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「さて、三つめだね。
これには私も傷付いた。何より心外である。私の意匠の便箋を『見るのも嫌』と言われるとは。君が嫌いらしい便箋、あのブルーラインは王太子を表しているんだよ。弟は細い二本線だ。第二王子だからね。父にはラインは入らない。国王陛下は無地なのだよ。清廉で邪なものが一つ無いのを証明するのに。君に文を贈るのに、あの便箋を使えるのは王太子であるうちなんだ。そうして私が女性に文を送るのも、国内では君だけだ。」
「国内では?」
国外ではあるというのか、それは誰なの?
殊勝にアンドリューの言葉を聞いていたアテーシアが、ここでピクリと反応した。暗に示された言葉の裏を読む。
アンドリューが国外にいる女性に文送っているだとう?
知らず知らずのうちに、キッと眦が上がっていたらしい。
「悋気を起こしてくれるのかな?私には恋文を送るのは君だけだよ。私が国外女性に文を書くなら、それは隣国の女王陛下だ。愛を込めて文を書くのは君一人だ。」
「あ、あれの何処が、こ、こ、こいぶみ...」
「ん?毎回真心込めて記しているが?」
「だから、何処が!お茶会を断る理由しか書いていないじゃないっ」
「うん。毎回断腸の思いで書いている。君に会いたいのに会えない気持ちを込めるあまり、つい短文になるのは自分でも悪い癖だと思っているよ。」
そんなの知らんがな!
「これからは、是非とも私の文から君へ捧げる真心を読み取って欲しいものだ。二度と『見るのも嫌』だなんて言ってくれるな。」
解ったね?と言いながら、アンドリューはアテーシアが膝の上で組む手をそっと握った。大きな手の平に小さなアテーシアの手がすっぽり包まれた。
「それから次は何だったかな?えーと、ああそうだ思い出した。四つ目だ。
毎回婚約者のお茶会を反故にしてきた恥ずべき内情ならもう話したから割愛するよ。要は私が諸々拗らせた結果であるとご理解願いたい。まあ、そんな事は大したことではない。
問題は、君が私の不貞を疑いもせず思い込んでいた事かな。」
アテーシアの手を握る大きな手に、くっと力が込められる。
「君と出会った頃から心に思う女性がいると言ったね。それは真実だよ。なんなら君と会う前から心に決めた女性がいた。まあ、君だけれどね。」
「へ?」
「ん?今、答えたよ。君と婚約を結ぶ前から君に惹かれていたよ。君は公爵夫人に連れられて母とのお茶会に城へ来ていたじゃない。」
アンドリューの言葉は本当で、母と王妃は令嬢時代から今も仲が良い。幼い頃からアテーシアは、母に手を引かれて王妃との茶会に同席していた。
「見ていらしたの?」
「うん、見ていたよ。君は幼い頃から可愛らしかったからね。チョコレート色の髪が美味しそうだと思っていた。」
「お、お、お、おいしそう...」
「食べてしまいたいと、今この時も思っている。」
そう言って、アンドリューはアテーシアの右手を持ち上げ、その指先にキスをした。
「な、な、な、な、何をするっ!」
動揺のあまり、若干不敬な物言いとなった。
「君は今朝、言ったよね。婚約者のご令嬢を失いたくないなら向き合えと。互いにどう思っているのか確かめるべきだと。君が私と同じ様に寂しく思っていたのなら、思い違いのままでいてはいけない、まだ間に合うと。
アテーシア、私は君を失いたくない。君が幸せであるのならこの手を離してやるのも愛なのだと、君が騎士となった姿を見守るのも愛なのだと、一度はそう思おうと君を王都に連れ戻すのを諦めた。けれどもそんなの到底無理だった。離してはやれないよ、アテーシア。
君はとんでもない勘違いをそのおツムの中で勝手に繰り広げて、私が君以外の女性にふらふらしているだの、頬を寄せ合っているだの宣っていたね。全く以て心外だ。この腹立たしい感情を、一体誰にぶつけたら良いのだろうね。今、目の前には君しか居ないし、君は私の憤りを受け止めてくれるかな?選りにも選って不貞などと有りもしない罪を着せられるとは。」
アンドリューがアテーシアの瞳を覗き込む。握る右手は離さない。寧ろしっかり握り直した。
チラリと合わせた目が、目が、怒ってる。
「でも、わ、私見たわ。カロライナ嬢と、とても近い距離で楽しそうに微笑んでいたわ。」
「ああ、アレ。」
事も無げにアンドリューが言うのを、アテーシアは腹立たしく思った。
「おでこがぶつかりそうなくらい近かったわ!」
だから、正当な抗議をした。なにせ目の前で見たのである。
「カロライナ嬢はパトリックの婚約者だ。」
「へ?」
「ああ、知らなくて当然だよ。最近決まったことだからね。」
「で、でもパトリック様は次男だわ。カロライナ様も弟君が爵位を継ぐ筈。お二人が婚姻しては貴族籍を抜ける事になってしまうわ。従属爵位を継ぐのでなければ、え?真逆、従属爵位が?」
「その真逆だよ。カロライナ嬢は生家の持つ従属爵位を継承する。未来の女子爵だ。パトリックは彼女に婿入りするんだよ。」
「婿入り...パトリック様が...」
「彼女は成績こそ然程目立つものはないが、商才がある。お母上の生家は商会経営を生業としているからね。幼い頃よりその道に進む様に教えを受けていた。それに彼女は長子だろう。弟が生まれなければ侯爵家を継ぐのは彼女だった。後継教育をしっかり受けている。」
「そうだったの...」
「誤解なんて所詮そんなものだ。きちんと突き合わせれば思い違いは容易く解消される。私はそれを思い知った。君を失いそうになって骨身に沁みた。こんなのは二度とごめんだ。はっきり言うよ。彼女には『Queen's rose 』の販路について幾つか質問をしていた。薔薇が完成するんだ。つい嬉しくて笑みが浮かんでしまうのを、不貞と思われるだなんて、あの時君を生徒会室に連れて来たエドモンドの脛を強めに蹴るくらいには腹立たしかった。」
「そ、そうだったの...」
「ああ、安心してくれ。そんな誤解は些事でしかない。アテーシア、私が許せないのはね。君があまりにも愚かである事だ。紛い物だと?君に贈ったあの薔薇が、真逆、紛い物と思われただなんてね。」
ああ、怖くて目を開けられない。
アテーシアは、ピリピリと頬に感じるアンドリューのお怒りビームを固く目を瞑り堪えた。
これには私も傷付いた。何より心外である。私の意匠の便箋を『見るのも嫌』と言われるとは。君が嫌いらしい便箋、あのブルーラインは王太子を表しているんだよ。弟は細い二本線だ。第二王子だからね。父にはラインは入らない。国王陛下は無地なのだよ。清廉で邪なものが一つ無いのを証明するのに。君に文を贈るのに、あの便箋を使えるのは王太子であるうちなんだ。そうして私が女性に文を送るのも、国内では君だけだ。」
「国内では?」
国外ではあるというのか、それは誰なの?
殊勝にアンドリューの言葉を聞いていたアテーシアが、ここでピクリと反応した。暗に示された言葉の裏を読む。
アンドリューが国外にいる女性に文送っているだとう?
知らず知らずのうちに、キッと眦が上がっていたらしい。
「悋気を起こしてくれるのかな?私には恋文を送るのは君だけだよ。私が国外女性に文を書くなら、それは隣国の女王陛下だ。愛を込めて文を書くのは君一人だ。」
「あ、あれの何処が、こ、こ、こいぶみ...」
「ん?毎回真心込めて記しているが?」
「だから、何処が!お茶会を断る理由しか書いていないじゃないっ」
「うん。毎回断腸の思いで書いている。君に会いたいのに会えない気持ちを込めるあまり、つい短文になるのは自分でも悪い癖だと思っているよ。」
そんなの知らんがな!
「これからは、是非とも私の文から君へ捧げる真心を読み取って欲しいものだ。二度と『見るのも嫌』だなんて言ってくれるな。」
解ったね?と言いながら、アンドリューはアテーシアが膝の上で組む手をそっと握った。大きな手の平に小さなアテーシアの手がすっぽり包まれた。
「それから次は何だったかな?えーと、ああそうだ思い出した。四つ目だ。
毎回婚約者のお茶会を反故にしてきた恥ずべき内情ならもう話したから割愛するよ。要は私が諸々拗らせた結果であるとご理解願いたい。まあ、そんな事は大したことではない。
問題は、君が私の不貞を疑いもせず思い込んでいた事かな。」
アテーシアの手を握る大きな手に、くっと力が込められる。
「君と出会った頃から心に思う女性がいると言ったね。それは真実だよ。なんなら君と会う前から心に決めた女性がいた。まあ、君だけれどね。」
「へ?」
「ん?今、答えたよ。君と婚約を結ぶ前から君に惹かれていたよ。君は公爵夫人に連れられて母とのお茶会に城へ来ていたじゃない。」
アンドリューの言葉は本当で、母と王妃は令嬢時代から今も仲が良い。幼い頃からアテーシアは、母に手を引かれて王妃との茶会に同席していた。
「見ていらしたの?」
「うん、見ていたよ。君は幼い頃から可愛らしかったからね。チョコレート色の髪が美味しそうだと思っていた。」
「お、お、お、おいしそう...」
「食べてしまいたいと、今この時も思っている。」
そう言って、アンドリューはアテーシアの右手を持ち上げ、その指先にキスをした。
「な、な、な、な、何をするっ!」
動揺のあまり、若干不敬な物言いとなった。
「君は今朝、言ったよね。婚約者のご令嬢を失いたくないなら向き合えと。互いにどう思っているのか確かめるべきだと。君が私と同じ様に寂しく思っていたのなら、思い違いのままでいてはいけない、まだ間に合うと。
アテーシア、私は君を失いたくない。君が幸せであるのならこの手を離してやるのも愛なのだと、君が騎士となった姿を見守るのも愛なのだと、一度はそう思おうと君を王都に連れ戻すのを諦めた。けれどもそんなの到底無理だった。離してはやれないよ、アテーシア。
君はとんでもない勘違いをそのおツムの中で勝手に繰り広げて、私が君以外の女性にふらふらしているだの、頬を寄せ合っているだの宣っていたね。全く以て心外だ。この腹立たしい感情を、一体誰にぶつけたら良いのだろうね。今、目の前には君しか居ないし、君は私の憤りを受け止めてくれるかな?選りにも選って不貞などと有りもしない罪を着せられるとは。」
アンドリューがアテーシアの瞳を覗き込む。握る右手は離さない。寧ろしっかり握り直した。
チラリと合わせた目が、目が、怒ってる。
「でも、わ、私見たわ。カロライナ嬢と、とても近い距離で楽しそうに微笑んでいたわ。」
「ああ、アレ。」
事も無げにアンドリューが言うのを、アテーシアは腹立たしく思った。
「おでこがぶつかりそうなくらい近かったわ!」
だから、正当な抗議をした。なにせ目の前で見たのである。
「カロライナ嬢はパトリックの婚約者だ。」
「へ?」
「ああ、知らなくて当然だよ。最近決まったことだからね。」
「で、でもパトリック様は次男だわ。カロライナ様も弟君が爵位を継ぐ筈。お二人が婚姻しては貴族籍を抜ける事になってしまうわ。従属爵位を継ぐのでなければ、え?真逆、従属爵位が?」
「その真逆だよ。カロライナ嬢は生家の持つ従属爵位を継承する。未来の女子爵だ。パトリックは彼女に婿入りするんだよ。」
「婿入り...パトリック様が...」
「彼女は成績こそ然程目立つものはないが、商才がある。お母上の生家は商会経営を生業としているからね。幼い頃よりその道に進む様に教えを受けていた。それに彼女は長子だろう。弟が生まれなければ侯爵家を継ぐのは彼女だった。後継教育をしっかり受けている。」
「そうだったの...」
「誤解なんて所詮そんなものだ。きちんと突き合わせれば思い違いは容易く解消される。私はそれを思い知った。君を失いそうになって骨身に沁みた。こんなのは二度とごめんだ。はっきり言うよ。彼女には『Queen's rose 』の販路について幾つか質問をしていた。薔薇が完成するんだ。つい嬉しくて笑みが浮かんでしまうのを、不貞と思われるだなんて、あの時君を生徒会室に連れて来たエドモンドの脛を強めに蹴るくらいには腹立たしかった。」
「そ、そうだったの...」
「ああ、安心してくれ。そんな誤解は些事でしかない。アテーシア、私が許せないのはね。君があまりにも愚かである事だ。紛い物だと?君に贈ったあの薔薇が、真逆、紛い物と思われただなんてね。」
ああ、怖くて目を開けられない。
アテーシアは、ピリピリと頬に感じるアンドリューのお怒りビームを固く目を瞑り堪えた。
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