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王妃との茶会に先立って、アテーシアはアンドリューに文を出す。
月に一度の王妃とのお茶会の際には、アンドリューが多忙でなければ彼ともお茶会が催される。
しかし、実現するのは大体5回に1回。「多忙」が最も多い理由で、次は「剣の稽古」である。
「5回に1回」の1回に当たる月とは、アテーシアの誕生月と聖夜の月で、アテーシアの誕生日は6月であったから、大凡半年に一回の逢瀬という計算になる。
流石に、婚約者の誕生月くらいは顔合わせを中止する訳には行かないから、そこはアンドリューも気遣うらしい。
今月も、王妃との茶会に先立って、アテーシアはアンドリューへ文を出した。アテーシアの誕生日は来月で、当然今月の会合は無いものだと思っていた。現に返信の文には「多忙」との謝罪の言葉が記されていた。
アテーシアは公には寄宿制の淑女学院に入学している事になっている。今月の文にも現状報告としてそれらしい事を当たり障り無く書いた。
有り体に言えば、学院生活にも寮での暮らしにも慣れたという旨を書き記した。確かにシアとしても、学園にも寮での暮らしにも大分慣れてきたから、決して嘘を書いている訳ではない。
王妃からアンドリューの訪いを告げられて、ん?次に会うのは来月ではなかったか?と、アテーシアは訝しんだ。
いやいや、婚約者との交流なのだから、急な訪いも嬉しい筈で、それが然るべき当然のことだと思わないこのカップルは大丈夫なのかと周囲は案じた。
まあ、アテーシアにしてみれば、子爵令嬢として通う学園では、アンドリューの御尊顔なら毎日拝んでいるから、何なら昨日も見ていたから、別段、今更改めてお茶会の必要を感じていない。
そんなアテーシアの心の内がすっかり解って、王妃は又もや紅茶が渋く感じるらしく、またまた手ずからカップにミルクを足した。
「久しぶりだね、アテーシア。」
ええ、昨日ぶりですわね。と心の中でお返事しながら、アテーシアは静かに立ち上がりカーテシーで礼をする。
「母上。父上がお呼びでしたよ。」
アンドリューが言うのに、王妃は呆れたような眼差しを向けた。
「東方では嘘をついたならば針を千本飲んで詫びるのだそうよ。私は頑張って産んで育てた子に針を飲んで詫びて欲しくはないわね。」
「では、嘘か真かお確かめになられると良いのでは?父上も丁度お茶の時間でしょうし。」
王妃の間にいて王妃を追い出す。なんて息子だ、とアテーシアも呆れてしまった。
呆れた眼差しを緩めること無く王妃は立ち上がり、
「アテーシア、何かあった時のために近衛を置いてゆくから、粗相があったら引っ捕らえてもらいなさいね。」
そう言い残して部屋を出た。
「さあ、アテーシア。息災であったかな。」
王妃の姿を横目で見送り、アンドリューが晴れやかな笑顔を向けて来る。これは王妃の言った「何かあった時」案件なのだろうか。
こんな眩しい笑顔のアンドリューと対面するのは数ヶ月ぶりであるから、そもそもアンドリューとの会合が数ヶ月ぶりであったから、平素とそうでない時の区別が付かない。
チラチラ近衛騎士を見れば、何故だか視線を逸らされる。それで、ああ今じゃないのだなと理解した。
「お陰様で恙無く過ごしておりました。」
「そう。」
「....。」
「....。」
いや何、この間。黙っているなら何故ここに来た。アテーシアは大凡婚約者らしからぬ思考となる。
「前髪が、」
「え、」
「前髪が可愛いらしいね。リボンがよく似合っている。」
「はあ。」
危ない。てっきりバレたかと焦ったではないか。腕利きの侍女のお陰で、ぱっつん前髪をカバーしてもらって来たから助かった。
アテーシアは安堵から気の抜けた返事を返してしまった。
「王妃様から頂戴致しましたリボンですの。」
「王家の色だね。」
「ええ。鮮やかなブルーが大変美しゅうございますね。」
「母上は君に王家の色を贈ったのか。そうそう。贈り物なんだが、君に入学祝いを渡したくてね。」
「殿下も同じく御入学なさっておられるではないですか。」
「私はいいんだよ。君を祝いたいんだ。」
そう言って、アンドリューは上着の内ポケットから小さな箱を取り出した。そうしてコトリとテーブルの上に置いた。
箱は剥き出しのままで、包装もリボンも掛けられていない。ただ、繊細な紋様が彫られており、離れて見ても価値ある芸術品の様に思えた。
「手に取ってみてくれないか。」
アンドリューの言葉に促されて、そっと小箱を手に取ってみる。飴色の照りが乗った小箱は木製で、時代を経た古い物なのだと解る。
「開けてごらん。」
尚も促されて、アテーシアはそれに頷き箱を開けた。
「まあ。」
小さな鍵である。箱と同様にこちらも古いものであろう。
「これは?」何処の鍵なのでしょうかと尋ねる前に、
「禁書棚の鍵だよ。」
「え!」
禁書とは、王家の書物である。王族と宰相、神殿の神官の他は限られた者しか閲覧を許されない。アテーシアの父はもしかしたらその資格が有るのかも知れないが、アテーシア自身は許されてはいなかった。
「見たいと言っていただろう?」
「それは...」
それは、まだ二人が婚約したばかりの十歳の頃の話しだろう。当時の二人は今より幾分交流を持てていた。
それで、いつだかアンドリューが王城の図書室を案内してくれて、その際に禁書の存在を教えてくれた。
『まあ、そんな珍しい書物があるのですね。いつか読むことが出来るのかしら。』
アテーシアは、そんな事を言った記憶がある。
それに対してアンドリューは、確か、
『僕の妃は読めるよ。』
そう言ったのではなかったか。
月に一度の王妃とのお茶会の際には、アンドリューが多忙でなければ彼ともお茶会が催される。
しかし、実現するのは大体5回に1回。「多忙」が最も多い理由で、次は「剣の稽古」である。
「5回に1回」の1回に当たる月とは、アテーシアの誕生月と聖夜の月で、アテーシアの誕生日は6月であったから、大凡半年に一回の逢瀬という計算になる。
流石に、婚約者の誕生月くらいは顔合わせを中止する訳には行かないから、そこはアンドリューも気遣うらしい。
今月も、王妃との茶会に先立って、アテーシアはアンドリューへ文を出した。アテーシアの誕生日は来月で、当然今月の会合は無いものだと思っていた。現に返信の文には「多忙」との謝罪の言葉が記されていた。
アテーシアは公には寄宿制の淑女学院に入学している事になっている。今月の文にも現状報告としてそれらしい事を当たり障り無く書いた。
有り体に言えば、学院生活にも寮での暮らしにも慣れたという旨を書き記した。確かにシアとしても、学園にも寮での暮らしにも大分慣れてきたから、決して嘘を書いている訳ではない。
王妃からアンドリューの訪いを告げられて、ん?次に会うのは来月ではなかったか?と、アテーシアは訝しんだ。
いやいや、婚約者との交流なのだから、急な訪いも嬉しい筈で、それが然るべき当然のことだと思わないこのカップルは大丈夫なのかと周囲は案じた。
まあ、アテーシアにしてみれば、子爵令嬢として通う学園では、アンドリューの御尊顔なら毎日拝んでいるから、何なら昨日も見ていたから、別段、今更改めてお茶会の必要を感じていない。
そんなアテーシアの心の内がすっかり解って、王妃は又もや紅茶が渋く感じるらしく、またまた手ずからカップにミルクを足した。
「久しぶりだね、アテーシア。」
ええ、昨日ぶりですわね。と心の中でお返事しながら、アテーシアは静かに立ち上がりカーテシーで礼をする。
「母上。父上がお呼びでしたよ。」
アンドリューが言うのに、王妃は呆れたような眼差しを向けた。
「東方では嘘をついたならば針を千本飲んで詫びるのだそうよ。私は頑張って産んで育てた子に針を飲んで詫びて欲しくはないわね。」
「では、嘘か真かお確かめになられると良いのでは?父上も丁度お茶の時間でしょうし。」
王妃の間にいて王妃を追い出す。なんて息子だ、とアテーシアも呆れてしまった。
呆れた眼差しを緩めること無く王妃は立ち上がり、
「アテーシア、何かあった時のために近衛を置いてゆくから、粗相があったら引っ捕らえてもらいなさいね。」
そう言い残して部屋を出た。
「さあ、アテーシア。息災であったかな。」
王妃の姿を横目で見送り、アンドリューが晴れやかな笑顔を向けて来る。これは王妃の言った「何かあった時」案件なのだろうか。
こんな眩しい笑顔のアンドリューと対面するのは数ヶ月ぶりであるから、そもそもアンドリューとの会合が数ヶ月ぶりであったから、平素とそうでない時の区別が付かない。
チラチラ近衛騎士を見れば、何故だか視線を逸らされる。それで、ああ今じゃないのだなと理解した。
「お陰様で恙無く過ごしておりました。」
「そう。」
「....。」
「....。」
いや何、この間。黙っているなら何故ここに来た。アテーシアは大凡婚約者らしからぬ思考となる。
「前髪が、」
「え、」
「前髪が可愛いらしいね。リボンがよく似合っている。」
「はあ。」
危ない。てっきりバレたかと焦ったではないか。腕利きの侍女のお陰で、ぱっつん前髪をカバーしてもらって来たから助かった。
アテーシアは安堵から気の抜けた返事を返してしまった。
「王妃様から頂戴致しましたリボンですの。」
「王家の色だね。」
「ええ。鮮やかなブルーが大変美しゅうございますね。」
「母上は君に王家の色を贈ったのか。そうそう。贈り物なんだが、君に入学祝いを渡したくてね。」
「殿下も同じく御入学なさっておられるではないですか。」
「私はいいんだよ。君を祝いたいんだ。」
そう言って、アンドリューは上着の内ポケットから小さな箱を取り出した。そうしてコトリとテーブルの上に置いた。
箱は剥き出しのままで、包装もリボンも掛けられていない。ただ、繊細な紋様が彫られており、離れて見ても価値ある芸術品の様に思えた。
「手に取ってみてくれないか。」
アンドリューの言葉に促されて、そっと小箱を手に取ってみる。飴色の照りが乗った小箱は木製で、時代を経た古い物なのだと解る。
「開けてごらん。」
尚も促されて、アテーシアはそれに頷き箱を開けた。
「まあ。」
小さな鍵である。箱と同様にこちらも古いものであろう。
「これは?」何処の鍵なのでしょうかと尋ねる前に、
「禁書棚の鍵だよ。」
「え!」
禁書とは、王家の書物である。王族と宰相、神殿の神官の他は限られた者しか閲覧を許されない。アテーシアの父はもしかしたらその資格が有るのかも知れないが、アテーシア自身は許されてはいなかった。
「見たいと言っていただろう?」
「それは...」
それは、まだ二人が婚約したばかりの十歳の頃の話しだろう。当時の二人は今より幾分交流を持てていた。
それで、いつだかアンドリューが王城の図書室を案内してくれて、その際に禁書の存在を教えてくれた。
『まあ、そんな珍しい書物があるのですね。いつか読むことが出来るのかしら。』
アテーシアは、そんな事を言った記憶がある。
それに対してアンドリューは、確か、
『僕の妃は読めるよ。』
そう言ったのではなかったか。
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