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「お姉様、昨夜は何であんなに早く帰ってしまったの?」

朝食の席でミネットが聞いてくる。

「私が疲れてしまっただろうと、アストリウス様がお気遣い下さったのよ。」
「まあ、あんなに早く?」
「ええ。」
「せめて一声掛けて下されば良かったのに。」
「貴女に?」

ミネットとは、王城に向う直前まで一緒にいたのだが、とアウローラは思った。

「アストリウス様とご挨拶出来なかったわ。」
「出発前にお話ししたじゃない。」
「それは邸の中よ。王城でご挨拶したかったの。それに。」
「それに?」
「私もダンスをご一緒したかったわ。」

アウローラ達が早々に帰宅してしまった為に、ミネットはアストリウスとダンスを踊れなかったと残念に思ったらしい。

「新年の舞踏会があるわ。」
「それはそれよ。これは、これ。」
「アストリウス様にお話ししておくわね。」
「お姉様から口添えされなくても結構よ。」
「まあ。」


アウローラは邸に戻った時には、両親もミネット達もまだ戻っていなかった。

アウローラが疲れたのだろうと気遣って、アストリウスは社交もそこそこにアウローラを邸まで送り届けた。

ドレスを脱いで身を清め、アウローラは早々に夜着に着替えて、家族が戻るのを待たずに就寝した。

だからと言って、眠れた訳ではない。
アストリウスとの、馬車での濃厚な時間を何度も何度も思い出し、つい一刻ほど前に別れたばかりであるのに、もう焦がれる思いを募らせた。


「お姉様もお姉様よ。」
「え?」
「あれしきで疲れちゃうだなんて。そんな事で夫人のお務めなんて大丈夫なの?」

「ミネット、言葉が過ぎますよ。」

「でも、お母様。あんなに早く帰るだなんて、何のために舞踏会に出たのか。」

「ご挨拶は出来たの?アウローラ。」

「ええ、全てとは言えませんけれど、アストリウス様がご判断なさったので大方の貴族家とはお話しできたのだと思いました。」
「そう。」

母はこの話題はこれで終いと思ったらしく、カトラリーに視線を戻した。

「でも。」

「ミネット、それくらいにしないか。閣下が判断なさったなら、アウローラもそれに従うだろう。アウローラ、王家の皆様方とはしっかりご挨拶出来たのだよね?」

「ええ。私はお話しを伺うばかりでしたけれど。」

「王妃陛下は君に会いたい様であったからね。」

「え、そうなの?お父様。」

「ミネット、この縁談は王家からのご縁だとリズも話しただろう?王妃陛下が甥子殿の婚約者をひと目見てみたいと思っても可怪しくは無いよ。クロノス殿下からアウローラの事は聞いている筈だしね。」

「お姉様、クロノス殿下とお親しいの?」
「学友ですもの。」
「私、殿下からお姉様の事を聞かれたことなど無いわ。」
「聞かずとも良いからじゃない?」
「どういう意味?」
「殿下とは入学した年から同じ教室で学んでいるのよ。それなりに面識はあるわ。」


アウローラは、朝になっても昨夜の余韻が抜けなかった。

生まれて初めてこの身を抱き締められて、狂おしいほどの口付けを交わした。その記憶が、今この時も頭から離れない。
だから、ミネットの追求に付き合うのが、何だか億劫に思えた。

それに、最近のミネットは少しばかり面倒くさい。一連の後継や婚約差し替えの騒動で混乱したのだろうと思っていたのだが、どうやらそれはまだ続いているようで、アウローラは朝から気が重くなった。

学園は冬期休暇となっていたから、いつもの様にミネットより先に席を立つ事も出来ない。
ミネットとは、今まで仲良く過ごした姉妹であるのに、トーマスとの関係から少しずつ感覚のズレが目立つ様になっていた。

両親が姉を擁護するのが納得出来ないらしく、ミネットはまだ昨晩の事を言いたそうにしている。その気配を感じてアウローラは話し掛けた。

「ミネット。そろそろトーマス様がいらっしゃるわよ。」

ミネットは身支度に時間を掛ける。早く食事を終えて支度したほうが良いと、暗に諭してみた。

「お姉様は侯爵家へ伺うの?」
「いいえ、その予定は無いわ。」
「アストリウス様がご不在なの?」
「お邸にいらっしゃるのではないかしら。」
「来なくて良いだなんて言われたの?」
「ええ、そうよ。」
「なんてこと!」

信じられないと言うようにミネットがこちらを見る。そんなに目を見開いたら瞳が落っこちちゃうわよと言ってあげたい程であった。

「家政を習うのは年明けまでお休みなの。」
「ふうん。」

どうやら納得したらしいミネットは、そこで漸く食事に戻ってくれた。



昨晩、アウローラを抱き寄せて春が待ち遠しいとアストリウスは言った。
その言葉はアウローラこそ本心から思う事だった。 

婚約というものが、容易く解かれてしまう危うい契約であることを身を以て知ったから尚の事、婚姻という更に強固な縛りでアストリウスに縛られたかった。何があっても容易に揺るがない、確かな誓約に縛られたかった。

何かに誰かに、これ程の執着を抱く事など今まで無かった。
アウローラにとって、後継教育とは諦めの連続で、我が儘は勿論、自由も令嬢らしい時間も、色々な事を諦め手放し自分を納得させながらここまで来た。それが今の今になって何ものにも替えられない執着を知ってしまうだなんて。
こんな甘く焦がれる苦しさを、知ってしまうだなんて。

アストリウスから贈られた帝国産の紅茶にミルクを多めに注ぎながら、冬は始まったばかりであるのに、もう春を待っている。

春にはアウローラは、アストリウスの下へ嫁ぐ。

だからアウローラは、一日も早く春が来てほしいと思うのだった。




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