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これはきっと聖母様の悪戯なのだわ。でなければこんな事って。
「君は一体何をしているんだ?」
山道を下りて邸宅に戻ったコレットを迎えたのは、先程迄考えていた男だった。
「旦那様、」
「何をしに山道など」
「せ、聖母様を観に行っていたのです。」
動揺して吃ってしまった。
「なんの為に」
「只、観てみたくて」
「そう云うものか?」
そう云うものもこう云うものも、
何故貴方が此処へ?
思わず流れで会話が続いてしまい、コレットは淑女の仮面を被り損ねてしまった。
「コレット」
「はい..」
「大人しくしていられないのか。」
お叱りを受けている。
何故か分からないが、どうやらエドガーは不機嫌なのだということは分かった。
後ろから侍女頭がコレットへ
「ヨハンと遊びに行かれたからでしょう」とヒソヒソ告げると、
「キャシー、君は黙っていろ」
すかさずエドガーが黙っていろ攻撃を放った。
怖や怖やという体(てい)で侍女頭が一步下がる。
コレットは、前触れも無く突然現れて暴言を吐くエドガーに衝撃を受けていた。
仮にも夫婦であるが、こんなエドガーをコレットは知らない。
大柄なエドガーが凄むので正直怖い。
しかし、コレットには叱られる理由が無い。何より、ヨハンを護衛に充てたのはエドガー本人の筈だ。
この方、何を勝手な事を仰っているのかしら。
売り言葉に買い言葉ではないが、まるで幼子を叱るようなエドガーに、コレットは一言言わずにはいられなかった。
「ヨハンは何も悪くありません!」
多分、逆効果であった。
三十路の男がぷりぷり怒る。
「コレット様、汗を掻かれましたでしょう。お着替えを致しましょう。」
そんな三十路男を丸々無視して、侍女頭がコレットを連れ出してくれた。
チラリと見えた三十路男は、今度は苦虫を噛み潰しているようであった。
それからエドガーは当然の如く晩餐を共にして、当然と云うようにコレットを組み敷いた。
未だ婚姻関係にあり、コレットはエドガーの完全なる庇護の下にいる。
拒む事は出来ない。
それでもコレットが真から拒んだなら、エドガーは無理矢理な事などしないだろう。
王都を離れて、エドガーと彼に連なる諸々から離れて、未亡人の存在から離れて、その全てがコレットの中で少しずつ薄らんで来ていた。
確かにそれらの真ん中にコレット自身が立っていた筈なのに、自分を取り巻いていた事象が少しずつ霞んで行って、今は青い空と海と街灯りと家族のような使用人達がいる。
だから、エドガーの訪問も自分を抱き締める熱い腕も受け入れてしまったのだと云うのは、コレットの心の言い訳なのだろうか。
「コレット」
汗ばむコレットの前髪を梳いてエドガーが名を呼ぶ。
「此処は楽しいか」
「はい..」
コレットが答えると、そうかとエドガーは納得したようであった。
嵐のようにやって来た男は、翌朝、嵐のように去って行った。
一体何処から来て何処へ行くのか、コレットには分からなかった。
ただ、久しぶりの熱い肌の余韻がいつまでも身体に残って、逆上せた様な浮ついた感覚に捕らわれていた。
そうして何故か、いきなり現れて好き勝手振る舞い去って行ったエドガーを、怒る気にはなれなかった。
「君は一体何をしているんだ?」
山道を下りて邸宅に戻ったコレットを迎えたのは、先程迄考えていた男だった。
「旦那様、」
「何をしに山道など」
「せ、聖母様を観に行っていたのです。」
動揺して吃ってしまった。
「なんの為に」
「只、観てみたくて」
「そう云うものか?」
そう云うものもこう云うものも、
何故貴方が此処へ?
思わず流れで会話が続いてしまい、コレットは淑女の仮面を被り損ねてしまった。
「コレット」
「はい..」
「大人しくしていられないのか。」
お叱りを受けている。
何故か分からないが、どうやらエドガーは不機嫌なのだということは分かった。
後ろから侍女頭がコレットへ
「ヨハンと遊びに行かれたからでしょう」とヒソヒソ告げると、
「キャシー、君は黙っていろ」
すかさずエドガーが黙っていろ攻撃を放った。
怖や怖やという体(てい)で侍女頭が一步下がる。
コレットは、前触れも無く突然現れて暴言を吐くエドガーに衝撃を受けていた。
仮にも夫婦であるが、こんなエドガーをコレットは知らない。
大柄なエドガーが凄むので正直怖い。
しかし、コレットには叱られる理由が無い。何より、ヨハンを護衛に充てたのはエドガー本人の筈だ。
この方、何を勝手な事を仰っているのかしら。
売り言葉に買い言葉ではないが、まるで幼子を叱るようなエドガーに、コレットは一言言わずにはいられなかった。
「ヨハンは何も悪くありません!」
多分、逆効果であった。
三十路の男がぷりぷり怒る。
「コレット様、汗を掻かれましたでしょう。お着替えを致しましょう。」
そんな三十路男を丸々無視して、侍女頭がコレットを連れ出してくれた。
チラリと見えた三十路男は、今度は苦虫を噛み潰しているようであった。
それからエドガーは当然の如く晩餐を共にして、当然と云うようにコレットを組み敷いた。
未だ婚姻関係にあり、コレットはエドガーの完全なる庇護の下にいる。
拒む事は出来ない。
それでもコレットが真から拒んだなら、エドガーは無理矢理な事などしないだろう。
王都を離れて、エドガーと彼に連なる諸々から離れて、未亡人の存在から離れて、その全てがコレットの中で少しずつ薄らんで来ていた。
確かにそれらの真ん中にコレット自身が立っていた筈なのに、自分を取り巻いていた事象が少しずつ霞んで行って、今は青い空と海と街灯りと家族のような使用人達がいる。
だから、エドガーの訪問も自分を抱き締める熱い腕も受け入れてしまったのだと云うのは、コレットの心の言い訳なのだろうか。
「コレット」
汗ばむコレットの前髪を梳いてエドガーが名を呼ぶ。
「此処は楽しいか」
「はい..」
コレットが答えると、そうかとエドガーは納得したようであった。
嵐のようにやって来た男は、翌朝、嵐のように去って行った。
一体何処から来て何処へ行くのか、コレットには分からなかった。
ただ、久しぶりの熱い肌の余韻がいつまでも身体に残って、逆上せた様な浮ついた感覚に捕らわれていた。
そうして何故か、いきなり現れて好き勝手振る舞い去って行ったエドガーを、怒る気にはなれなかった。
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