名前が強いアテーシア

桃井すもも

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アテーシアから少し離れた後方には、アンドリュー一行が昼食を摂っていた。

王族には専用の貴賓室があるから、そこで食事も出来るのたが、アンドリューは一般学生達と同じ環境で行動するらしかった。

周囲を高位貴族の側近候補に取り囲まれている時点で全然同じじゃあ無いけれど、彼なりに一般学生と同等に学ぶつもりなのだろう。

食事を終えた集団が席を立ったらしく、小さな「きゃあ」というご令嬢方の声が上がった。

高貴集団がこちらに近付くのが気配で解った。
愈々いよいよ向かい合わせて座るアテーシアとパトリシアのテーブルを通り過ぎるその時に、

「ちっ」
「無礼な。」

パトリシアの横を通り過ぎるのに、パトリックがすれ違いざまに小さく舌打ちをした。それに対してアテーシアは反射的に抗議する。

「なんだと?」

思わずという風にパトリックは立ち止まった。
アンドリューに帯同しておきながら、勝手に立ち止まるなど、全く性の無い男である。

折角、マイルド眼力になろうと誓ったばかりなのに、背筋を伸ばしたアテーシアは眼力強めでパトリックを見上げた。

「うっ、」
パトリックが一瞬動きを止める。

「パトリック。」

アンドリューの言葉に硬直を解かれて、パトリックは再びアテーシアを睨み付けた。

「パトリシア嬢、失礼したね。それから、君は、何処の家のご令嬢かな?」

今だパトリックに睨み付けられているアテーシアに、アンドリューが尋ねて来る。

澄んだ青い瞳には疑いの色は見えない。
実のところ、変装して身分も変えた婚約者に、アンドリューが気づいてしまうのではないかと危ぶんでいた。

ぱっつん前髪、赤縁眼鏡。トドメのお下げ髪のアテーシアを、アンドリューが判別出来なかったその様に、しめしめバレてないぞとアテーシアは内心でほくそ笑んだ。

「名乗る程の者ではございません。」
アテーシアがそう答えれば、

「貴様、失礼であろうっ」
「貴様?」

尚も突っかかって来るパトリックをアテーシアは見据えた。

「くっ、」
パトリックは又しても固まってしまう。

「パトリック、さないか。」

そんなパトリックを止めたのは、同じくアンドリューに帯同していたエドモンドであった。

エドモンドの生家であるラトランド公爵家とアテーシアの生家とは協調関係にある。アンドリューとの婚約が無かったら、アテーシアはエドモンドと婚約を結んでいたのだろう。

共に王家の傍流でありながら、金髪碧眼のエドモンドとブルネットに紺碧の瞳を持つアテーシアの見目は真反対と言える。こうして対峙していると、それは見目だけを見れば対極にいるように思われた。

「君は同じクラスのご令嬢だね。失礼でなければ名を聞いても良いだろうか。」

エドモンドの礼儀に適った問い掛けに、アテーシアは静かに立ち上がる。

そうして、
「ルース子爵家が一女、シアと申します。お見知り置きのほど宜しくお願い致します。」

狭い席とテーブルの隙間であるのに、美しい所作の礼でこうべを垂れた。

王太子の問い掛けには応えなかったのに、公爵家令息には頭を垂れる。ある意味不敬である行為もこの場を収めるのには最適解だと思われた。

「パトリシア嬢、シア嬢、騒がせたね。」

アンドリューのその言葉で膠着状態は瓦解して、見目麗しい高貴な集団は去って行った。

「弟がご免なさいね。」

パトリシアが眉を下げる。いつも胸を張り真っ直ぐ前を見るパトリシアの哀しみを帯びた表情に胸が痛くなった。

「パトリシア様がお謝りになる事など何一つございません。無礼は弟君にございます。」

忌み子と前髪ぱっつんが向かい合い、仲良さげにしている姿は一層異様にも見えたが、当の二人はそんな事は全然気にする様子はなかった。

傍目で見れば非は明らかにパトリックにあり、王太子殿下と公爵家嫡男がそれを諌めて詫びて行った。

この二人を侮ってはならないと、この日アテーシアとパトリシアは学園生の目の前で鮮烈な印象を残したのである。



「大丈夫だったかい、二人とも。」

食事を終えてまだ時間があるからと、アテーシアはパトリシアと連れ立って図書室へと向かった。
図書室には青春を謳歌する子女等は訪れない。彼等はテラスや中庭で会話を楽しむものであり、古い紙の匂いで溢れる図書室には余程のことが無ければ近寄らない。しかし、引き籠もり性のアテーシアには心底心落ち着く場所であった。

アテーシアのパラダイス・図書室へ入れば、そこには先客のフランシスがいた。

私語厳禁の図書室も、ヒソヒソ話しは許される。何故なら図書室とは内緒話しの温床であるのだから。

同じクラスの学友達は、三人一つのテーブルに頭を突き合わせるようにしてヒソヒソと会話を交わす。

「フランシス様、ご覧になっていたの?」

パトリシアが尋ねれば、フランシスは「うん」と首肯した。

「二人とも、凄く目立ってたよ。」
「ええっ、」
「だってシア嬢、君ってば、えーとそのご免ねパトリシア嬢、君の弟殿がさあ。」
「弟が因縁を付けて来たことかしら。」
「単刀直入だね。まあ、確かにそうかな。あれはご令嬢への態度としてどうなのかな。」
「駄目でしょう。」
「シア嬢、君も単刀直入だね。」
「駄目は駄目です、ダメダメですわ。侯爵家へ投げ文でもしようかしら。次男再教育求むと書いて。」
「それは多分犯罪なのではないかな、シア嬢。」

こうして残りのお昼休みは、ダメダメ令息パトリックの悪口大会と成り果てた。九割方がアテーシアの暴言であったが。


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