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領地に到着してからの数日は、兎に角来客が絶えなかった。当主の縁談が王子の口添えから縁付いたものであったことから、アウローラに注目が集まるのも無理のないことと思われた。

以前参加した舞踏会で、既に顔を会わせていた貴族等も、二人が領地にいる事を聞き付けて態々わざわざ挨拶に訪れたりで、それはとりも直さず義父母の面前で二人を新たな当主夫妻と認めて支える事を示すものであったのだろう。

領地には、侯爵家が経営する商会がある。それは王都の商会と比べれば小さな店舗であったが、ここがフェイラー侯爵家発祥の地で、この商会こそが貴族として商いに転身した際に建造した記念すべき第一号であった。

瀟洒な店構えは古き良きいにしえの趣きがあり、アウローラはひと目でこの店舗が好きになった。ミネットほど流行に敏感ではないけれど、どちらかと言えばアウローラは王道をいくクラシカルなものを好ましく思っており、代を重ねて価値を増した建物は、街並みの美しさと合わせてアウローラの心を擽った。

「君の装いが御婦人等のお眼鏡にかなってね、商会でも南洋真珠の人気が高いんだよ。ここでも、ほら。」

アストリウスが指し示したのは、新年の舞踏会でアウローラが身につけた、淡い紅を帯びた薄桃色の南洋真珠の耳飾りであった。

「それから、あれも。」

それはアストリウスが婚約の記念に贈ってくれたものと同じ、グレーを帯びた黒蝶真珠であった。南洋真珠らしい照りが美しい

「まあ、これって...」
「君の名を頂戴した。」
「いつから?」
「ギャラリーに飾った日から。」

黒蝶真珠は、耳飾りに指輪に首飾りとシリーズになっており、『Lady Aシリーズ』と命名されていた。

「君の領地の硝子と併せたんだ。君の名を付けて当然だろう。」

アウローラが継承した男爵領の硝子細工の技術を、アストリウスは新たにシリーズ展開する目玉商品として活かしている。

今日のアウローラの装いも、勿論、『Lady Aシリーズ』の耳飾りで、大粒の黒蝶真珠の縁に同じく濃いグレーの小粒な硝子ビーズを編み込んで雛芥子に見立てたものであった。

アストリウスがアウローラの腰を抱いて店内を歩けば、それだけで、若き当主とその婚約者の姿をひと目見ようと通りまで人集りが出来た。

「漸く当主らしい事が出来た気分だ。アウローラ、君のお陰だ。」

「いいえ、貴方様の帰省を領民達は待っていたのですわ。侯爵家のルーツが領地にあると貴方がお示しになれば、きっと彼等はこれからもフェイラー侯爵家を領地と共に盛り立ててくれるでしょう。」

アウローラがそう言えば、アストリウスは照れくさげな笑みを見せた。
自身にはストイックなアストリウスである。歯の浮く褒め言葉には乗らない様に気をつけている。だが、アウローラの言葉に素直になれるのは、アウローラもまた次期当主として研鑽を重ねていたのを知っているからだろう。

早春の領地への帰省が、二人の門出の一幕となったのは間違いないと思われた。

予想外だったのは、

「シャルロッテ、何をしている?」
「あ、あなた、」

義姉がアストリウスを襲った事か。

正確に言うなら、深夜にアストリウスの寝室へ義姉が侵入した。だが、寝入っているアストリウスの横に身を滑らせたところで明かりが灯され、ランプを手にした義兄に現場を押さえられた。
そうして、危険を冒して侵入した寝台にアストリウスはおらず、代わりに侍従のジョージが横たわっていた事から、義姉はこれが自身を追い込むものであったのを悟った。

では、アストリウスはどこにいたかと言えば、それは可憐な婚約者の部屋に夜這いを掛けて、ぷるぷる震える侍女が掲げ持った箒に行く手を阻まれているところであった。
シャルロッテの行動を予期しての事であったから婚約者の部屋へ避難したのであって、決してアウローラに不埒な事をしようとしたのではないと、しれーっと言うのは誰も信じなかった。

こうして家族が揃う邸の中で、義弟を襲うという破廉恥極まりない行為に及んだシャルロッテは、その晩のうちに生家へ早馬で文が出されて事の仔細が伝えられる事となった。

現行犯であったのと、夫がその発見者であったから、彼女に弁明は許されなかった。侯爵家の為に子を産みたかったと、最後まで主張したシャルロッテであったが、彼女の両親も兄も過失は娘にあると認めて、港湾の領地での商いに影響することなく、後日、義兄とシャルロッテの婚姻は離縁となった。


シャルロッテの騒動で有耶無耶にされたもう一つの襲撃事件は、後ほど侍女からジョージへ、ジョージからフランク始め家令や侍女頭へも報告された。

しかし、アウローラは知らない。彼等が何処かアストリウスの失敗を惜しんでいた事を。婚約者の乙女を奪う行為であったにも関わらず、彼等が主の目論見の成功をなんとなく、そこはかとなく願っていたのだとしたら..。

全然腕力の無い侍女とは、以前も『蜂蜜用意します』発言をしたあの侍女で、細腕をぷるぷるさせて、生まれたての仔鹿の様にふるふるぷるぷる震えながらアウローラを守り抜いた功績により、婚姻の際にはアウローラ付きの侍女となって輿入れに伴うこととなったのは、また別のお話し。



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