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第1章
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王様というと、恰幅のよい太ったおじさんや鋭い目つきのいかにも賢そうな顔つきを想像しがちだが、現アナシュタイン王国の王に限ってはそんなことはない。
特に美しくかっこいいわけでもないが醜くもない、至って平凡な外見である。
政治的手腕が秀でている訳でもない彼が王になれたのはひとえに血筋と、温厚な人柄を買われてのことだった。
アナシュタイン国王は完全な世襲制ではない。
次期国王は基本自分の息子か甥に継がれるが、2人ともいた場合は王がどちらかを選んで決定する。
そして前国王が選んだのは実の息子のカイルではなく弟の子、すなわちベアトリスの父であるハルトだったのだ。
ガチャ。
「失礼します。」
ティナに付き添ってもらい、ベアトリスは父の待つ広間のドアを開けた。
テーブルに座っている姿を横目で確認すると、下を向いてひざまずいた。
「顔を上げなさい。
こちらにおいで。」
例え親子であっても、国王に会うときには許可されるまで顔を伏せていなくてはならない。
やけに静まり返った中を歩いて行くと、執事が椅子を引いて座らせてくれる。
(よりによって目の前に座らなければいけないだなんて…)
思わず握り締めた手のひらに気付いたのか、ティナがそっと背中を撫でてくれる感触がした。
本来ならば無礼なことなのだが、ベアトリスはそれだけで安心できる。
席についたのを見計らったように、王が口を開いた。
「しばらく見なかったが変わりはないか?」
「ええ。」
彼女は固い口調で答えた。
花瓶に挿してある赤い花の色がやけに目に付く。
これはなんだろう。
国内では見かけない種類である。
「そうか、それはよかった。
今日ここに呼んだのは、16歳の記念パーティーの準備をはじめようと思ったからだ。」
「えっ…?」
ベアトリスは思わず腑抜けた声を出しかけ、すみませんと小声で謝った。
国の要人達を招いて誕生日パーティーでもしようというのか。
そしたら準備というのはさしずめスピーチか、ケーキの切り方といったところだろう。
しかし、その内容は彼女の予想を遥かに上回っていた。
「アナシュタイン王女の記念パーティーということで、近隣の王族も招く予定だ。
その場で恥をかかないように、ダンスの先生を手配した。」
後ろに控えていた男性が進み出て、お辞儀をする。
貴族並みに洗練された仕草だ。
紺の上着は喉元まできっちりとボタンが留めてあり、ポケットから覗くハンカチーフも皺一つなくたたまれている。
出で立ちをみても、高等な教育をうけてきたに違いない。
「1ヶ月後に成果を見に来る。
それまでにあらかた仕上げておきなさい。」
「はい。」
そういうと彼は、話は終わったとでもいうように頷いた。
控えていた使用人達はさっと道をあける。
(ダンスって…お父様はどうしたのかしら、すきじゃなさそうなのに。
それに近隣国っていってもユーストリビア帝国は強大過ぎて、アナシュタインに来るのかしら。
西の国といってもテペロスは内乱が起こりかけているそうだし、そもそも王制の国があまりない気がするわ。)
王につれてメイド達も続々と出て行き、残ったのは数人だ。
しかし、扉が閉ざされた後も硬い空気は残ったままである。
雰囲気に堪えられず逃げようと立ち上がり掛けた瞬間、新しい先生が口を開いた。
「改めて、私が王女様のレッスンを教えさせていただきます。
ヘルエスと申します。」
「よろしくお願いします。」
彼女は焦りを隠してにこやかに微笑む。
城では穏便に人と付き合うのが得策だ。
(また、お父様の人選ね。)
彼はとにかく堅実な人を好む。
おかげでベアトリスの周りの教師は皆似たような見た目と性格である。
「レッスンは明日から毎日、2時間ほどを予定しております。
体がきついと思いますので、今日から存分にお休みなさって下さい。」
「分かりました。」
2時間のレッスンが、果たしてどれほどつらいのか彼女には分からない。
しかし楽ではないのは確かなようだった。
「少々つらいかもしれませんが私としても陛下のご意向に沿わなければならないので。」
表情こそ変えないが、その口調には多少の愉悦が含まれている。
それが興味本位なのか挑発なのか、彼女にはわからないが…
(この人鬼畜かもしれない…)
ベアトリスは心の中で呟いた。
特に美しくかっこいいわけでもないが醜くもない、至って平凡な外見である。
政治的手腕が秀でている訳でもない彼が王になれたのはひとえに血筋と、温厚な人柄を買われてのことだった。
アナシュタイン国王は完全な世襲制ではない。
次期国王は基本自分の息子か甥に継がれるが、2人ともいた場合は王がどちらかを選んで決定する。
そして前国王が選んだのは実の息子のカイルではなく弟の子、すなわちベアトリスの父であるハルトだったのだ。
ガチャ。
「失礼します。」
ティナに付き添ってもらい、ベアトリスは父の待つ広間のドアを開けた。
テーブルに座っている姿を横目で確認すると、下を向いてひざまずいた。
「顔を上げなさい。
こちらにおいで。」
例え親子であっても、国王に会うときには許可されるまで顔を伏せていなくてはならない。
やけに静まり返った中を歩いて行くと、執事が椅子を引いて座らせてくれる。
(よりによって目の前に座らなければいけないだなんて…)
思わず握り締めた手のひらに気付いたのか、ティナがそっと背中を撫でてくれる感触がした。
本来ならば無礼なことなのだが、ベアトリスはそれだけで安心できる。
席についたのを見計らったように、王が口を開いた。
「しばらく見なかったが変わりはないか?」
「ええ。」
彼女は固い口調で答えた。
花瓶に挿してある赤い花の色がやけに目に付く。
これはなんだろう。
国内では見かけない種類である。
「そうか、それはよかった。
今日ここに呼んだのは、16歳の記念パーティーの準備をはじめようと思ったからだ。」
「えっ…?」
ベアトリスは思わず腑抜けた声を出しかけ、すみませんと小声で謝った。
国の要人達を招いて誕生日パーティーでもしようというのか。
そしたら準備というのはさしずめスピーチか、ケーキの切り方といったところだろう。
しかし、その内容は彼女の予想を遥かに上回っていた。
「アナシュタイン王女の記念パーティーということで、近隣の王族も招く予定だ。
その場で恥をかかないように、ダンスの先生を手配した。」
後ろに控えていた男性が進み出て、お辞儀をする。
貴族並みに洗練された仕草だ。
紺の上着は喉元まできっちりとボタンが留めてあり、ポケットから覗くハンカチーフも皺一つなくたたまれている。
出で立ちをみても、高等な教育をうけてきたに違いない。
「1ヶ月後に成果を見に来る。
それまでにあらかた仕上げておきなさい。」
「はい。」
そういうと彼は、話は終わったとでもいうように頷いた。
控えていた使用人達はさっと道をあける。
(ダンスって…お父様はどうしたのかしら、すきじゃなさそうなのに。
それに近隣国っていってもユーストリビア帝国は強大過ぎて、アナシュタインに来るのかしら。
西の国といってもテペロスは内乱が起こりかけているそうだし、そもそも王制の国があまりない気がするわ。)
王につれてメイド達も続々と出て行き、残ったのは数人だ。
しかし、扉が閉ざされた後も硬い空気は残ったままである。
雰囲気に堪えられず逃げようと立ち上がり掛けた瞬間、新しい先生が口を開いた。
「改めて、私が王女様のレッスンを教えさせていただきます。
ヘルエスと申します。」
「よろしくお願いします。」
彼女は焦りを隠してにこやかに微笑む。
城では穏便に人と付き合うのが得策だ。
(また、お父様の人選ね。)
彼はとにかく堅実な人を好む。
おかげでベアトリスの周りの教師は皆似たような見た目と性格である。
「レッスンは明日から毎日、2時間ほどを予定しております。
体がきついと思いますので、今日から存分にお休みなさって下さい。」
「分かりました。」
2時間のレッスンが、果たしてどれほどつらいのか彼女には分からない。
しかし楽ではないのは確かなようだった。
「少々つらいかもしれませんが私としても陛下のご意向に沿わなければならないので。」
表情こそ変えないが、その口調には多少の愉悦が含まれている。
それが興味本位なのか挑発なのか、彼女にはわからないが…
(この人鬼畜かもしれない…)
ベアトリスは心の中で呟いた。
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