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「クリスティナ、気は済んだか。随分溜め込んでいた様だな。私はてっきり愛を覚えるのは私ばかりで、君の心はどこか他所にあるんじゃないかと思っていたよ。」
「そんな事ある訳無いじゃない。貴方をどれだけ待っていたと!
酷い。やっぱり貴方は酷い人だわ。いつだってそうやって私を弄んで。」
「弄ぶのはお前だろう。」
そう言ってローレンは、クリスティナの手を取る。そうしてその手を自分胸に当てた。
「分かるか?クリスティナ。お前を求める私の胸の鼓動が。」
掌に伝わる確かな響き。
ローレンが生きている証である鼓動が、確かに手の平に伝わって来る。
温かな体温にトクトクとクリスティナの手を打つ響きは、思った以上に速かった。
ローレンはそのままクリスティナを抱き締める。
ああ、森の香り。森の中に甘く淫らに誘う麝香の薫り。
「愛していると伝えただろう?」
「ええ」
「何故信じない。」
「だって、」
「だって?」
「だって寂しかったから、」
「私も同じだと思わなかったのか。」
「え?」
「私もお前に会いたいと思っていると。」
「貴方も?」
「当たり前だろう。私が何年お前を縛り付けた。」
腕の拘束を解いたローレンは、クリスティナの両頬を熱い掌で包み込んだ。そうしてその榛色の瞳を覗き込む。
「やっとお前を手に入れた。肋の一本くらいくれてやる。」
「え!!真逆、骨折を!」
「それ程でも無い。ヒビは入ったろうが。」
「その身体で馬に?!それよりさっき私を抱き上げた時!」
「ああ、お前が暴れるから骨に響いた。」
「ご、ご、ご、ごめんなさいっ!」
「大人しく出来るか?」
「出来ます!」
「そうか。」
なら、とローレンはクリスティナをゆっくり押し倒す。
「大人しく私に喰われろ。」
それからクリスティナは、一切の抵抗を手放して、言われた通り獣に喰われた。ディナーテーブルに乗せられた料理の様に、それはそれは大人しく骨までしゃぶられたのであった。確か肋骨にヒビとかなんとか言っていたローレンは、大層元気であった。
朝の目覚めは気まずかった。
旅先の宿であったのに、空が白むまで捕食されていたクリスティナは、明け方には深い眠りの底にいた。
ノックらしき音で意識が浮上して、うんとかううんとか応えてしまった。
侍女が扉を開いた。
クリスティナの身支度の為であったのに、横向きに寝るクリスティナの背中にはローレンが引っ付いており、それを見た侍女は「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。そうしてそのまま扉を閉めた。
兎に角、恥ずかしかった。
ローレンは自分の部屋に戻らずクリスティナを長い手足で囲い込んだまま寝入っていた。
「ろ、ローレン様、侍女に、」
「別によかろう。君は私が捕食済みであるのは皆知っているのだから。」
「皆...」
「ああ、みんな。」
「どれ程...」
「さあ。少なくとも城中の者には知れ渡ったんじゃないか。」
死にたい。朝から。
「ふっ」
「!」
「ふはっ」
「ローレン様、真逆、騙したの?!」
「ははっ、どうかな。」
「からかったの?!」
「ちょっと考えれば分かるだろう。陛下の執務室は城塞だ。鉄壁の護りであるから情報漏洩などあろう筈も無い。」
「...良かった。」
「まあ、皆、胸の内に仕舞ってくれるさ。」
「!!!!」
朝から二度ほど死にたくなったクリスティナは、いつまでもローレンに関わっていては身支度も出来ぬと寝台から抜け出した。
誰かさんの長~い手足が纏わり付いてなかなか苦戦したが、肋を強めにつついたら「うっ」と云う悲鳴と共に拘束が解けた。
「全く酷い婚約者だ。私を甚振って面白いか?」
「お怪我をなさっておられるのですから、このままこの宿で逗留なさっては如何でしょう。」
言い合いで戯れながら身支度を整える。
ローレンの寝姿に撃ち落とされた侍女は、もう暫くは入って来られないだろうから、クリスティナは独りで手早く整えた。
クリスティナが身繕いをするのを、鏡越しにローレンがじっと見つめている。
「あ、あまり御覧にならないで。」
「君が身を整えるのを初めて見た。」
そうだろう。いつも、ボタンすら満足に掛けぬまま、何なら下穿も履かぬまま、逃げる様に身を整えて部屋を出ていたのだから。
「婚姻式を早めよう。」
「え!」
婚約すら昨日知ったばかりである。
「妻帯者用の宿舎があるだろう。彼処を一室押さえている。」
「そ、それはいつから?」
「昨日から」
クリスティナは王都に帰るのが恐ろしくなって来た。
一体、父に上司に同僚に、どんな顔をすれば良いのか。あ、兄もいた!どうしよう。
動揺して髪を纏めている途中であったのに、手が止まっていたらしい。
いつの間にか後ろに立っていたローレンが、
「今日はこのままで良い。」
そう言って、結い上げる前のブルネットの髪を一房掴む。
鏡の中で視線が合って、青い瞳がクリスティナを射抜くように見つめている。
そうしてローレンは、掴んだ髪を持ち上げ口付けた。
「髪は下ろしてよそ行きの化粧をするんだ。私の為に。そうだ、お前に服を買ってやろう。私が選んでやろう。」
いつかの夜、兄とイワンと共に心地良く呑んで食べて泣き笑いするほど笑ったあの夜。
髪を下ろしておめかししたクリスティナに、ローレンは激しい感情をぶつけて来た。
仕立てたばかりのワンピースは、裂かれて何処かへ持っていかれた。
「婚約者を美しく装うのは私の役目だろう?」
不敵な眼差しに射抜かれて、クリスティナは自称婚約者・ローレンの変わりように思考が追いつかない。
「そんな事ある訳無いじゃない。貴方をどれだけ待っていたと!
酷い。やっぱり貴方は酷い人だわ。いつだってそうやって私を弄んで。」
「弄ぶのはお前だろう。」
そう言ってローレンは、クリスティナの手を取る。そうしてその手を自分胸に当てた。
「分かるか?クリスティナ。お前を求める私の胸の鼓動が。」
掌に伝わる確かな響き。
ローレンが生きている証である鼓動が、確かに手の平に伝わって来る。
温かな体温にトクトクとクリスティナの手を打つ響きは、思った以上に速かった。
ローレンはそのままクリスティナを抱き締める。
ああ、森の香り。森の中に甘く淫らに誘う麝香の薫り。
「愛していると伝えただろう?」
「ええ」
「何故信じない。」
「だって、」
「だって?」
「だって寂しかったから、」
「私も同じだと思わなかったのか。」
「え?」
「私もお前に会いたいと思っていると。」
「貴方も?」
「当たり前だろう。私が何年お前を縛り付けた。」
腕の拘束を解いたローレンは、クリスティナの両頬を熱い掌で包み込んだ。そうしてその榛色の瞳を覗き込む。
「やっとお前を手に入れた。肋の一本くらいくれてやる。」
「え!!真逆、骨折を!」
「それ程でも無い。ヒビは入ったろうが。」
「その身体で馬に?!それよりさっき私を抱き上げた時!」
「ああ、お前が暴れるから骨に響いた。」
「ご、ご、ご、ごめんなさいっ!」
「大人しく出来るか?」
「出来ます!」
「そうか。」
なら、とローレンはクリスティナをゆっくり押し倒す。
「大人しく私に喰われろ。」
それからクリスティナは、一切の抵抗を手放して、言われた通り獣に喰われた。ディナーテーブルに乗せられた料理の様に、それはそれは大人しく骨までしゃぶられたのであった。確か肋骨にヒビとかなんとか言っていたローレンは、大層元気であった。
朝の目覚めは気まずかった。
旅先の宿であったのに、空が白むまで捕食されていたクリスティナは、明け方には深い眠りの底にいた。
ノックらしき音で意識が浮上して、うんとかううんとか応えてしまった。
侍女が扉を開いた。
クリスティナの身支度の為であったのに、横向きに寝るクリスティナの背中にはローレンが引っ付いており、それを見た侍女は「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。そうしてそのまま扉を閉めた。
兎に角、恥ずかしかった。
ローレンは自分の部屋に戻らずクリスティナを長い手足で囲い込んだまま寝入っていた。
「ろ、ローレン様、侍女に、」
「別によかろう。君は私が捕食済みであるのは皆知っているのだから。」
「皆...」
「ああ、みんな。」
「どれ程...」
「さあ。少なくとも城中の者には知れ渡ったんじゃないか。」
死にたい。朝から。
「ふっ」
「!」
「ふはっ」
「ローレン様、真逆、騙したの?!」
「ははっ、どうかな。」
「からかったの?!」
「ちょっと考えれば分かるだろう。陛下の執務室は城塞だ。鉄壁の護りであるから情報漏洩などあろう筈も無い。」
「...良かった。」
「まあ、皆、胸の内に仕舞ってくれるさ。」
「!!!!」
朝から二度ほど死にたくなったクリスティナは、いつまでもローレンに関わっていては身支度も出来ぬと寝台から抜け出した。
誰かさんの長~い手足が纏わり付いてなかなか苦戦したが、肋を強めにつついたら「うっ」と云う悲鳴と共に拘束が解けた。
「全く酷い婚約者だ。私を甚振って面白いか?」
「お怪我をなさっておられるのですから、このままこの宿で逗留なさっては如何でしょう。」
言い合いで戯れながら身支度を整える。
ローレンの寝姿に撃ち落とされた侍女は、もう暫くは入って来られないだろうから、クリスティナは独りで手早く整えた。
クリスティナが身繕いをするのを、鏡越しにローレンがじっと見つめている。
「あ、あまり御覧にならないで。」
「君が身を整えるのを初めて見た。」
そうだろう。いつも、ボタンすら満足に掛けぬまま、何なら下穿も履かぬまま、逃げる様に身を整えて部屋を出ていたのだから。
「婚姻式を早めよう。」
「え!」
婚約すら昨日知ったばかりである。
「妻帯者用の宿舎があるだろう。彼処を一室押さえている。」
「そ、それはいつから?」
「昨日から」
クリスティナは王都に帰るのが恐ろしくなって来た。
一体、父に上司に同僚に、どんな顔をすれば良いのか。あ、兄もいた!どうしよう。
動揺して髪を纏めている途中であったのに、手が止まっていたらしい。
いつの間にか後ろに立っていたローレンが、
「今日はこのままで良い。」
そう言って、結い上げる前のブルネットの髪を一房掴む。
鏡の中で視線が合って、青い瞳がクリスティナを射抜くように見つめている。
そうしてローレンは、掴んだ髪を持ち上げ口付けた。
「髪は下ろしてよそ行きの化粧をするんだ。私の為に。そうだ、お前に服を買ってやろう。私が選んでやろう。」
いつかの夜、兄とイワンと共に心地良く呑んで食べて泣き笑いするほど笑ったあの夜。
髪を下ろしておめかししたクリスティナに、ローレンは激しい感情をぶつけて来た。
仕立てたばかりのワンピースは、裂かれて何処かへ持っていかれた。
「婚約者を美しく装うのは私の役目だろう?」
不敵な眼差しに射抜かれて、クリスティナは自称婚約者・ローレンの変わりように思考が追いつかない。
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