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アウローラは、学園の卒業の翌々月にアストリウスに嫁ぐことが決まっている。

元々はトーマスとの婚姻が四月と定められて、婚姻の衣装もそれに合わせて準備がされていた。それが婚姻まで半年を切った晩秋の頃、急遽アストリウスへ嫁ぐことが決まって、諸々の準備の兼ね合いから婚姻は五月に執り行われる事となった。

今年の聖夜は、アウローラが未婚の娘として生家で迎える最後の聖夜となる。父と母に守られて、何不自由なく育ててもらった。
寂しさと感謝と不安が同時に湧き起こる。

だから、本当なら少しばかりしんみりしても可怪しくないのに、どうにもそんな事にはさせてくれない。それはやはりミネットであった。

「お姉様、侯爵家ではアストリウス様お一人で聖夜を過ごされていらっしゃるの?」

「いいえ、ご親族の方がご一緒よ。」

「ふうん。お姉様はご招待されなかったの?」

「ええ。アストリウス様には今日お会いして来たわ。」

「それって、お母様のお使いでしょう。招待された訳ではないじゃない。」

「そうね。でも、アストリウス様とはゆっくりお話し出来たし、ご親族にもご挨拶させて頂いたわ。」

一応ご挨拶した事になるのかしら。シャルロッテの険のある眼差しを思い出し、気分が下がる。

「ミネット。折角の聖夜よ。侯爵家のお話しはそれくらいにして、貴女はどうするの?」

アウローラは、ミネットの追及をかわすべく、話題をミネットにすり替えた。

「どうするのって?」
「婚姻の準備とか。」

母は既に考えているだろうが、ミネット本人はどうであるのか聞いてみた。

「私はまだ学生ですもの。卒業までまだ一年以上あるのよ。先ずは生徒会のお務めを年度終わりまで責任を持って務めるわ。」

「生徒会は忙しいのでしょう?」

「そりゃあそうよ。卒業記念の舞踏会が最後にして最大の行事ね。」

「それではトーマス様もお忙しいのね。」

アウローラはミネットの隣に座るトーマスに語りかけた。

「まあ、確かに忙しくはあるが、クロノス殿下の采配に無駄が無いから、思ったほど多忙では無いよ。来年度の役員達も引継ぎを兼ねて一緒に準備をしてくれているしね。」

それではミネットとトーマスにも、少しは余裕があるのだろうか。言ってみようか、母の執務を習うのを、少しばかり早めてはどうかと。

アウローラは、独り執務室に籠もる母の姿を思い出す。小柄な母が座ると、大きな執務机が益々大きく見えていた。

「アウローラ。」

名前を呼ばれて、母を見た。

「大丈夫よ。」

母は、アウローラが言わんとする事をどうやら理解しているらしく、その先を言わずとも良いと言っている。

「トーマス殿。」
その時、父がトーマスの名を呼んだ。

「はい。何でしょうか。」
トーマスも、それに直ぐに答えた。

「どうだろうか、生徒会での作業に影響しない時に、そうだな土曜日が良いかな、私に付いて外回りなどしてみないか。」

父は母に代わって外向きの仕事を担っている。それにトーマスを同行させようとするらしい。トーマスはアウローラと共に春には学園を卒業するから、頃合いとしても確かに丁度良いだろう。

「はい、お教え頂けるのでしたら是非とも。」

トーマスは、至極真面目な顔でそう答えた。

アウローラは、それが良い兆候に思えた。
トーマスが父から職務を習うなら、ミネットも同時に母から執務を習えるだろう。習うのが卒業してからと言うのであれば、手伝いでも良いだろう。雑事は様々あるのだから。

ところが、ミネットはそれには何も言わなかった。だから、そんなミネットに気付いたトーマスも、その先を言い淀んでいる。

少しばかり気まずい空気が漂うも、それもすぐに霧散した。折角の聖夜の晩餐だ。楽しい話題の方が良いだろう。そう思い直したアウローラは、ふとアストリウスの事を考えた。

彼は今頃、義姉と共に聖なる夜を過ごしているのだろう。途端に胸にちりりと走る痛みを感じた。
義姉とは云え、シャルロッテは女性である。アストリウスが、自分ではない女性と向き合い語り合う姿が思い起こされた。


「お姉様。」

ミネットの声で現実に戻される。

「何かしら?ミネット。」

「アストリウス様は、また晩餐にいらっしゃるの?」

「ええ勿論。お呼びすることもあるでしょう。」


それからも、ミネットの話しは度々ここにはいないアストリウスに及んだ。
アウローラには、ミネットの考えていることが解らなかった。母の言った通り、姉妹で価値観とは違うのだと思った。

隣に心を寄せ合う婚約者がいるのに、何故それほど姉の婚約者が気になるのだろう。アウローラには、それは理解出来ない思考であった。


何かすっきりしない気持ちで晩餐を終えた。両親は場所を移して酒精を楽しむらしい。過去にあったであろう事の大凡は、アウローラにも推察出来たが、今の父と母は、互いに互いを思い遣り歩み寄っているように見えた。

折角の聖夜であるが、今夜はもう寝床に入ってしまおう。そう思って自室に向かったアウローラの耳に、聞き慣れた声が届いた。

「ミネット。君の伴侶となるのに私は自信が持てそうにない。」

それはトーマスの声であった。



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