのが最善なのか迷ってしまい、結局何も返すことが出来なくなった。

(本人もあっけらかんとしているから大丈夫なのか?)

 それとも、心の中では泣いているんだとしたら、余計な発言をしては、相手を傷つけてしまうかもしれない。
 だけど、沈黙は苦手だ。
 ひとしきり考えあぐねた後、蒼汰は一度唾を飲み込むと、美織にぶっきらぼうに返した。

「なんで、俺にそんな話をするんだよ? ほとんど初対面に近い相手だぞ。別にお前の秘密を知りたくて、機嫌を損ねたんじゃない。言いたくないことなら、無理に言わなくたって、俺は困らないんだ」

「だって、君のことばっかり私だけが知ってて、なんだかフェアじゃないなって思ったんだよ」

「そうか……」

 蒼汰に気を遣ってか、美織は自分のことを話してくれたのだろう。

(自分の不幸にばかり気を取られて、相手に何か事情があるなんて、気遣うことができなかったな)

 この数日の自分を思い出して、蒼汰は恥じた。

「ごめんね、こんな急に暗い話をしちゃって」

「いいや、俺の方こそ悪かった」
 
 蒼汰が素直に謝ると、美織が穏やかに微笑んだ。
 しばらくの間、二人してだんまりになる。
 今の静けさは嫌いな静けさではない。
 潮騒が、まるで子守唄のように優しかった。

「っていうことは、お前は俺とタメってことになるな」

「そう、そうなの!」

しおりを挟む
感想 31

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

神様自学

天ノ谷 霙
青春
ここは霜月神社。そこの神様からとある役職を授かる夕音(ゆうね)。 それは恋心を感じることができる、不思議な力を使う役職だった。 自分の恋心を中心に様々な人の心の変化、思春期特有の感情が溢れていく。 果たして、神様の裏側にある悲しい過去とは。 人の恋心は、どうなるのだろうか。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

刈り上げの春

S.H.L
青春
カットモデルに誘われた高校入学直前の15歳の雪絵の物語

神様なんていない

浅倉あける
青春
高校二年の大晦日。広瀬晃太は幼馴染のゆきと、同じ陸上部の我妻にゆきの厄払いに付き合ってくれと家を連れ出される。同じく部活仲間である松井田、岡埜谷とも合流し向かった神社で、ふいに広瀬たちは見知らぬ巫女服の少女に引き留められた。少女は、ただひとつ広瀬たちに問いかける。 「――神様って、いると思う?」 広瀬晃太、高橋ゆき、我妻伸也、松井田蓮、岡埜谷俊一郎。 雪村奈々香の質問に彼らが出した答えは、それぞれ、彼らの日常生活に波紋を広げていく。 苦しくて、優しくて、ただただ青く生きる、高校生たちのお話。 (青春小説×ボカロPカップ参加作品) 表紙は装丁カフェ様で作成いたしました。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...