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「聖女伝説?」
アテーシアは、この日も朝からサーベル片手に大暴れをして、今は兵舎の食堂で騎士らと昼食を摂っていた。
「ああ。森の奥に神殿があるのは知ってるだろう?」
騎士の言葉にアテーシアは、そう言えばそんな事を聞いたかもと知れないと思い出す。
「神殿から少し森を分け入ったところに湖があるんだ。泉と言っても良いような小さな湖だ。その湖から昔、聖女が現れたんだ。」
「え?それって真逆、『お前の探しているのは金の斧かえ?それとも銀の斧かえ?』って言って樵を誑かすやつ?」
「女神様は樵を誑かしちゃあいないよ、強欲なのは樵の方さ。って、そうじゃなくて。
聖女だよ、聖女。閣下の先々代様の時代に聖女が湖から現れたんだ。冬の終わりと春の初めの狭間の季節に。」
「とても微妙な時期に現れたのね。」
「...。まあ、そうかな。結論から言えば、森の向こうにその湖があるってことだ。で、その湖とは透明度が高くて綺麗なんだ。今度お前を連れて行ってやるよ。」
「お前、そんなことを言って、ただシアと二人で出掛けたいだけだろう。」
「そ、そんな事は無い。王都暮らしでは見られないだろうと思っただけだ。」
騎士らがわちゃわちゃするのを横に、アテーシアの記憶に「聖女」というワードが確かに刻まれた。
その日も晴天であった。
アテーシアは、しめしめ殿下への文には「本日は晴天なり」の完全コピーで十分だなと、太陽を見上げながら思った。
さあ、朝食前の一振りだと、ベンジャミン・ボンジャミン相手にサーベルを振り回していたのを、上官の声で剣を下ろした。
騎士らが上官の前に整列する。アテーシアはその最後尾から、前を見ようとちょろっと顔を出す。
「本日、新兵が入隊した。」
上官の言葉に新兵が一歩前に出る。
「本日より入隊したミカエルと申す。宜しく願う。」
ミカエルと称した青年は、そう短く言って元の位置に下がった。漆黒の髪に鮮やかな青い瞳が遠目でもはっきり解った。成人しているのだろうか。身分も平民なのか貴族の子息であるのか解らない。
「そうだな、新人同士、シアと組むのが良いだろう。小柄な女人と侮るなよ?痛い目をみるぞ。」
ミカエルに向かって上官がにやりと言えば、ミカエルは「はっ」と短く答えて承知した。そうしてどうやらアテーシアを探しているのか、騎士達を視線だけで見回す。
「シア、出てこい。」
「はっ!」
上官に呼ばれてシアは前に駆け寄る。ちんまい子栗鼠が大男達の脇からちょろりと現れたことに、ミカエルが驚いたのか凝視しているのが解った。
侮られてはならないと、シアは眼力マシマシに胆力を込めて、大きな瞳でミカエルを見上げた。どうだ、怖いだろぉ。
「吸い込まれそうな瞳だな。」
ミカエルはそう言って、怯える風も見せずにあろう事かふっと笑った。
コイツぅ、私をちんまいと侮っているのね。良いだろう。お口を利いてやらないから。秘技・無視を発動するわよ。
アテーシアは自身が剣豪であるのをあんまり自覚していないから、仕返しには無視くらいしか思い浮かばない。何故なら、「無視」こそが彼女にとって最も哀しく心を傷付けるものであった。
ぷりぷりしながら青年の前に出て、アテーシアは右手を差し出した。無視を決め込んたが礼を尽くす性分で、結局握手を求める誠実さを示してしまった。
ミカエルは、アテーシアを見下ろしてその手を握る。握る手にぐっと力を込められて、何を!とばかりに負けじとアテーシアもぐっと力を込める。双方ぐっと力を込め合って、ぷるぷるしながら握手を終えた。
ぷりぷりしながらぷるぷるする、不思議な時間が終わって、アテーシアは気が付いた。
此奴、誰?
いや、ミカエルだってさっき言ったよね。誰かに聞いたならそう言われそうな事だが、そうではない。
ミカエルの纏う空気が只者でない。アテーシアはこの空気を知っている。けれども彼は、
「シア。」
ミカエルに声を掛けられ思考を引き戻される。
「宜しく。」
ミカエルは単語で語る性分らしい。騎士とは寡黙の代名詞であるから、言葉少なであるのは慣れている。アテーシアもそんなミカエルに「宜しく」と返した。
ミカエルとは、鍛錬を積んだ騎士であるのは直ぐに解った。
それほど大きな体躯でないが、軸がブレず無駄のない動きをする。そうしてその動きはとてもシンプルで基本の基本を極めていた。
派手な太刀捌きをする訳でも無く、見方によっては教本通りの動きであるが、基本を極めるが故に針の穴を通すほど正確で精密な動きで突いて来る。
磨き抜かれた究極の剣技。嫌いじゃない。アテーシアは、ミカエルとの初の手合わせで胸が躍った。
どうやらそれはミカエルも同様であったらしく、ちんまい前髪ぱっつん娘を侮る事なく、真摯に向き合ってくれる。
そこはかとない友好の感情が芽生えて、彼とは友になれそうな気がした。
二人で打ち合い一頻り汗を流して、地べたに座り息を整えながらアテーシアは言ってみた。
「ミカエル、もし良かったら私とお友達になってくれる?」
むっさい大男達が剣を打ち合い汗を流す稽古場で、何とも気の抜ける台詞であるが、アテーシアとは元を正せば公爵令嬢。言葉のチョイスがお嬢様なのだ。
「勿論。」
ミカエルも、そんなアテーシアに呆れる事なく答えてくれた。
やったわ、「ヒト科」のお友達3号だわ。
ひい、ふう、みいと、数えずとも分かる少ない友人を得られたアテーシアは、満面の笑みを浮かべる。
そんなアテーシアを、生温かく騎士等は見守った。
アテーシアは、この日も朝からサーベル片手に大暴れをして、今は兵舎の食堂で騎士らと昼食を摂っていた。
「ああ。森の奥に神殿があるのは知ってるだろう?」
騎士の言葉にアテーシアは、そう言えばそんな事を聞いたかもと知れないと思い出す。
「神殿から少し森を分け入ったところに湖があるんだ。泉と言っても良いような小さな湖だ。その湖から昔、聖女が現れたんだ。」
「え?それって真逆、『お前の探しているのは金の斧かえ?それとも銀の斧かえ?』って言って樵を誑かすやつ?」
「女神様は樵を誑かしちゃあいないよ、強欲なのは樵の方さ。って、そうじゃなくて。
聖女だよ、聖女。閣下の先々代様の時代に聖女が湖から現れたんだ。冬の終わりと春の初めの狭間の季節に。」
「とても微妙な時期に現れたのね。」
「...。まあ、そうかな。結論から言えば、森の向こうにその湖があるってことだ。で、その湖とは透明度が高くて綺麗なんだ。今度お前を連れて行ってやるよ。」
「お前、そんなことを言って、ただシアと二人で出掛けたいだけだろう。」
「そ、そんな事は無い。王都暮らしでは見られないだろうと思っただけだ。」
騎士らがわちゃわちゃするのを横に、アテーシアの記憶に「聖女」というワードが確かに刻まれた。
その日も晴天であった。
アテーシアは、しめしめ殿下への文には「本日は晴天なり」の完全コピーで十分だなと、太陽を見上げながら思った。
さあ、朝食前の一振りだと、ベンジャミン・ボンジャミン相手にサーベルを振り回していたのを、上官の声で剣を下ろした。
騎士らが上官の前に整列する。アテーシアはその最後尾から、前を見ようとちょろっと顔を出す。
「本日、新兵が入隊した。」
上官の言葉に新兵が一歩前に出る。
「本日より入隊したミカエルと申す。宜しく願う。」
ミカエルと称した青年は、そう短く言って元の位置に下がった。漆黒の髪に鮮やかな青い瞳が遠目でもはっきり解った。成人しているのだろうか。身分も平民なのか貴族の子息であるのか解らない。
「そうだな、新人同士、シアと組むのが良いだろう。小柄な女人と侮るなよ?痛い目をみるぞ。」
ミカエルに向かって上官がにやりと言えば、ミカエルは「はっ」と短く答えて承知した。そうしてどうやらアテーシアを探しているのか、騎士達を視線だけで見回す。
「シア、出てこい。」
「はっ!」
上官に呼ばれてシアは前に駆け寄る。ちんまい子栗鼠が大男達の脇からちょろりと現れたことに、ミカエルが驚いたのか凝視しているのが解った。
侮られてはならないと、シアは眼力マシマシに胆力を込めて、大きな瞳でミカエルを見上げた。どうだ、怖いだろぉ。
「吸い込まれそうな瞳だな。」
ミカエルはそう言って、怯える風も見せずにあろう事かふっと笑った。
コイツぅ、私をちんまいと侮っているのね。良いだろう。お口を利いてやらないから。秘技・無視を発動するわよ。
アテーシアは自身が剣豪であるのをあんまり自覚していないから、仕返しには無視くらいしか思い浮かばない。何故なら、「無視」こそが彼女にとって最も哀しく心を傷付けるものであった。
ぷりぷりしながら青年の前に出て、アテーシアは右手を差し出した。無視を決め込んたが礼を尽くす性分で、結局握手を求める誠実さを示してしまった。
ミカエルは、アテーシアを見下ろしてその手を握る。握る手にぐっと力を込められて、何を!とばかりに負けじとアテーシアもぐっと力を込める。双方ぐっと力を込め合って、ぷるぷるしながら握手を終えた。
ぷりぷりしながらぷるぷるする、不思議な時間が終わって、アテーシアは気が付いた。
此奴、誰?
いや、ミカエルだってさっき言ったよね。誰かに聞いたならそう言われそうな事だが、そうではない。
ミカエルの纏う空気が只者でない。アテーシアはこの空気を知っている。けれども彼は、
「シア。」
ミカエルに声を掛けられ思考を引き戻される。
「宜しく。」
ミカエルは単語で語る性分らしい。騎士とは寡黙の代名詞であるから、言葉少なであるのは慣れている。アテーシアもそんなミカエルに「宜しく」と返した。
ミカエルとは、鍛錬を積んだ騎士であるのは直ぐに解った。
それほど大きな体躯でないが、軸がブレず無駄のない動きをする。そうしてその動きはとてもシンプルで基本の基本を極めていた。
派手な太刀捌きをする訳でも無く、見方によっては教本通りの動きであるが、基本を極めるが故に針の穴を通すほど正確で精密な動きで突いて来る。
磨き抜かれた究極の剣技。嫌いじゃない。アテーシアは、ミカエルとの初の手合わせで胸が躍った。
どうやらそれはミカエルも同様であったらしく、ちんまい前髪ぱっつん娘を侮る事なく、真摯に向き合ってくれる。
そこはかとない友好の感情が芽生えて、彼とは友になれそうな気がした。
二人で打ち合い一頻り汗を流して、地べたに座り息を整えながらアテーシアは言ってみた。
「ミカエル、もし良かったら私とお友達になってくれる?」
むっさい大男達が剣を打ち合い汗を流す稽古場で、何とも気の抜ける台詞であるが、アテーシアとは元を正せば公爵令嬢。言葉のチョイスがお嬢様なのだ。
「勿論。」
ミカエルも、そんなアテーシアに呆れる事なく答えてくれた。
やったわ、「ヒト科」のお友達3号だわ。
ひい、ふう、みいと、数えずとも分かる少ない友人を得られたアテーシアは、満面の笑みを浮かべる。
そんなアテーシアを、生温かく騎士等は見守った。
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