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王都の伯爵邸に戻ってからも、コレットの気持ちは沈んだままであった。

結局コレットはエドガーとは別々に帰って来た。
エドガーはあの足で商談があるからと、そのままそちらへ向かった。

それは言葉だけで、あの後未亡人と合流したのかもしれない。 
コレットがチェックアウトして空いた、港を一望出来る特別室を未亡人に充てがったとか。

事実がどうかは分からないのに、それが真実に思えてくる。
次第に、未亡人の為に追い出されたと思えてきて、ならばもっとランクの下る宿で長逗留を決めたかったと、腹の底から何かがむくむく湧いて来るのを感じた。

それでも、夫の不在の邸でマナーとピアノのレッスンが再開されると、少しずつ日常を取り戻していった。


その日も邸内の庭園を散策していた。
以前、エドガーの詮索が入った事があったが、疚しい所が一点もないコレットは、あれからも庭師に花木のあれこれを聞いていた。

あの海辺の街に邸を得られたら、小さな庭を花でいっぱいにしよう。
心の中ではすっかり海街の住人であった。

コレットは、離縁後の住まいをあの海街に決めた。
王都からの近さを嫌っていたのが、見方を変えれば、下調べをするにも都合が良いし、あれだけの人が行き来しているのだから、万が一見知った顔とすれ違ったとしても、お互い気付く事は無いだろう。

何より、コレット自身がすっかり街の虜になってしまった。

何処までも澄み渡る青い空。その下に犇めく玩具の様な街並み。
夕日に染まる茜の空とそれらを映して紫に染まる海の色。
藍色の空が色を深めて夕闇を迎える頃には、街中が瞬き揺れて街明かりに浮き上がる。

美しい空。
美しい海。
美しい街。

いつかあの港から船に乗って海の旅をしてみたい。

出来るとか出来ないとか、そんな事はどうでも良くて、ただ思うだけで胸が踊って心が弾む。何も無かった日常が色付く。こんな気持ちを今まで抱いた事が無かった。

マナーもピアノも花のことも、学べる機会を大切にと没頭すれば、不安を囁く煩い声は消えて行った。 




この世に生きている限り先立つものは金である。
コレットは聖人ではないから、霞を食べては生きられない。

もう夜会に出ることも僅かだろうと処分したドレスは無事に換金された。
独り身になってからの為に簡素な服を購入したが、元手のドレスはそれらの値段を遥かに上回った。

精算の内容を確認して、受け取った代金を銀行へ預ける。
夫人個人の収入であるから伯爵家の帳簿には乗らない金だが、念には念を入れる事にした。


侍女だけを伴って王都の銀行へ赴いた。
ロビーマネージャーに案内された部屋の前で侍女を待たせておく。
ここからはコレット一人である。
そこで新たな口座を開設した。

婚姻して直ぐ、エドガーは夫人の予算を管理する預金口座を作ってくれた。
それはコレットの資産であるが、出所が伯爵家の経費であるのだから、離縁の際に引き戻されるのではないかと不安であった。
後継を産めなかった責を負わされて、没収されるのではないか。

夫の手の届かない、コレットだけが管理出来る資金を確保したかった。

婚姻の際に両親から譲られた個人資産は別の銀行にある。
併せた金額で、邸を購入し使用人を雇い当面の暮しを支えなければならない。

世間を知らない貴族夫人が、これまでした事も無い無謀な計画を立てている。不安な気持ちに押し潰されそうになるも、あの海街の街灯りを思い出して自分を奮い立たせた。



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