名前が強いアテーシア

桃井すもも

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王国の社交の季節シーズンは、聖夜の月から翌年の八月までで、シーズン以降は貴族達は各々領地に戻り領地経営に勤しむ。

デヴュタントは、シーズンが始まる聖夜の月の舞踏会にて執り行われる。
共に成人の年齢に達したアンドリューとアテーシアは、今年のデヴュタントの舞踏会にて正式な婚約者として公の場で発表される予定であった。婚約発表後は、公式行事には二人は揃って出席する事となる。

だが、多分そうはならないだろうとアテーシアは考えている。
アンドリューの妃とは、アテーシアでないだろう。アンドリューは伴侶を別に望むと思われた。
もしもの際にもアテーシアに瑕疵となるような事はしないだろうと父には言ったが、それはアテーシアの身上を慮ってのことではないと思っている。王家はアテーシアの生家、モールバラ公爵家を侮ってはならないからである。

母は、既にアンドリューはアテーシアを侮っていると思うようだが、モールバラ公爵家と王家とは向かい合い寄り添う双子星。アテーシアの価値とモールバラ公爵家の価値とは決して同等ではないのである。


それ程の家格を誇るモールバラ公爵家が、何故今更王家とえにしを結ぶ事になったのかは、実のところアテーシアは聞かされてはいない。ただ、国が決めた事なのだと、そう教わって育って来た。

長く教育を受ける間に、確かに何故自家と王家がこの平和な御代で態々結びつかねばならないのかは、度々不思議に思った。

アテーシアは、王国では現在最も地位の高い令嬢で、諸外国からは王女と同等と見做されている。だから、アンドリューとの婚約が解消されたなら、別の道が提示される事になろう。

今現在、近隣諸国にはアテーシアと同年代の王族がいない為、現実的な事ではないが、外交の手段として他国に嫁ぐことも有り得る。

我が儘を聞いてもらえるのは生家にいるうちだろう。父が陛下になんと言って許可を取ったのかは知らないが、多忙な手を煩わせてまで得られた機会を大切にしたいと思うのであった。


もうすぐ学園は夏季休暇に入る。
成人の年齢に達しはしたが、アンドリューとの婚約の行く末が定まるまではアテーシアは社交に出るつもりは無かった。

王都にいては茶会や夜会の誘いもあろう。
それは、未だ社交場に現れない王太子の婚約者の為人を半ば野次馬的な感情から、どんなものか見てみたいという事だと容易く想像出来てしまう。
それも、当人が遠い場所にバカンスに出たとなれば、王都にいないのだからと諦めてくれるだろう。

アンドリューとは、これまでも公の場に二人揃って出席した事は無かった。婚約者に据えられてからの年月は、思い返せば妃教育を受けるばかりで終わりを迎える。
だが、国内一級品の高度な教育を施された事は、アテーシア自身を磨いた筈である。得るものは有れど失うものなど一つも無いのだ。
将来、何処へ我が身を移したとしても、与えられた舞台を厭うこと無くそこで根を張り花開かせようと思う。

同時に、これまで努力を重ねたことの全てがアテーシアの独り相撲であった事は、隠し切れない遣る瀬無さを感じさせた。
この哀しみも虚しさも、いつか時間が過去にして、過ぎたものだと忘れさせてくれるだろうと諦める事にした。

自身の名の由来が女軍神であるのは、もう残念な事とは思わなかった。
パトリシアが褒めてくれたあの日から、アテーシアにとっての誇らしい事となっている。
西の辺境伯領に行ったなら、我が身に宿る女軍神を解放して、思いっきり剣の技を磨いてみたいと思うのだった。


「パトリシアは夏季休暇はご生家へお戻りになるのですか?」
「ええ、その予定よ。」
「そうですか。」
「ふふ、心配してくれるの?大丈夫よ。私の部屋は家族とは離れているし、それに兄が私を大切にしてくれているの。それより、貴女こそお邸に戻るのでしょう?」
「私は伝を頼って西の地へバカンスに参ります。」
「西の地?それは真逆、辺境伯領?」
「鋭いですわね、パトリシア。」
「豊かな森と湖と聖女伝説の地であると聞いたわ。」
「その様ですね。」

流石に剣の鍛錬が目的とは言えないから、ここはバカンスと言っておくのが無難だろう。

「シア、貴女と会えないのは寂しいわ。それにしても私も貴女も、揃いも揃って交友関係が狭いのね。」

「私もパトリシアに会えないのは寂しいです。ですが、友人とは互いに思い合える同士がいてくれれば良いのだと思っております。友人が貴女とフランシス様しかいない私の強がりですけど。」

「フランシス様は王城に通われるのかしら。」

「ええ、その様ですね。騎士団の稽古に参加して剣技を磨くのだと仰っておられました。」

一層のこと、フランシスも一緒に辺境伯領で鍛錬出来たら楽しいだろうとアテーシアは思った。
気さくで屈託無く心根の明るいフランシスである。彼こそ伸び伸びと自然の中で剣を振るうのが性に合っているだろう。しかし、王都で騎士爵を得ようと励むのであるから、そこは是非とも応援したいと思っている。


夏が来た。
成人となって初めての夏である。これから歩む道筋次第で、アテーシアの人生は大きく方向を変えて舵を切る事になるだろう。それは自力では抗えない、国家という名の力に押されての結果であるかも知れない。

そう覚悟をした上で、仄かな恋心の残滓も夏の熱い日射しが全て焼き尽くしてくれると良いと思った。
そう思いながら、始まったばかりの夏の目映い太陽を仰ぎ見た。


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