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第1章 満天の星の下、儚げな君と出会う
4-1 忘れられた自分
しおりを挟む翌日の夕方、蒼汰は浴槽に溜めた湯に浸かりながら、昨晩の出来事について自分なりに整理していた。水泳をしている時の癖で、顔をブクブクと沈めながら、昨晩出会った美少女のことを頭の中に浮かべる。
(昨日の夜海美織って子、変わった子だったな)
蒼汰はわりと理系脳なので、幽霊はこの世に存在しないと思っている。
だから、彼女はきっと倒れている彼のことを目撃して、病人か酔っぱらいだと思い込んで、心配になって声をかけてきたのだろう。けれども、実際の彼は目を覚ましていた。夜に異性と一緒だなんて危ない、もしくは周囲から誤解されると思って、さっさと逃げ出した。
……という筋書きならば、ありえなくもないなと思ったのだが……
美織はどうしてだか蒼汰のことを天文学部の入部希望者だと思って迫ってきたのだった。
そのことが彼の頭の中に引っかかっていた。
(俺の記憶じゃあ、やっぱり高校に天文学部はないんだよな)
蒼汰が水泳部を退部してから学校に行かなくなって、しばらく経つ。だから、新しく部活が出来ていたとしてもおかしくはないのだが、どうにも拭いきれない違和感のようなものがあった。
美織に触れられた時、あれだけ生々しい感触があったのだから、幽霊ではなく生きた人間のはず。
蒼汰はザパリと水飛沫を上げながら湯面から顔を出す。
「ぷはっ。ああ、もう気になって仕方ねえな。せっかくだ、確かめに行くか」
そのまま浴槽から出て、洗い立てのふわふわのタオルで湯を拭う。近くに投げ捨てていた白いTシャツを着て、お決まりのジーンズを履く。浴室を出ると、階段を一足飛びで駆け上がり、部屋に置いていた天体望遠鏡を抱えて、家から出ることにした。
ちょうど階段を降りると、奥にある居間からテレビの音が聞こえてくる。
(親父、今日は当直じゃないんだな)
この小さな島で呼吸器内科医として働く父は、当直で夜を不在にすることが多い。たとえ、日勤を済ませて帰宅していても、島の中央病院の入院患者に何かがあれば、すぐに家を飛び出してしまう。だから、夕方の今の時間帯に父の姿が家の中にあるのは意外だった。
ふと、扉の隙間から父の姿が見える。
以前よりも増えた白髪が年を取ったことを感じさせた。
「蒼汰」
思いがけず名を呼ばれた気がしたが、残念ながら父が自分のいる方を振り返ることはない。
(空耳だろう)
相変わらず今日も、家族は自分のことなどいないかのように、声をかけてくることさえないのだ。一抹の寂しさを感じつつも、はじめに家族を拒絶したのは自分の方で、呆れられても仕方がないと判断するようになっていたのだ。
「なんで……」
父がまた何かをぼやいた。
やけに郷愁を感じる声音で、なぜだか胸がざわついた。
(死んだ母さんのことでも思い出しているんだろうか?)
それほどに切望するような声だった気がする。
父のそんな苦しそうな声をそれ以上聞きたくなくて、蒼汰は頭を振ると、そのまま玄関を飛び出したのだった。
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