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「え、良いのかい?」
「ええ。パトリシアにもお裾分けしたのですが、とても二人では食べ切れないのです。お手伝いをお願いしても宜しいでしょうか。」
「なんだ、そう言う事なら有難く頂戴しようかな。」
昼食を終えて教室に戻れば、フランシスは既に席に着いていた。着いていたと言うより、突っ伏してウトウトと微睡んでいた。
満腹に眠りを誘われたのだろう。起こしてしまうのは可哀想とは思ったが、小声で声を掛ければ直ぐに瞼を開いた。
今朝ほど邸から届けられたレモンケーキは、昼食後のデザートにパトリシアと二人で食べた。既に二人で三切れずつ食べてお腹が辛い。前もって、フランシスにもお裾分けにと小袋に入れて来たのを渡せば、どうやら甘党であるらしいフランシスはキラキラと瞳を輝かせた。
「ここで食べちゃおう。」
教室で昼食後にカップケーキ等のデザートをつまむ事はよくある事で、フランシスも午後の授業の前に食べてしまおうと思ったらしい。
「美味そうだね。」
「甘味はお好き?」
「うん。好きだよ。剣の稽古の後は特に。」
長い指で抓まれたケーキは、アテーシアが持つより小さく見えた。フランシスの手は大きいのだなと思いながら、ケーキを頬張る横顔を眺める。
「レモンケーキ?凄く美味しい。」
「ふふ、良かった。我が家の料理長が焼いたのです。」
「これなら毎日いけるな。」
「それ程?」
「うん。バタークリームも堪らない。」
「ふふ。」
食欲旺盛な青年の姿とは、こうも清々しいものなのか。
午後の授業の前に良いものが見られたと思った。
「シア嬢は王都にタウンハウスがあるの?」
「ええ、まあ。」
公爵邸が生家であるとは言えないから、なんとなく濁して答えた。
「へえ。それで、何故寮に?」
「独りで過ごす経験をしてみたかったのです。寄宿学校もあるのですし、家を離れる経験が出来るのは学生のうちだろうと思いまして、両親に無理を言ってしまいました。」
「そうかぁ。そうだよね。ご令嬢は卒業と同時に婚姻する事が多いからね。婚姻といえば、シア嬢は婚約者は?」
アテーシアは、どう答えようか一瞬迷って、「おりません。」と、答えた。
「フランシス様は?」
「僕もいないな。長兄にはいるけどね。僕は継ぐ爵位が無いからまず身を立てた後でなければね。」
「お兄様がいらっしゃるのですね。他にはご兄弟はいらっしゃるの?」
「次兄がいるよ。僕は三男なんだ。」
「それでは、フランシス様は騎士を目指されるのですね。」
「うん。近衛だなんて望んではいないけれど、王立騎士団を目指しているよ。」
フランシスの生家は武門の家系であるから、彼も騎士爵を得て独立したいのだろう。
「フランシス様でしたら、きっと立派な騎士様になれますわ。」
「えーと、君に言われると複雑な気持ちになるよ。君こそ騎士を目指せると思うんだけれど。」
「そうですねぇ。身の振り方が決まらなければ辺境伯を頼んで辺境騎士にでもなろうかしら。西の辺境伯領は茶葉の名産地ですし。」
そんな未来も良いかも知れない。
誰も知らない辺境の地で、国境を護りながら青空の下で剣を振るう。今現在のアンドリューとの関係を思えば、有り得ない未来とは思えなかった。
「王都に残りたくないの?」
「私でお役に立てるなら、何処でも生きて行こうと思っております。」
その時、フランシスの横に影が射して、それが昼食から戻った高貴な集団なのだと解った。
アンドリューを先頭に、側近候補の三人が後ろに侍る。パトリックは、あの模擬戦の後からは、アテーシアを見ても舌打ちをしなくなった。煩わしさが一つ解消されて、本当に良かったと思っている。
揃いも揃って四人とも見事な金髪であるから、その姿は午後の日射しを浴びて眩しく見えた。そこで無意識にアンドリューを見上げたアテーシアは、思わず息を飲む。
アンドリューが真っ直ぐこちらを見つめている。温度の無い射抜く様なその眼差しは、アテーシアが苦手に思うものであった。
だがそれもほんの一瞬のことで、アンドリューは直ぐに通り過ぎて自席へと向かって行った。
アテーシアは、そこで息を詰めていたのに気が付いて、身体の強張りを解いてゆっくり息を吐き出した。
「シア嬢。」
後ろから声を掛けられて、振り返りたいのに出来なかった。
抱えた荷物に、すっかり視界が奪われていた。
「ああ、そのまま。手伝うよ。」
そう言って、アテーシアの荷物を崩さぬ様に持ってくれる。
「有難うございます、エドモンド様。ですが...」
声を掛けて来たのはエドモンドであった。
今日は日直当番であったアテーシアは、教師に頼まれ備品を用度室まで運んでいるところであった。
抱えていたのは羊皮紙の束で、重くは無いが丈が有り、小柄なアテーシアが抱えると荷物にアテーシアの方が埋まって見えた。
そんな事より、エドモンドが一人でいるのは珍しい。アンドリューに付いていなくて良いのだろうか。
アテーシアの疑問が通じた様で、エドモンドは、
「大丈夫だよ。殿下は生徒会室におられる。私は備品を取りに来たところだったんだ。」
そう言って、軽々と荷物を持ち上げてくれた。
エドモンドの半歩後ろを追いながら、空手のアテーシアは、え~と、このまま着いて行って良いのかしらと戸惑いながら、結局そのまま二人で用度室へと廊下を進む。
用度室に着いてアテーシアが扉を開ければ、エドモンドはそのまま中に入り「ここらへんで良いかな?」と荷物を降ろした。
「助かりました、エドモンド様。」
そう礼を言ったアテーシアを、エドモンドは振り返って見下ろした。
背の高いエドモンドが立ちはだかると、アテーシアの前に影が出来た。
「シア嬢は、騎士を目指しているのかな?」
「え?」
「昼間に言っていたのを聞き齧って。」
「ああ。」
アンドリューとの婚約が解かれる未来があるのなら、王都を離れる道もあるのだろうか。起こるかも知れない可能性に思い至って、
「まだ決まった訳ではございませんわ。ただ、そんな可能性もあるのかも知れないと、そう思っただけです。」
そう答えた。
「ええ。パトリシアにもお裾分けしたのですが、とても二人では食べ切れないのです。お手伝いをお願いしても宜しいでしょうか。」
「なんだ、そう言う事なら有難く頂戴しようかな。」
昼食を終えて教室に戻れば、フランシスは既に席に着いていた。着いていたと言うより、突っ伏してウトウトと微睡んでいた。
満腹に眠りを誘われたのだろう。起こしてしまうのは可哀想とは思ったが、小声で声を掛ければ直ぐに瞼を開いた。
今朝ほど邸から届けられたレモンケーキは、昼食後のデザートにパトリシアと二人で食べた。既に二人で三切れずつ食べてお腹が辛い。前もって、フランシスにもお裾分けにと小袋に入れて来たのを渡せば、どうやら甘党であるらしいフランシスはキラキラと瞳を輝かせた。
「ここで食べちゃおう。」
教室で昼食後にカップケーキ等のデザートをつまむ事はよくある事で、フランシスも午後の授業の前に食べてしまおうと思ったらしい。
「美味そうだね。」
「甘味はお好き?」
「うん。好きだよ。剣の稽古の後は特に。」
長い指で抓まれたケーキは、アテーシアが持つより小さく見えた。フランシスの手は大きいのだなと思いながら、ケーキを頬張る横顔を眺める。
「レモンケーキ?凄く美味しい。」
「ふふ、良かった。我が家の料理長が焼いたのです。」
「これなら毎日いけるな。」
「それ程?」
「うん。バタークリームも堪らない。」
「ふふ。」
食欲旺盛な青年の姿とは、こうも清々しいものなのか。
午後の授業の前に良いものが見られたと思った。
「シア嬢は王都にタウンハウスがあるの?」
「ええ、まあ。」
公爵邸が生家であるとは言えないから、なんとなく濁して答えた。
「へえ。それで、何故寮に?」
「独りで過ごす経験をしてみたかったのです。寄宿学校もあるのですし、家を離れる経験が出来るのは学生のうちだろうと思いまして、両親に無理を言ってしまいました。」
「そうかぁ。そうだよね。ご令嬢は卒業と同時に婚姻する事が多いからね。婚姻といえば、シア嬢は婚約者は?」
アテーシアは、どう答えようか一瞬迷って、「おりません。」と、答えた。
「フランシス様は?」
「僕もいないな。長兄にはいるけどね。僕は継ぐ爵位が無いからまず身を立てた後でなければね。」
「お兄様がいらっしゃるのですね。他にはご兄弟はいらっしゃるの?」
「次兄がいるよ。僕は三男なんだ。」
「それでは、フランシス様は騎士を目指されるのですね。」
「うん。近衛だなんて望んではいないけれど、王立騎士団を目指しているよ。」
フランシスの生家は武門の家系であるから、彼も騎士爵を得て独立したいのだろう。
「フランシス様でしたら、きっと立派な騎士様になれますわ。」
「えーと、君に言われると複雑な気持ちになるよ。君こそ騎士を目指せると思うんだけれど。」
「そうですねぇ。身の振り方が決まらなければ辺境伯を頼んで辺境騎士にでもなろうかしら。西の辺境伯領は茶葉の名産地ですし。」
そんな未来も良いかも知れない。
誰も知らない辺境の地で、国境を護りながら青空の下で剣を振るう。今現在のアンドリューとの関係を思えば、有り得ない未来とは思えなかった。
「王都に残りたくないの?」
「私でお役に立てるなら、何処でも生きて行こうと思っております。」
その時、フランシスの横に影が射して、それが昼食から戻った高貴な集団なのだと解った。
アンドリューを先頭に、側近候補の三人が後ろに侍る。パトリックは、あの模擬戦の後からは、アテーシアを見ても舌打ちをしなくなった。煩わしさが一つ解消されて、本当に良かったと思っている。
揃いも揃って四人とも見事な金髪であるから、その姿は午後の日射しを浴びて眩しく見えた。そこで無意識にアンドリューを見上げたアテーシアは、思わず息を飲む。
アンドリューが真っ直ぐこちらを見つめている。温度の無い射抜く様なその眼差しは、アテーシアが苦手に思うものであった。
だがそれもほんの一瞬のことで、アンドリューは直ぐに通り過ぎて自席へと向かって行った。
アテーシアは、そこで息を詰めていたのに気が付いて、身体の強張りを解いてゆっくり息を吐き出した。
「シア嬢。」
後ろから声を掛けられて、振り返りたいのに出来なかった。
抱えた荷物に、すっかり視界が奪われていた。
「ああ、そのまま。手伝うよ。」
そう言って、アテーシアの荷物を崩さぬ様に持ってくれる。
「有難うございます、エドモンド様。ですが...」
声を掛けて来たのはエドモンドであった。
今日は日直当番であったアテーシアは、教師に頼まれ備品を用度室まで運んでいるところであった。
抱えていたのは羊皮紙の束で、重くは無いが丈が有り、小柄なアテーシアが抱えると荷物にアテーシアの方が埋まって見えた。
そんな事より、エドモンドが一人でいるのは珍しい。アンドリューに付いていなくて良いのだろうか。
アテーシアの疑問が通じた様で、エドモンドは、
「大丈夫だよ。殿下は生徒会室におられる。私は備品を取りに来たところだったんだ。」
そう言って、軽々と荷物を持ち上げてくれた。
エドモンドの半歩後ろを追いながら、空手のアテーシアは、え~と、このまま着いて行って良いのかしらと戸惑いながら、結局そのまま二人で用度室へと廊下を進む。
用度室に着いてアテーシアが扉を開ければ、エドモンドはそのまま中に入り「ここらへんで良いかな?」と荷物を降ろした。
「助かりました、エドモンド様。」
そう礼を言ったアテーシアを、エドモンドは振り返って見下ろした。
背の高いエドモンドが立ちはだかると、アテーシアの前に影が出来た。
「シア嬢は、騎士を目指しているのかな?」
「え?」
「昼間に言っていたのを聞き齧って。」
「ああ。」
アンドリューとの婚約が解かれる未来があるのなら、王都を離れる道もあるのだろうか。起こるかも知れない可能性に思い至って、
「まだ決まった訳ではございませんわ。ただ、そんな可能性もあるのかも知れないと、そう思っただけです。」
そう答えた。
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