アウローラの望まれた婚姻

桃井すもも

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半月前の舞踏会では早々に退場してしまったことから、今回は貴族達との挨拶に注力した。

新年の社交初めであるから、どの貴族等も華やかな装いで新たな年明けの挨拶を交わしている。
アウローラは噎せ返る熱気に圧倒される。
思わず「誰?」と思うほど凝った衣装に化粧を施し、鬘で髪色まで変えてしまった知人を見つけて驚いたりした。


「やあ、やあ、やあ。」

学園が休みであったから、すっかり忘れていた人物にも声を掛けられる。

「ん?聴こえないかな?やあ!アウローラ。」
「聴こえてます。」

「なあんだ、そうかそうか。てっきり無視をされたのかと驚いたよ。王城で王族を無視するなんて、流石は侯爵夫人だな。肝の据わり方が半端ない。」

「まだ夫人ではございません。それに私、貴方様には先程ご挨拶したと記憶しておりますが、真逆お忘れになられたのでしょうか。」

「あんな儀礼的な挨拶を、君は友人へ対する挨拶と言うのか?」

口角の右側だけを上げた悪い笑み。クロノスが面白そうにアウローラを見る。
舞踏会が始まって直ぐに、当然ながら王家へ挨拶を述べている。アストリウスと二人並んで、クロノスにもしっかり挨拶をしたではないか。

胡乱な眼差しを向けるアウローラに、

「そう言うところだぞ。お前のそう言うところを私は買っている。生意気で可愛げがなくて、私より背が低いくせに見下ろす態度。嫌いじゃない。」

褒めてるのか?
ん?と思いながらもクロノスを見れば、彼はきっと絶好調なのだろう。瞳を生き生きと輝かせながら、次はどんな意地悪を言ってやろうかと考えているのが丸分かりであった。

「殿下、お気を付け下さいませ。微笑みが悪人顔です。」
「「ふは!」」

何故だろう、アストリウスまで吹き出している。

「ふははは、お前くらいだ。私の見目を悪人呼ばわりするのは。」

「殿下が意地悪をなさるから、きっと皆様我慢をなさっておられるのではないでしょうか。心の中では何方どなたもきっと同じ事をお考えなのだと思います。」

「なあ、アストリウス。二、三日、君の未来の細君を私に貸してはくれまいか。ここのところ退屈を持て余していた。此奴を虐めて遊びたい。」

「殿下。私の婚約者で退屈を紛らわすのはお辞め頂きたい。それに貴方は言うほど暇ではないでしょう。ん?もしやまだ手が余っておられるか?であれば私から王太子殿下に進言致しましょう。クロノスが暇だってよと。」

「あー、それは勘弁願おうかな。兄に本気になられては、私は磨り潰されてしまう。」

「でしたらアウローラに無闇矢鱈とちょっかいをかけないで頂きたい。ウラノスに言うぞ、クロノスが五月蝿いと。」

「あー、それも勘弁願おうかな、従兄上あにうえ。私はここらへんで退散するとしよう。それじゃあ学園で会おう。あ・ね・う・え。」

言いたい放題言ってから、クロノスはすたこら退散した。彼等は従兄弟同士であるのは知っていたが、その気安い会話にアウローラは驚いた。

「クロノス殿下に初めて剣を教えたのは私なんだ。八つも歳が違うから、彼奴あいつのお漏らしだって知っている。」

「なんですって、アストリウス様!そのお話しをもうちょっと詳しくお教え下さいませ。学園で絡まれた際に脅しの材料にさせて頂きます。」

クロノスのお漏らし情報を仕入ようとアウローラの目の色が変わった。

「なあ、アウローラ。君等なんでそんなに仲が良いんだ?」

「何を仰っておられますの?私達の何処が仲良しだと?不敬承知で申しますと、あの御方には常よりいちゃもんを吹っ掛けられて私、疲弊しておりますのよ?」

真顔で言うアウローラに、信じられないという風にアストリウスは困惑する。

「いや、アウローラ。クロノス殿下はどちらかと言えば好みがはっきりしているよ。ああ、だからか。君の何かが彼の琴線に引っ掛かったのだな。何だか悔しいが、クロノス殿下の中では君は友人枠であるらしい。」
「えー。」

一連の三人の会話を聴いた貴族等は、あのご令嬢は第二王子殿下の友人なのだと脳内にインプットした。
クロノスに他意があったかは定かでないが、結果として彼から直々に言葉を掛けて親しく(?)会話をしていたアウローラは、アストリウスの婚約者である以前に王族に親しい人間として周知されたのであった。


「疲れてはいないか?」
「大丈夫ですわ。」
「それでは、一曲如何かな?君の装いを見せびらかそう。」
「散々宣伝なさったではないですか。」

アウローラの装いは、目の利く御婦人方のアンテナに見事にヒットした。
南洋真珠は大陸の南の小国で養殖されており、最近になって漸くこの国にも出回るようになっていた。
アストリウスは、港を擁する地方都市に商会を立ち上げながら、同時に南洋真珠の買い付けを始めていた。

大粒で独特の照りと多彩な色合いの南洋真珠は、本真珠よりも求めやすい価格である。それでも今宵アウローラが身につけている真珠は、色も淡い紅色を帯びて、それを同じ大きさばかり揃えているから、十分贅沢な逸品である。

「アウローラ様、もうちょっとこちらへ来て下さらない?近くで拝見しても宜しいかしら。」

御婦人方から名を呼ばれ、間近でじっくり眺められる。もう少し美人であったなら晴れ晴れとした気分なのだろうが、アウローラは自分が平均的な見目であるのを分かっている。これもアストリウスの商いの為だと頑張って商品の宣伝に尽力した。


「もう十分、その、み、見せびらかしたのではないですか?」
「いや。私は君を見せびらかしたいんだよ。」
「そんなのは御免被ごめんこうむります。アストリウス様、お独りで踊っていらしては?」
「それでは私は道化ではないか。」
「ふふ、お背が高くて凛々しくて、素敵なピエロですわね。」
「君、褒めてるのか?」
「当たり前です。」

戯れあっているうちに、次の演奏が始まりそうである。

「ほら、行くよアウローラ。それとも抱えられたいか?」

本当に抱えそうなその勢いに、アウローラは思わず白い歯を見せて笑ってしまった。
アストリウスの差し出す手に右手を預け、二人してダンスホールへ向う。

見上げたアストリウスと目が合って笑みを浮かべれば、アストリウスもまた目を細めた。

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