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「グラン公爵家の夜会ですか?」
「ああ、君もどうかと誘いを受けている。」
グラン公爵家は、王都に国内最大規模の百貨店を経営している。
ロバートとは予てから事業での関わりがあったらしく、今回の夜会もロバートが招待を受けていた。
そこに婦人服の商会をロバートと共同で興しているグレースにも参加しないかと声を掛けてくれたらしい。
「とても光栄な事ですわ。ですが、ロバート様は私がパートナーで宜しいのですか?」
王家に次ぐ大家からの誘いに驚きながらそう尋ねれば、
「寧ろ私の方が君に頼みたいと思っていたよ。それに、君の家だってそれで構わないのではないか?」
リシャールが常々愛人を優先しているのだから、妻のグレースが夫とは別のパートナーを伴っても構わないだろうとロバートは言っている。
「そちらはご心配頂かなくとも大丈夫ですわ。私達は元よりパートナーですもの。」
「うん、まあ、そうだね。うん。」
何故か自分に言い含めるように頷くロバート。
「それで、衣装なんだが、どうだろう。二人で揃いにしてみないか。色を揃えるというのではなくて婦人服に合わせた紳士服と云う風に。」
ロバートとグレースの商会は、婦人服を主軸としている。ロバートはそこに婦人服と揃いにした紳士服を作ってみようと考えたらしい。
「まあ、それは良いですね。夜会服の専門店は沢山ありますが、婦人服の専門店で仕立てる紳士服というのも良いでしょう。」
早速ジョージを含めて作戦会議を開く。
義父が会頭を務めるヴィリアーズ侯爵家の商会では紳士服を扱っており、ノウハウもあれば流通経路も確立しているし型紙も直ぐに用意出来る。
「義父にお力をお借りしますわ。」
義父が会頭であるから話が早い。善は急げと侯爵家の商会に向かった。
「良い話じゃないか。型紙も生地見本も持っていくと良い。公爵家の夜会なのだろう?良い披露目が出来るなら、我が侯爵家としても鼻が高い。」
商売に鼻の利く義父は、ロバートの商才も認めているらしく、グレース達の商会にも協力を惜しまない。
義父との対談が終わり商会を後にして馬車に乗ろうとしたところで、後方に馬車が停まった。
あれはリシャールの馬車である。別邸から今、商会に来たのだろう。
「声を掛けなくて良いのか?」
「ええ、大丈夫です。」
ちらりとそちらを伺ってロバートが聞いてくるのも、グレースはそのまま背を向けた。
リシャールと話す事が思い浮かばない。あれからリシャールは邸を訪っていなかった。数日連続で本邸に泊まったのだから、イザベルの手前、暫くは訪いは無いだろう。
ロバートに手を添えられて馬車に乗り込む。後にロバートが続いて扉を閉めた。
馬車が走り出すと同時に、後ろの馬車から人が降りて来たのが見えた。やはり、リシャールであった。
リシャールは馬車を降りてからも、まるでグレースの表情まで見えている様な、そんな風にこちらに向かい立ち尽くしていた。
ロバートと揃いの衣装は、装飾の類を抑えたタイトなスタイルに仕上げた。
黒髪のロバートに合わせて黒い生地を選ぶ。ジャケットもドレスも、どちらも身体のラインにピタリと沿う細身のデザインである。
厚みのある恵まれた体躯のロバートだが、上背もあり手足も長いから細身のスタイルがしっくり馴染む。精悍な中に貴族らしい優美さを損なわず、何より佇まいが美しい。
グレース達の商会で作るドレスは、何れもリボンやフリル等の装飾を控えて、素材を活かした流線美とシンプルなデザインを特徴としていた。そこに職人の技工を凝らした繊細な造形の装飾品を加えて華やぎを添える。
今回も、ドレスに合わせて職人が仕上げた首飾りに、揃いのピンブローチはロバートのジャケットの襟に付けて、二人揃って並ぶ姿が人目を惹いた。
今回の首飾りであるが、薄い真鍮のプレートを打ち出したパーツを繋ぎ合わせた。
リーフを模した真鍮プレートは本物の葉の様に葉脈まで細かく細工がされて、それを幾重にも重ねて繋ぎ合わせ、所々にグレースの瞳と同じ小粒のサファイアを散りばめた。鈍色のアンティークな風合いを生地の黒色が引き立てて美しく映えていた。
ロバートにエスコートされてホールに入ると小さなどよめきが聞こえて、そこでロバートが戯けた口調で「上々だな」と耳元で囁くのに、グレースは危なく吹き出してしまうところであった。
招待を受けた公爵夫妻に挨拶をすれば早速衣装に目が行ったらしく、夫人と揃いの衣装を依頼された。
そこでまたロバートが「上々だな」と耳元で囁くのだから、今度こそグレースも吹き出してしまった。
それからは、御婦人方ばかりでなく殿方からも、生地や縫製の具合を見せてはくれないかと求められたりで、二人共モデルの様に暫し商品説明に勤しんだ。
「グレース、折角だから一曲どうかな?」
ワルツの曲が流れると、ロバートがダンスに誘う手を差し伸べて来た。
リシャールにこんな風に誘われた事があっただろうか。夜会も舞踏会も一緒に参加出来た事は数える程である。
有難い事に、ロバートとはビジネスだけでなくダンスの相性も良い。二人が踊るその姿さえ衣装を披露する大切な宣伝の場となるのだから、一石二鳥とばかりに手を取り合ってダンスホールに進み出た。
ロバートと向き合い右手を組む。左手の親指と人差し指をロバートの腕に軽く添える。背を伸ばし姿勢を整えドレスのラインを引き立たせる。
ロバートが深く一歩を踏み出してそれに合わせてグレースが半歩下がれば、後はロバートのリードに身を委ねてターンする。
ワルツの優雅で軽やかな曲に合わせてロバートが流れるようにリードする。ロバートが支える手に身を任せグレースが背を大きく逸らせば、上気して仄かに赤く染まる頬とドレスの黒、逸らされた胸元のラインが美しく現れる。
決して肌を見せた訳では無いのに仄かに匂う色香。
ターンと共に風が頬を撫でる。
羨望の眼差しを集める二人は自身が生み出す艶めかしさにも気付かずに、グレースは軽やかなワルツの音色に心まで軽くなる様であった。
「ああ、君もどうかと誘いを受けている。」
グラン公爵家は、王都に国内最大規模の百貨店を経営している。
ロバートとは予てから事業での関わりがあったらしく、今回の夜会もロバートが招待を受けていた。
そこに婦人服の商会をロバートと共同で興しているグレースにも参加しないかと声を掛けてくれたらしい。
「とても光栄な事ですわ。ですが、ロバート様は私がパートナーで宜しいのですか?」
王家に次ぐ大家からの誘いに驚きながらそう尋ねれば、
「寧ろ私の方が君に頼みたいと思っていたよ。それに、君の家だってそれで構わないのではないか?」
リシャールが常々愛人を優先しているのだから、妻のグレースが夫とは別のパートナーを伴っても構わないだろうとロバートは言っている。
「そちらはご心配頂かなくとも大丈夫ですわ。私達は元よりパートナーですもの。」
「うん、まあ、そうだね。うん。」
何故か自分に言い含めるように頷くロバート。
「それで、衣装なんだが、どうだろう。二人で揃いにしてみないか。色を揃えるというのではなくて婦人服に合わせた紳士服と云う風に。」
ロバートとグレースの商会は、婦人服を主軸としている。ロバートはそこに婦人服と揃いにした紳士服を作ってみようと考えたらしい。
「まあ、それは良いですね。夜会服の専門店は沢山ありますが、婦人服の専門店で仕立てる紳士服というのも良いでしょう。」
早速ジョージを含めて作戦会議を開く。
義父が会頭を務めるヴィリアーズ侯爵家の商会では紳士服を扱っており、ノウハウもあれば流通経路も確立しているし型紙も直ぐに用意出来る。
「義父にお力をお借りしますわ。」
義父が会頭であるから話が早い。善は急げと侯爵家の商会に向かった。
「良い話じゃないか。型紙も生地見本も持っていくと良い。公爵家の夜会なのだろう?良い披露目が出来るなら、我が侯爵家としても鼻が高い。」
商売に鼻の利く義父は、ロバートの商才も認めているらしく、グレース達の商会にも協力を惜しまない。
義父との対談が終わり商会を後にして馬車に乗ろうとしたところで、後方に馬車が停まった。
あれはリシャールの馬車である。別邸から今、商会に来たのだろう。
「声を掛けなくて良いのか?」
「ええ、大丈夫です。」
ちらりとそちらを伺ってロバートが聞いてくるのも、グレースはそのまま背を向けた。
リシャールと話す事が思い浮かばない。あれからリシャールは邸を訪っていなかった。数日連続で本邸に泊まったのだから、イザベルの手前、暫くは訪いは無いだろう。
ロバートに手を添えられて馬車に乗り込む。後にロバートが続いて扉を閉めた。
馬車が走り出すと同時に、後ろの馬車から人が降りて来たのが見えた。やはり、リシャールであった。
リシャールは馬車を降りてからも、まるでグレースの表情まで見えている様な、そんな風にこちらに向かい立ち尽くしていた。
ロバートと揃いの衣装は、装飾の類を抑えたタイトなスタイルに仕上げた。
黒髪のロバートに合わせて黒い生地を選ぶ。ジャケットもドレスも、どちらも身体のラインにピタリと沿う細身のデザインである。
厚みのある恵まれた体躯のロバートだが、上背もあり手足も長いから細身のスタイルがしっくり馴染む。精悍な中に貴族らしい優美さを損なわず、何より佇まいが美しい。
グレース達の商会で作るドレスは、何れもリボンやフリル等の装飾を控えて、素材を活かした流線美とシンプルなデザインを特徴としていた。そこに職人の技工を凝らした繊細な造形の装飾品を加えて華やぎを添える。
今回も、ドレスに合わせて職人が仕上げた首飾りに、揃いのピンブローチはロバートのジャケットの襟に付けて、二人揃って並ぶ姿が人目を惹いた。
今回の首飾りであるが、薄い真鍮のプレートを打ち出したパーツを繋ぎ合わせた。
リーフを模した真鍮プレートは本物の葉の様に葉脈まで細かく細工がされて、それを幾重にも重ねて繋ぎ合わせ、所々にグレースの瞳と同じ小粒のサファイアを散りばめた。鈍色のアンティークな風合いを生地の黒色が引き立てて美しく映えていた。
ロバートにエスコートされてホールに入ると小さなどよめきが聞こえて、そこでロバートが戯けた口調で「上々だな」と耳元で囁くのに、グレースは危なく吹き出してしまうところであった。
招待を受けた公爵夫妻に挨拶をすれば早速衣装に目が行ったらしく、夫人と揃いの衣装を依頼された。
そこでまたロバートが「上々だな」と耳元で囁くのだから、今度こそグレースも吹き出してしまった。
それからは、御婦人方ばかりでなく殿方からも、生地や縫製の具合を見せてはくれないかと求められたりで、二人共モデルの様に暫し商品説明に勤しんだ。
「グレース、折角だから一曲どうかな?」
ワルツの曲が流れると、ロバートがダンスに誘う手を差し伸べて来た。
リシャールにこんな風に誘われた事があっただろうか。夜会も舞踏会も一緒に参加出来た事は数える程である。
有難い事に、ロバートとはビジネスだけでなくダンスの相性も良い。二人が踊るその姿さえ衣装を披露する大切な宣伝の場となるのだから、一石二鳥とばかりに手を取り合ってダンスホールに進み出た。
ロバートと向き合い右手を組む。左手の親指と人差し指をロバートの腕に軽く添える。背を伸ばし姿勢を整えドレスのラインを引き立たせる。
ロバートが深く一歩を踏み出してそれに合わせてグレースが半歩下がれば、後はロバートのリードに身を委ねてターンする。
ワルツの優雅で軽やかな曲に合わせてロバートが流れるようにリードする。ロバートが支える手に身を任せグレースが背を大きく逸らせば、上気して仄かに赤く染まる頬とドレスの黒、逸らされた胸元のラインが美しく現れる。
決して肌を見せた訳では無いのに仄かに匂う色香。
ターンと共に風が頬を撫でる。
羨望の眼差しを集める二人は自身が生み出す艶めかしさにも気付かずに、グレースは軽やかなワルツの音色に心まで軽くなる様であった。
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