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アストリウスの渡帝は帰国までひと月以上にも及び、その間も、そうして帰国をしてからも彼は多忙を極めた。
その原因の一つは、港湾の街に立ち上げた商会の業績が好調であるのと、もう一つには、アウローラへ贈ったシルクドレスが目の肥えた貴婦人達に人気を博したことであった。
帝国からの交易品はどれも人気が高い。しかし、今回アストリウスが買い付けた絹織物は、それらの中でも別格中の別格であった。
帝国第二皇女、今は公爵夫人が手掛けたと言うシルクドレス。皇族の希少価値と付加価値は絶大だ。そうして、アストリウスがそのオートクチュールドレスを婚約者の令嬢に贈ったことも、人気に拍車をかけた。
ロイヤルブルーに染め抜いた艶と繊細な光沢。シンプルなラインが生地のとろみと気品を引き立てて美しい。
聞けば、彼はこのドレスを受け取るために輸送を頼らず自ら渡帝したのだと言うから、「愛よね、愛だわ」と近頃巷では「愛」がパワーワードとなっていた。
「やあ、やあ、やあ、義従姉上!」
「...」
「ん?シカトかな?流石は愛の権化、生意気だな。」
「...王国の輝ける第二王子殿下にご挨拶「ええい、止めろ。そんな心にもない挨拶は。」
「ではお伺い致します。貴方様が何故此処へ。」
「君がのんびりお茶をしていると聞いたからね。何だそれは。随分美味そうなのを楽しんでいるではないか。」
アウローラは今日、侯爵家のティールームにて、麗らかな春の庭園を眺めながら香りとコクが絶妙なロイヤルミルクティーを堪能していた。
そこへノックも無しに入室して、気配を完全消去して行き成り背後に立ち、やあ、やあ、と口上を述べだした嘗ての学友(王族)に先制口撃を受けていた。
「それで義従姉上、君はここで何をしている?」
「それで、どうしてここに殿下がおられるのでしょう?」
「コイツ、質問に質問で返したな。ああ、君、私にもお茶を貰おうか。コイツと一緒のが良いな。」
生まれたての仔鹿侍女に鷹揚に言いつけるクロノス。侯爵家の侍女でないのはお仕着せで分かるだろうに、クロノスにはそんな事は関係ない。
「可愛い侍女だね。ぷるぷるしてたぞ。ん?彼女が例のバンビーナか?」
クロノスが小声でヒソヒソ囁いて来る。アストリウスをぷるぷるしながら撃退した噂が、密かに出回っている様であった。出処は、多分ジョージ。
「私の大切な侍女ですの。興味をお持ちにならないで下さいませ。」
「随分勇猛であるらしいな。主を守る気概が素晴らしいとか。そうだ、王宮に召し上げようかな。可愛いし。」
クロノス殿下は、美人<可愛い派であるらしい。可愛いは正義。
仕事の出来る侍女は、クロノスの戯れ言には顔色一つ変えずにお茶を用意する。
「殿下、蜂蜜をお勧め致しますわ。」
「真か。」
「ええ、コクが増して甘々で美味ですの。」
「君、蜂蜜を。」
「何気に私の侍女にちょっかいをお掛けにならないで下さいませ。」
「君の主は生意気な上、狭量だな。嫌になったら私のところへおいで。君、名はなんと言う?家名も聞いておこうかな。」
クロノスは、実のところ口ほど軽い男ではない。こう見えて勤勉だし実直だし賢明だし、おまけに文武共に長けている。ただ、無駄に麗しい見目であるから、侍女はちょっぴり頬を染めて可愛さが増してしまった。
これはいけない、仔鹿が獅子に狙われてしまうとアウローラが案じた頃に、漸くアストリウスが現れた。
「クロノス殿下、私の執務室にいらっしゃると聞いていたが。」
「ああ、そうだったかな?忘れてたよ。ぼんやり呆けている義従姉上を見つけたからね。それから噂のバンビーナも。」
庶民に敷居の低い王子はアストリウスに耳を引っ張られて連れて行かれて、ティールームには再び静寂が訪れた。
学園を卒業したアウローラは、もう母の執務を手伝っていない。母は、愈々ミネットの後継教育に乗り出した。
今頃は、学園から戻ったミネットに割り振る執務を用意していることだろう。
アウローラは、一日の大半を侯爵家で過ごす様になっていた。
そうなってみて解ったのは、アストリウスとは自身が言うより遥かに人脈が広い事であった。客人は絶えないし、商談に出向く事も多い。彼は当主でありながらフットワークも軽かった。
クロノスはアストリウスとは従兄弟であるが、決して遊びに来ている訳ではない。もうすぐ帝国への遊学を控えて、アストリウスから指南を受けている。多忙なアストリウスは面倒見が良いのだな、とアウローラはそんな仲の良い二人に思うのであった。
クロノスは、王太子が国王に即位した後には臣籍降下して、王政を支える貴族の一翼を担うこととなる。王政派のフェイラー侯爵家とは長い付き合いになるだろう。
婚姻式を翌月に控えて、アウローラの身辺も大きく様変わりをして見えた。婦人等の茶会にも出席する機会も増えて、その中には、学友であったボールドウィン公爵令嬢のエリザベスも含まれて、彼女とは何処か気が合い良好な関係を得られている。
必然的に彼女の嫁ぎ先となるダンヴィル公爵家とも関わりが出来て、アウローラの人間関係は政治色が濃くなっていた。
その原因の一つは、港湾の街に立ち上げた商会の業績が好調であるのと、もう一つには、アウローラへ贈ったシルクドレスが目の肥えた貴婦人達に人気を博したことであった。
帝国からの交易品はどれも人気が高い。しかし、今回アストリウスが買い付けた絹織物は、それらの中でも別格中の別格であった。
帝国第二皇女、今は公爵夫人が手掛けたと言うシルクドレス。皇族の希少価値と付加価値は絶大だ。そうして、アストリウスがそのオートクチュールドレスを婚約者の令嬢に贈ったことも、人気に拍車をかけた。
ロイヤルブルーに染め抜いた艶と繊細な光沢。シンプルなラインが生地のとろみと気品を引き立てて美しい。
聞けば、彼はこのドレスを受け取るために輸送を頼らず自ら渡帝したのだと言うから、「愛よね、愛だわ」と近頃巷では「愛」がパワーワードとなっていた。
「やあ、やあ、やあ、義従姉上!」
「...」
「ん?シカトかな?流石は愛の権化、生意気だな。」
「...王国の輝ける第二王子殿下にご挨拶「ええい、止めろ。そんな心にもない挨拶は。」
「ではお伺い致します。貴方様が何故此処へ。」
「君がのんびりお茶をしていると聞いたからね。何だそれは。随分美味そうなのを楽しんでいるではないか。」
アウローラは今日、侯爵家のティールームにて、麗らかな春の庭園を眺めながら香りとコクが絶妙なロイヤルミルクティーを堪能していた。
そこへノックも無しに入室して、気配を完全消去して行き成り背後に立ち、やあ、やあ、と口上を述べだした嘗ての学友(王族)に先制口撃を受けていた。
「それで義従姉上、君はここで何をしている?」
「それで、どうしてここに殿下がおられるのでしょう?」
「コイツ、質問に質問で返したな。ああ、君、私にもお茶を貰おうか。コイツと一緒のが良いな。」
生まれたての仔鹿侍女に鷹揚に言いつけるクロノス。侯爵家の侍女でないのはお仕着せで分かるだろうに、クロノスにはそんな事は関係ない。
「可愛い侍女だね。ぷるぷるしてたぞ。ん?彼女が例のバンビーナか?」
クロノスが小声でヒソヒソ囁いて来る。アストリウスをぷるぷるしながら撃退した噂が、密かに出回っている様であった。出処は、多分ジョージ。
「私の大切な侍女ですの。興味をお持ちにならないで下さいませ。」
「随分勇猛であるらしいな。主を守る気概が素晴らしいとか。そうだ、王宮に召し上げようかな。可愛いし。」
クロノス殿下は、美人<可愛い派であるらしい。可愛いは正義。
仕事の出来る侍女は、クロノスの戯れ言には顔色一つ変えずにお茶を用意する。
「殿下、蜂蜜をお勧め致しますわ。」
「真か。」
「ええ、コクが増して甘々で美味ですの。」
「君、蜂蜜を。」
「何気に私の侍女にちょっかいをお掛けにならないで下さいませ。」
「君の主は生意気な上、狭量だな。嫌になったら私のところへおいで。君、名はなんと言う?家名も聞いておこうかな。」
クロノスは、実のところ口ほど軽い男ではない。こう見えて勤勉だし実直だし賢明だし、おまけに文武共に長けている。ただ、無駄に麗しい見目であるから、侍女はちょっぴり頬を染めて可愛さが増してしまった。
これはいけない、仔鹿が獅子に狙われてしまうとアウローラが案じた頃に、漸くアストリウスが現れた。
「クロノス殿下、私の執務室にいらっしゃると聞いていたが。」
「ああ、そうだったかな?忘れてたよ。ぼんやり呆けている義従姉上を見つけたからね。それから噂のバンビーナも。」
庶民に敷居の低い王子はアストリウスに耳を引っ張られて連れて行かれて、ティールームには再び静寂が訪れた。
学園を卒業したアウローラは、もう母の執務を手伝っていない。母は、愈々ミネットの後継教育に乗り出した。
今頃は、学園から戻ったミネットに割り振る執務を用意していることだろう。
アウローラは、一日の大半を侯爵家で過ごす様になっていた。
そうなってみて解ったのは、アストリウスとは自身が言うより遥かに人脈が広い事であった。客人は絶えないし、商談に出向く事も多い。彼は当主でありながらフットワークも軽かった。
クロノスはアストリウスとは従兄弟であるが、決して遊びに来ている訳ではない。もうすぐ帝国への遊学を控えて、アストリウスから指南を受けている。多忙なアストリウスは面倒見が良いのだな、とアウローラはそんな仲の良い二人に思うのであった。
クロノスは、王太子が国王に即位した後には臣籍降下して、王政を支える貴族の一翼を担うこととなる。王政派のフェイラー侯爵家とは長い付き合いになるだろう。
婚姻式を翌月に控えて、アウローラの身辺も大きく様変わりをして見えた。婦人等の茶会にも出席する機会も増えて、その中には、学友であったボールドウィン公爵令嬢のエリザベスも含まれて、彼女とは何処か気が合い良好な関係を得られている。
必然的に彼女の嫁ぎ先となるダンヴィル公爵家とも関わりが出来て、アウローラの人間関係は政治色が濃くなっていた。
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