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アウローラはそこで不自然な事に気が付いた。使用人の姿が全く見えない。
僅かな時間であればそんな事もあるだろう。彼等は本来主家の貴族達に無闇に姿を見せない。
それにしてもこれ程の時間、侍女の一人も見掛けないのは有り得ない。二人が会話を始めてそれなりの時間が経過している。
両親が人払いをさせたのに、アウローラは思い至った。
父と母は、二人に会話の機会を与えたのではなかろうか。ここ最近のミネットとトーマスに、内心を話し合う時間が必要だと考えていたのではないだろうか。
いつもいつも二人は一緒にいるのに。身体が寄り添ったまま心が離れるだなんて、そんな哀しい事は無い。
「お姉様は、」
静寂は、ミネットの声が壊した。
「何でも持っているわ。」
「ミネット。そんな事は無いと思うよ。」
「では、何故貴方がお姉様の婚約者になったの?」
「私が次男だからだよ。それとも君は、私が我が家の従属爵位を継いで男爵になったなら、私に嫁いでくれた?君自身が男爵位を必要無いと言ったのに。」
「あれは私が幼かったからよ。今なら爵位を譲り受けて嫁ぐ事が出来ると解かるもの。それを勝手にお姉様に譲ってしまったのはお母様だわ。」
「あの男爵領は代官を信頼して任せていた。けれど彼は高齢で、何れ新たな代官を置くか、伯爵家が直接管理しなければならなかった。」
「代官なら他にもいるでしょう。」
「そうだね。義母上も、そう思ったのかも知れない。けれど、アウローラならきっと、」
「...きっと?」
「自分自身で治めたろう。」
「そんな、真逆、」
「彼女が当主となったならそうしたと思うよ。現に今、そうなっている。こんな冬の季節に彼女は男爵領まで赴いて、そうしてこれからは自分が領主であると顔見世をした。それにアストリウス殿が付き添ったのは君だって知っているだろう。」
「ねえ、ミネット。決めてくれないか。この先の人生を私と生きるのか、それとももっと大きくて輝くものを求め続けるのか。大きくて輝くものが、既に伴侶を得ているかは別として。」
ミネットはそれに何も答えなかった。何故答えを示さないのかはアウローラには解らないし理解も出来なかった。何もかも捨てて恋に走る選択は、貴族子女が教えられる感情ではない。
けれども、そんな事を習わずとも、多くの貴族達が恋情から道を違えるのはアウローラも見聞きした。その成功例なら今、階下にいる。そうして二人は今、その選択が正しかったのだと受け入れてこの先も共に生きるのかの岐路にいる。
「ミネット。ゆっくり考えて。私もゆっくり考えてみるよ。」
「トーマス様、それはどういう意味っ」
「年明けの舞踏会には迎えに来るよ。」
「だからっ、どういう意味なの!」
「お互いに必要なものを考えてみないか。欲しいものと必要なものを。私はどちらも同じだった。君を欲して必要だと思えた。けれども君はそうではない。良い機会だと思う。私も、自分自身を振り返ってみる。
ねえ、ミネット。私達の幸福な時間がアウローラの犠牲の上にあったのを、君だって気付いていたんだろう?」
階下から人影が出てくるのが見えて、アウローラはそっと上まで登り手摺りの影に身を潜めた。
トーマスが玄関ホールへ歩いてゆく。その姿を認めて、まるで止まった時間が動き出すように、途端に使用人達が姿を現した。トーマスの帰宅の為に御者を呼びに行く者、見送りの為に側に控える者。
ミネットは、そんなトーマスを見送る事はしなかった。今だ階下にいるのだろうか、それはアウローラからは見えなかった。
ただ、今アウローラが声を掛けるべきとは思えずに、ミネットが自身の選択についてを真摯に考え決めなければならないのだと思った。
不思議な事に、自分自身の幸福な道とは目に見えないし解らない。けれども、それが第三者であるなら、彼等の幸福が何であるのかまざまざと見えて来る。
他人が思う幸福と自分自身が選択する幸福とは、確かに相容れないものであるが、ミネットについてを言うなら、彼女にはトーマスしか居ないのではないかとアウローラは思う。
ここで二人が道を分かち、その先の未来で互いに似合いのパートナーを得る可能性も皆無ではない。けれどミネットの本質が変わらないのだとすれば、やはりミネットにはトーマスが必要で、彼が居てくれることが最善で幸福なことであると思う。
アウローラだってトーマスを欲していた。トーマスは初恋の男性だ。けれどもアウローラは、アストリウスと面会する前にはその恋心を手放して、先の見えない道を歩くのだと覚悟した。
結局覚悟とは、自分自身で決めなければならないのだと、アウローラは自身の体験から思う。
ミネットがどんな道を選んだとしても、それが彼女の最善になるのを願うしかない。
父も母も彼女の選択を待って、愈々後継教育を始めるのだろう。
自室に戻ってから、アウローラはどっと疲れを感じた。息を殺して人の会話を盗み聞きするのは、これ程疲弊するものなのか。慣れない事はするものではないと思う。
トーマスは、アウローラが思うよりもずっと視野が広く大人であった。自身の過ちも解った上で、ミネットを得たいと寄り添った。自身へ向けられる批判を知りながら、ミネットを優しく包みこんでいた。
アウローラはそれが誇らしいと思えた。
初恋の男性が、恋を捧げて然るべき素敵な青年であったのだと、幼い頃からの思慕と共に思い返す。
そうしてふと、アストリウスの初恋とはどんなものだったのか、噂に聞いた帝国皇女とは、きっと素敵な女性であったのだろうと思った。
ほんの少し苦いものを覚えたのは、アストリウスの過ぎた恋へ向ける小さな悋気であるのだろう。
僅かな時間であればそんな事もあるだろう。彼等は本来主家の貴族達に無闇に姿を見せない。
それにしてもこれ程の時間、侍女の一人も見掛けないのは有り得ない。二人が会話を始めてそれなりの時間が経過している。
両親が人払いをさせたのに、アウローラは思い至った。
父と母は、二人に会話の機会を与えたのではなかろうか。ここ最近のミネットとトーマスに、内心を話し合う時間が必要だと考えていたのではないだろうか。
いつもいつも二人は一緒にいるのに。身体が寄り添ったまま心が離れるだなんて、そんな哀しい事は無い。
「お姉様は、」
静寂は、ミネットの声が壊した。
「何でも持っているわ。」
「ミネット。そんな事は無いと思うよ。」
「では、何故貴方がお姉様の婚約者になったの?」
「私が次男だからだよ。それとも君は、私が我が家の従属爵位を継いで男爵になったなら、私に嫁いでくれた?君自身が男爵位を必要無いと言ったのに。」
「あれは私が幼かったからよ。今なら爵位を譲り受けて嫁ぐ事が出来ると解かるもの。それを勝手にお姉様に譲ってしまったのはお母様だわ。」
「あの男爵領は代官を信頼して任せていた。けれど彼は高齢で、何れ新たな代官を置くか、伯爵家が直接管理しなければならなかった。」
「代官なら他にもいるでしょう。」
「そうだね。義母上も、そう思ったのかも知れない。けれど、アウローラならきっと、」
「...きっと?」
「自分自身で治めたろう。」
「そんな、真逆、」
「彼女が当主となったならそうしたと思うよ。現に今、そうなっている。こんな冬の季節に彼女は男爵領まで赴いて、そうしてこれからは自分が領主であると顔見世をした。それにアストリウス殿が付き添ったのは君だって知っているだろう。」
「ねえ、ミネット。決めてくれないか。この先の人生を私と生きるのか、それとももっと大きくて輝くものを求め続けるのか。大きくて輝くものが、既に伴侶を得ているかは別として。」
ミネットはそれに何も答えなかった。何故答えを示さないのかはアウローラには解らないし理解も出来なかった。何もかも捨てて恋に走る選択は、貴族子女が教えられる感情ではない。
けれども、そんな事を習わずとも、多くの貴族達が恋情から道を違えるのはアウローラも見聞きした。その成功例なら今、階下にいる。そうして二人は今、その選択が正しかったのだと受け入れてこの先も共に生きるのかの岐路にいる。
「ミネット。ゆっくり考えて。私もゆっくり考えてみるよ。」
「トーマス様、それはどういう意味っ」
「年明けの舞踏会には迎えに来るよ。」
「だからっ、どういう意味なの!」
「お互いに必要なものを考えてみないか。欲しいものと必要なものを。私はどちらも同じだった。君を欲して必要だと思えた。けれども君はそうではない。良い機会だと思う。私も、自分自身を振り返ってみる。
ねえ、ミネット。私達の幸福な時間がアウローラの犠牲の上にあったのを、君だって気付いていたんだろう?」
階下から人影が出てくるのが見えて、アウローラはそっと上まで登り手摺りの影に身を潜めた。
トーマスが玄関ホールへ歩いてゆく。その姿を認めて、まるで止まった時間が動き出すように、途端に使用人達が姿を現した。トーマスの帰宅の為に御者を呼びに行く者、見送りの為に側に控える者。
ミネットは、そんなトーマスを見送る事はしなかった。今だ階下にいるのだろうか、それはアウローラからは見えなかった。
ただ、今アウローラが声を掛けるべきとは思えずに、ミネットが自身の選択についてを真摯に考え決めなければならないのだと思った。
不思議な事に、自分自身の幸福な道とは目に見えないし解らない。けれども、それが第三者であるなら、彼等の幸福が何であるのかまざまざと見えて来る。
他人が思う幸福と自分自身が選択する幸福とは、確かに相容れないものであるが、ミネットについてを言うなら、彼女にはトーマスしか居ないのではないかとアウローラは思う。
ここで二人が道を分かち、その先の未来で互いに似合いのパートナーを得る可能性も皆無ではない。けれどミネットの本質が変わらないのだとすれば、やはりミネットにはトーマスが必要で、彼が居てくれることが最善で幸福なことであると思う。
アウローラだってトーマスを欲していた。トーマスは初恋の男性だ。けれどもアウローラは、アストリウスと面会する前にはその恋心を手放して、先の見えない道を歩くのだと覚悟した。
結局覚悟とは、自分自身で決めなければならないのだと、アウローラは自身の体験から思う。
ミネットがどんな道を選んだとしても、それが彼女の最善になるのを願うしかない。
父も母も彼女の選択を待って、愈々後継教育を始めるのだろう。
自室に戻ってから、アウローラはどっと疲れを感じた。息を殺して人の会話を盗み聞きするのは、これ程疲弊するものなのか。慣れない事はするものではないと思う。
トーマスは、アウローラが思うよりもずっと視野が広く大人であった。自身の過ちも解った上で、ミネットを得たいと寄り添った。自身へ向けられる批判を知りながら、ミネットを優しく包みこんでいた。
アウローラはそれが誇らしいと思えた。
初恋の男性が、恋を捧げて然るべき素敵な青年であったのだと、幼い頃からの思慕と共に思い返す。
そうしてふと、アストリウスの初恋とはどんなものだったのか、噂に聞いた帝国皇女とは、きっと素敵な女性であったのだろうと思った。
ほんの少し苦いものを覚えたのは、アストリウスの過ぎた恋へ向ける小さな悋気であるのだろう。
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