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騒ぎに教師は直ぐに気が付いた。
しかし、彼はアテーシアの言葉に胸を打たれて直ぐには動かなかった。
彼は元は辺境を護る騎士であったが、怪我が元で現役から退いた。それからは、後進の指導育成の為に、王立貴族学園にて教職に就いたのである。
『本懐の為なら我が身を捨てる勇気とは、言葉で言うより重いものです。彼等は恐怖も痛みも乗り越えて主に仕える』
アテーシアは騎士を称してそう言った。そうしてそんな騎士を尊いとも。
騎士とは兵士とは、戦場では使い捨てとなる身の上である。国家の為に主君の為に、生涯の忠誠を誓いその身を捧げるのである。
だが、その存在価値をどれ程の人間が認めているのだろう。
王城勤めの近衛騎士なら舞台男優並みの人気であるが、土臭い、血と汗と泥に塗れた騎士を、と、尊い、尊い(大事なことだから2回言ってみた)だなんて、そう言ってくれるだなんて。
しかもアテーシアは、最初の素振り稽古1000回を、997回まで終えていた。それをあの小童が邪魔立てするから最後まで出来なかったじゃないか。
教師はそこで決意した。
良いだろう。どちらが果たして舐め腐っているのか、真正面から対戦してみれば解るだろう。
「何を騒いでいる?」
何気に今気が付きました的な風を装って近寄れば、
「ちっ」
パトリックが舌打ちをする。
小童。恥を知れ。
「諍いか?」
「いえ、リンジー侯爵令息様に騎士を舐めているのかと問われましたので、違うとお答えしておりました。」
そうだろう、そうだろう。私も確かに聞いていた。教師はふむふむと頷く。
「丁度良かろう。騎士科らしく諍い事は模擬戦にて決着を付けよう。」
「はっ」
教師の言葉にパトリックが軽薄な笑いを漏らした。こんなぱっつん娘、一捻りだ。泣かせてやろう的な笑いである。
パトリックの剣も当然模擬剣であるが、彼の剣はロングソードである。ただ、グリップには華美な装飾が施されており、そんなゴテゴテしていては両手で握るのに邪魔になるのではないかと思われた。
両手剣のロングソードは長く重い。そもそも剣に慣れるまで訓練が必要であるし、上手く扱える様になるまでも鍛錬を要する。そうして重い剣を扱う体力も要る。模擬剣とは云えロングソードを携えているというのは、それだけで剣の熟練、実力者だと言って良い。
対してアテーシアのレイピアは、一般的な剣であり、小柄な女子が持つにも適していた。
ヒルト部分が芸術的な装飾のレイピアが貴族の間では人気であるが、アテーシアのそれは無駄の無いシンプルな、そうして小柄な彼女に合わせて小さめに造られた剣であった。
教師が間に立ち、二人が向き合う。
ギャラリーは、二人を取り囲む生徒達ばかりではない。騒ぎに気付いた他の学年の生徒達も、校舎の窓を開けて眺めている。その中には職員室も含まれた。
勝負は一瞬であった。
やあ!と両手で大きく剣を振り被ったパトリックが、試合開始の掛け声が終わるや否や一気に距離を詰めて切り込んで来た。そのガラ空きの腹を、アテーシアは真正面から踵で蹴り倒した。手にしたレイピアは、パトリックが両手で振り被ったロングソードを片手で受け止めていた。
打ち重なった剣から火花が散った。
令嬢相手にどれ程の力で振り被ったのか。真逆、本気で殺めようとしたのか。それが真であるなら余りに卑怯、騎士道から外れている。
振り被る剣、受け止めるレイピア、同時にアテーシアの踵がパトリックの腹にめり込む。僅かな一瞬の情報量が多過ぎて、観ていた者は何が起こったか判断が追いつかなかった。
ただ、パトリックが騎士道にも貴族紳士にも外れる卑劣な行動に出た事と、それを乙女の片手で往され蹴り転ばされた事の二点ばかりは確かであった。
「お言葉は?」
「くっ、ま、参ったっ」
パトリックは、暫く声を殺していた。
踵が入った腹が痛むのだろう。
背中から転がり後頭部を打ち付けたのだから、頭も背中も痛むだろう。
アテーシアは、土埃に塗れたパトリックが痛みを逃すのを待っていた。そうして、そろそろもう良いかな?と云う頃合いで尋ねてみた。
痛みか屈辱か、その両方か。
パトリックは悔しげに負けを認めたのである。
「シア嬢!やったな!」
フランシスが駆け寄って来て、そこで膠着が解けた様に皆が正気に返る。おおぉぉ!!と歓声が湧き上がり、フランシスに両手で頭をくしゃくしゃに撫でられながら、アテーシアは「ふふ」と笑った。
いつもの鍛錬通りに動いただけが、こんなに褒めてもらえるだなんて。
学園ってパラダイスだわ。
まるで女軍神アテーナが、ぴたりと寄り添い歓びを分かち合う様であった。
未だ転がるパトリックに、エドモンドが手を差し出す。直ぐには起き上がれない様で、リチャードが肩を貸して起き上がらせた。
騎士科はアンドリューも選択していた。よって彼の側近候補のエドモンド、パトリック、リチャードの三人も共に騎士科にいた。
彼等が側近候補の失態をどう思うのか、アテーシアには解らない。何故なら彼女は、それから集まった生徒達に持ち上げられんばかりの勢いで揉みくちゃにされていたから。
しかし、彼はアテーシアの言葉に胸を打たれて直ぐには動かなかった。
彼は元は辺境を護る騎士であったが、怪我が元で現役から退いた。それからは、後進の指導育成の為に、王立貴族学園にて教職に就いたのである。
『本懐の為なら我が身を捨てる勇気とは、言葉で言うより重いものです。彼等は恐怖も痛みも乗り越えて主に仕える』
アテーシアは騎士を称してそう言った。そうしてそんな騎士を尊いとも。
騎士とは兵士とは、戦場では使い捨てとなる身の上である。国家の為に主君の為に、生涯の忠誠を誓いその身を捧げるのである。
だが、その存在価値をどれ程の人間が認めているのだろう。
王城勤めの近衛騎士なら舞台男優並みの人気であるが、土臭い、血と汗と泥に塗れた騎士を、と、尊い、尊い(大事なことだから2回言ってみた)だなんて、そう言ってくれるだなんて。
しかもアテーシアは、最初の素振り稽古1000回を、997回まで終えていた。それをあの小童が邪魔立てするから最後まで出来なかったじゃないか。
教師はそこで決意した。
良いだろう。どちらが果たして舐め腐っているのか、真正面から対戦してみれば解るだろう。
「何を騒いでいる?」
何気に今気が付きました的な風を装って近寄れば、
「ちっ」
パトリックが舌打ちをする。
小童。恥を知れ。
「諍いか?」
「いえ、リンジー侯爵令息様に騎士を舐めているのかと問われましたので、違うとお答えしておりました。」
そうだろう、そうだろう。私も確かに聞いていた。教師はふむふむと頷く。
「丁度良かろう。騎士科らしく諍い事は模擬戦にて決着を付けよう。」
「はっ」
教師の言葉にパトリックが軽薄な笑いを漏らした。こんなぱっつん娘、一捻りだ。泣かせてやろう的な笑いである。
パトリックの剣も当然模擬剣であるが、彼の剣はロングソードである。ただ、グリップには華美な装飾が施されており、そんなゴテゴテしていては両手で握るのに邪魔になるのではないかと思われた。
両手剣のロングソードは長く重い。そもそも剣に慣れるまで訓練が必要であるし、上手く扱える様になるまでも鍛錬を要する。そうして重い剣を扱う体力も要る。模擬剣とは云えロングソードを携えているというのは、それだけで剣の熟練、実力者だと言って良い。
対してアテーシアのレイピアは、一般的な剣であり、小柄な女子が持つにも適していた。
ヒルト部分が芸術的な装飾のレイピアが貴族の間では人気であるが、アテーシアのそれは無駄の無いシンプルな、そうして小柄な彼女に合わせて小さめに造られた剣であった。
教師が間に立ち、二人が向き合う。
ギャラリーは、二人を取り囲む生徒達ばかりではない。騒ぎに気付いた他の学年の生徒達も、校舎の窓を開けて眺めている。その中には職員室も含まれた。
勝負は一瞬であった。
やあ!と両手で大きく剣を振り被ったパトリックが、試合開始の掛け声が終わるや否や一気に距離を詰めて切り込んで来た。そのガラ空きの腹を、アテーシアは真正面から踵で蹴り倒した。手にしたレイピアは、パトリックが両手で振り被ったロングソードを片手で受け止めていた。
打ち重なった剣から火花が散った。
令嬢相手にどれ程の力で振り被ったのか。真逆、本気で殺めようとしたのか。それが真であるなら余りに卑怯、騎士道から外れている。
振り被る剣、受け止めるレイピア、同時にアテーシアの踵がパトリックの腹にめり込む。僅かな一瞬の情報量が多過ぎて、観ていた者は何が起こったか判断が追いつかなかった。
ただ、パトリックが騎士道にも貴族紳士にも外れる卑劣な行動に出た事と、それを乙女の片手で往され蹴り転ばされた事の二点ばかりは確かであった。
「お言葉は?」
「くっ、ま、参ったっ」
パトリックは、暫く声を殺していた。
踵が入った腹が痛むのだろう。
背中から転がり後頭部を打ち付けたのだから、頭も背中も痛むだろう。
アテーシアは、土埃に塗れたパトリックが痛みを逃すのを待っていた。そうして、そろそろもう良いかな?と云う頃合いで尋ねてみた。
痛みか屈辱か、その両方か。
パトリックは悔しげに負けを認めたのである。
「シア嬢!やったな!」
フランシスが駆け寄って来て、そこで膠着が解けた様に皆が正気に返る。おおぉぉ!!と歓声が湧き上がり、フランシスに両手で頭をくしゃくしゃに撫でられながら、アテーシアは「ふふ」と笑った。
いつもの鍛錬通りに動いただけが、こんなに褒めてもらえるだなんて。
学園ってパラダイスだわ。
まるで女軍神アテーナが、ぴたりと寄り添い歓びを分かち合う様であった。
未だ転がるパトリックに、エドモンドが手を差し出す。直ぐには起き上がれない様で、リチャードが肩を貸して起き上がらせた。
騎士科はアンドリューも選択していた。よって彼の側近候補のエドモンド、パトリック、リチャードの三人も共に騎士科にいた。
彼等が側近候補の失態をどう思うのか、アテーシアには解らない。何故なら彼女は、それから集まった生徒達に持ち上げられんばかりの勢いで揉みくちゃにされていたから。
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