上 下
23 / 32

【23】

しおりを挟む
これはきっと聖母様の悪戯なのだわ。でなければこんな事って。

「君は一体何をしているんだ?」

山道を下りて邸宅に戻ったコレットを迎えたのは、先程迄考えていた男だった。

「旦那様、」
「何をしに山道など」
「せ、聖母様を観に行っていたのです。」
動揺して吃ってしまった。

「なんの為に」
「只、観てみたくて」
「そう云うものか?」

そう云うものもこう云うものも、
何故貴方が此処へ?

思わず流れで会話が続いてしまい、コレットは淑女の仮面を被り損ねてしまった。

「コレット」
「はい..」
「大人しくしていられないのか。」

お叱りを受けている。
何故か分からないが、どうやらエドガーは不機嫌なのだということは分かった。

後ろから侍女頭がコレットへ
「ヨハンと遊びに行かれたからでしょう」とヒソヒソ告げると、
「キャシー、君は黙っていろ」
すかさずエドガーが黙っていろ攻撃を放った。

怖や怖やという体(てい)で侍女頭が一步下がる。

コレットは、前触れも無く突然現れて暴言を吐くエドガーに衝撃を受けていた。

仮にも夫婦であるが、こんなエドガーをコレットは知らない。

大柄なエドガーが凄むので正直怖い。
しかし、コレットには叱られる理由が無い。何より、ヨハンを護衛に充てたのはエドガー本人の筈だ。

この方、何を勝手な事を仰っているのかしら。

売り言葉に買い言葉ではないが、まるで幼子を叱るようなエドガーに、コレットは一言言わずにはいられなかった。

「ヨハンは何も悪くありません!」
多分、逆効果であった。

三十路の男がぷりぷり怒る。

「コレット様、汗を掻かれましたでしょう。お着替えを致しましょう。」

そんな三十路男を丸々無視して、侍女頭がコレットを連れ出してくれた。

チラリと見えた三十路男は、今度は苦虫を噛み潰しているようであった。


それからエドガーは当然の如く晩餐を共にして、当然と云うようにコレットを組み敷いた。

未だ婚姻関係にあり、コレットはエドガーの完全なる庇護の下にいる。
拒む事は出来ない。
それでもコレットが真から拒んだなら、エドガーは無理矢理な事などしないだろう。

王都を離れて、エドガーと彼に連なる諸々から離れて、未亡人の存在から離れて、その全てがコレットの中で少しずつ薄らんで来ていた。

確かにそれらの真ん中にコレット自身が立っていた筈なのに、自分を取り巻いていた事象が少しずつ霞んで行って、今は青い空と海と街灯りと家族のような使用人達がいる。
だから、エドガーの訪問も自分を抱き締める熱い腕も受け入れてしまったのだと云うのは、コレットの心の言い訳なのだろうか。

「コレット」
汗ばむコレットの前髪を梳いてエドガーが名を呼ぶ。

「此処は楽しいか」
「はい..」
コレットが答えると、そうかとエドガーは納得したようであった。

嵐のようにやって来た男は、翌朝、嵐のように去って行った。

一体何処から来て何処へ行くのか、コレットには分からなかった。

ただ、久しぶりの熱い肌の余韻がいつまでも身体に残って、逆上せた様な浮ついた感覚に捕らわれていた。

そうして何故か、いきなり現れて好き勝手振る舞い去って行ったエドガーを、怒る気にはなれなかった。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

たとえ番でないとしても

豆狸
恋愛
「ディアナ王女、私が君を愛することはない。私の番は彼女、サギニなのだから」 「違います!」 私は叫ばずにはいられませんでした。 「その方ではありません! 竜王ニコラオス陛下の番は私です!」 ──番だと叫ぶ言葉を聞いてもらえなかった花嫁の話です。 ※1/4、短編→長編に変更しました。

夫は私を愛してくれない

はくまいキャベツ
恋愛
「今までお世話になりました」 「…ああ。ご苦労様」 彼はまるで長年勤めて退職する部下を労うかのように、妻である私にそう言った。いや、妻で“あった”私に。 二十数年間すれ違い続けた夫婦が別れを決めて、もう一度向き合う話。

処理中です...