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Another【2】エリザベスの望まれた婚姻

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シャーロットは、幼い頃から華やかな娘であった。ふわふわの髪を揺らして朗らかに話しよく笑う。見目ばかりでなく社交的であるのも父に似たのだろう。

父は伯爵家の傘下貴族の子息であった。
家令の縁戚に当たる為、当時高齢であった家令の後継となるべく家令見習として勤めていたのを、母と心が通じ合い婿入りした。
元より家令の執務を習っていたから、家政も領地経営の流れも傘下貴族の関わりも十分理解しての婿入りで、母を愛し支える優しく頼りになる父である。

だから、そんな父に似たシャーロットも明るく社交的で、彼女が場にいると灯りが更に明るくなるような陽気さを備えていた。

エリザベスは父同様に、母の事を尊敬している。当主として執務を熟し領地の采配をし、社交に出て子を育てる。万能と思われる母は、実のところ何もかもがエリザベスとそっくりであった。

髪色も瞳も気質も思考も、母娘とは云えこれ程そっくり似るのも珍しいだろう。言葉に出さずとも、エリザベスは母の気持ちがよく解る。母もまた、そんなエリザベスの気持ちを汲み取って、互いに年の離れた姉妹の様に理解し合える親子であった。

だから、同じ血の通うシャーロットの気持ちが解らないのに、エリザベスは戸惑う事が度々あった。
ひとつ違いであるから、物心のついた頃には双子の様に共に過ごした。一定の年齢を越えてからは成長に差異は無くなり、だから同じ男の子に恋をしてしまったのだろう。

ヘンリーに心を寄せて、ヘンリーを慕ってヘンリーの隣から離れないシャーロット。エリザベスは、シャーロットの様にヘンリーの腕に絡みついた事など一度も無い。おでこがコツンとぶつかる程に近づいて絵本を一緒に読んだ事も無い。

姉妹の下に子が生まれないと諦めた両親から、後継と定められて当主教育を受ける様になって、折角ヘンリーが遊びに来てくれても直ぐには会いに行けなくなった。
勉学が終わって慌てて客間に行けば、ヘンリーはいつもシャーロットに微笑んで、二人で何事かエリザベスには解らないお喋りをしているのであった。

それでも、エリザベスとヘンリーで気が合わないほど険悪ということも無かったから、二人の婚約は既定路線の様に結ばれたのである。

互いに僅か十二歳で婚約の誓約書にサインをした。とても緊張したのを憶えている。
思えばあれが、生まれて初めて接した公式書類であったのだと、母の執務を習い始めた頃に思い出した。
エリザベスにとってそれは、婚姻式より重い契約と思われた。重く固くヘンリーを縛ってエリザベス以外の道を絶つ、それが仄暗い歓びを与えてくれたのを、エリザベスは生涯誰にも話さないと心に誓った。

婚姻を結んだ夜に、晩餐の席にシャーロットが現れなかったのも、翌朝、眦を紅く染めていたのにも、気付かない振りを通した。そんな事をしてもしなくても、二人の心に距離を取らせる事なんて到底無理なのだと思い知るのはこの数年後の事であるのを、十二歳のエリザベスは幼く愚かで見通せなかった。

今なら思う。
この恋心は、消してしまった方が良かったのだと。ヘンリーではない令息を願ったとしても両親はそれで構わなかったろう。王国に貴族家は他にもあるし、爵位が下でも素行が悪くなければよいだろう。シャーロットに対して不快で後ろめたい感情を抱くくらいなら、ヘンリーへの執着を手放してしまえば良かったのだ。

そうだったら、今頃こんな気持ちを抱く事も無かったのだから。



馬車の中にいて、何故かヘンリーの横に座り只管ひたすらヘンリーに話しかけるシャーロットから視線を外して窓の外を見る。雲一つない夏空が、今日も暑くなるのを知らせている。

十七歳と十六歳。一つ違いの姉妹は、ヘンリーの事を除けばそれほど仲は悪くない。極々普通の貴族の姉妹である。

けれども、その暮らしぶりは大きく差が出来た。エリザベスには、自由な時間はシャーロット程は無い。
学園から戻れば母の執務を習っている。それに集中する為に、学園の課題は帰宅する前に学園の図書室で片付けている。

一年生の頃は、それにヘンリーも付き合って、二人同じテーブルに向かい合って課題を片付けた。思えばあの頃が、一番婚約者らしい時間を過ごせていた。入学前から二人の婚約を知る子女等も多かったし、学園に入学してからも昼食時間や放課後を共に過ごすエリザベスとヘンリーを、良好な関係の婚約者同士であると周囲は理解しただろう。

それも、翌年のシャーロットの入学で、失われてしまった。
朝の登校と昼食は三人で過ごす。しかし、放課後の課題を熟すのに図書室へ向うのは、今はエリザベスだけである。当然、帰りは邸から迎えの馬車が来て、エリザベス一人で帰っている。

シャーロットはヘンリーに送られているのだろう。そんな風になったのも、図書室で声をひそめられないシャーロットが、度々司書から注意を受けて、出禁に近い扱いを受ける様になったからであった。

シャーロットは仕方が無い。けれど、何故それでヘンリーが、シャーロットを邸に送っているのかについては、もうエリザベスは考えない事にした。


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