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ミネットと口喧嘩をしたい訳では無い。寧ろ、それらしい行為を吹っ掛けて来るのはミネットの方である。
「どうしたの?ミネット。」
「え?なに?」
「何だか貴女らしくないわ。」
アウローラがそう言えば、ミネットの険を含んだ空気が治まる。
「そんな事ないわ。ただ少し気になっただけ。それだけよ。」
その割には随分語気が強かった。母の言葉も父の制止も丸々無視していた。
何だか解らないけれど荒ぶるミネットは放っておくことにした。アウローラが気持ちを切り替えたのを母は理解した様で、新たな話題に移してくれる。
「それで、アウローラは、これからは週末に侯爵家へ伺うのね。」
「なに、それ。」
ミネットの反応が早くて驚いた。
「アウローラは、侯爵家の家政を習いに伺うのよ。」
「家政...」
「あと半年もせず学園を卒業するのです。」
それは、その後に控える婚姻を意味している。
「伯爵家と侯爵家では領地経営も傘下貴族との関わり方も全てが大きく異なるでしょう。余暇を学びに充てるのなら、その方がアウローラにとっても良い事でしょう。」
「お姉様は、勉強がお好きなのね。」
ミネットの言葉の真意を図りかねた。確かにアウローラは学ぶ事は嫌いではない。だが、それと侯爵家の家政を習うのとでは意味が異なる。
アウローラは、今日アストリウスに言われた言葉を思い出す。
『君さえ良ければ、学園の休みの日に此処へ通ってはくれないか。家令と執事、それから侍女頭から、ああ執事はここにいるフランクだよ。三人とも長く勤めてくれている、彼等から夫人の家政を習ってほしい。
無論、君の予定を優先して良いし、当然毎週でなくとも良い。ただ、君が邸に来てくれれば、私はこうしてミルクたっぷりの紅茶を日射しの明るいティールームで楽しめる。』
『旦那様、執務室も十分明るうございますよ。』
アストリウスの気遣いに、フランクとの掛け合い。その場面を思い浮かべて、ミネットに突っ掛かられた気持ちも鎮まる。
「まあ。私もご一緒しようかしら。」
「ミネット。」
父がミネットを制した。先程よりも厳しい語調である。
「アウローラは遊びに行くのではないんだよ。邪魔をしてはいけないよ。」
「邪魔なんてしていないわ。ただ、侯爵家に興味があって、」
「君に興味を持ってほしいのは我が家の家政だ。家政ばかりではない。当主の執務もあるんだよ。」
「お父様、そんなのは解っております。三年生になったら、しっかり習うからご心配なさらないで。ねえ、トーマス様。」
ミネットに名を呼ばれて、トーマスは翠色の目を細めた。こんな彼の優しげな笑みは、穏やかな父と雰囲気が似ている。
「ええ、勿論。ミネットと一緒に、私も学ばせて頂きます。」
その気持ちを、アウローラと婚約している内に表して欲しかった。
やめ、やめ、こんな後ろ向きの思考に戻っては、折角前進し始めたアストリウスとの関係にも良くない。
アウローラは、目の前で仲睦まじくするミネット達から意識を離して、林檎のケーキを楽しむ事にした。紅茶には、ミルクを多めに入れてみた。
週が明けて学園に通う朝、朝餉の席でも何故かミネットが構って来る。
「お姉様、そのリボンは?」
「ああ、これ?頂戴したの。」
「何方から?」
「アストリウス様よ。」
ミネットは納得したのか、それからは静かに食事に戻る。彼女はアウローラよりも身支度に時間を掛けるので、ゆっくり食事をしている訳にはいかないのだ。
アウローラにしても、朝の支度は手早く済ませて早々に学園へ向かうから、朝からミネットに絡まれないに越したことは無かった。
それに今日は、ちょっぴり胸が躍っている。アストリウスから貰ったリボンは、アウローラの栗毛色の髪に良く似合った。
どちらにしようか少し悩んで、初冬の季節に合うだろうとベルベットのリボンにした。サテン生地のリボンも勿論楽しみである。
いつもはきっちり一つに纏めるのを、侍女がこちらが良いと言うものだからハーフアップにして髪を背に下ろした。直毛の長い髪に朝の日射しが当たって艷やかに見えている。そうしてロイヤル・ブルーのリボンはやはり気品があった。
紅茶を飲んでいるミネットを置いて、一足先に食堂を出るのはいつもの事である。
そんなアウローラに合わせて、馬車も支度が整っていた。
手短に身支度を終えて馬車に乗り込めば、何故だかほっとしてしまった。
最近のミネットからの詮索が、少しばかり煩わしかった。自分自身も望んだ男性を得て次期当主に据えられたのだから、姉の婚約をあれほど気にせずとも良いだろう。
思うに、姉の嫁ぎ先が自家より家格が上と云う事が、ミネットの上昇志向気質を刺激するのだろう。
アウローラはミネットの気持ちが解らない。侯爵家の家政を学ぶ緊張感。まだ良く解らない侯爵家の仕来たりに親族達との関わり。病から療養している前侯爵とアストリウスの兄。それらについて、アウローラは噂で聞いた以上を知らない。
アストリウスと共に歩む人生と、侯爵家が抱えるものとが振り子の様に代わる代わる現れてアウローラの心を刺激する。
凍える冬の空気を吸い込んで、乱れかけた思考を立て直した。
「どうしたの?ミネット。」
「え?なに?」
「何だか貴女らしくないわ。」
アウローラがそう言えば、ミネットの険を含んだ空気が治まる。
「そんな事ないわ。ただ少し気になっただけ。それだけよ。」
その割には随分語気が強かった。母の言葉も父の制止も丸々無視していた。
何だか解らないけれど荒ぶるミネットは放っておくことにした。アウローラが気持ちを切り替えたのを母は理解した様で、新たな話題に移してくれる。
「それで、アウローラは、これからは週末に侯爵家へ伺うのね。」
「なに、それ。」
ミネットの反応が早くて驚いた。
「アウローラは、侯爵家の家政を習いに伺うのよ。」
「家政...」
「あと半年もせず学園を卒業するのです。」
それは、その後に控える婚姻を意味している。
「伯爵家と侯爵家では領地経営も傘下貴族との関わり方も全てが大きく異なるでしょう。余暇を学びに充てるのなら、その方がアウローラにとっても良い事でしょう。」
「お姉様は、勉強がお好きなのね。」
ミネットの言葉の真意を図りかねた。確かにアウローラは学ぶ事は嫌いではない。だが、それと侯爵家の家政を習うのとでは意味が異なる。
アウローラは、今日アストリウスに言われた言葉を思い出す。
『君さえ良ければ、学園の休みの日に此処へ通ってはくれないか。家令と執事、それから侍女頭から、ああ執事はここにいるフランクだよ。三人とも長く勤めてくれている、彼等から夫人の家政を習ってほしい。
無論、君の予定を優先して良いし、当然毎週でなくとも良い。ただ、君が邸に来てくれれば、私はこうしてミルクたっぷりの紅茶を日射しの明るいティールームで楽しめる。』
『旦那様、執務室も十分明るうございますよ。』
アストリウスの気遣いに、フランクとの掛け合い。その場面を思い浮かべて、ミネットに突っ掛かられた気持ちも鎮まる。
「まあ。私もご一緒しようかしら。」
「ミネット。」
父がミネットを制した。先程よりも厳しい語調である。
「アウローラは遊びに行くのではないんだよ。邪魔をしてはいけないよ。」
「邪魔なんてしていないわ。ただ、侯爵家に興味があって、」
「君に興味を持ってほしいのは我が家の家政だ。家政ばかりではない。当主の執務もあるんだよ。」
「お父様、そんなのは解っております。三年生になったら、しっかり習うからご心配なさらないで。ねえ、トーマス様。」
ミネットに名を呼ばれて、トーマスは翠色の目を細めた。こんな彼の優しげな笑みは、穏やかな父と雰囲気が似ている。
「ええ、勿論。ミネットと一緒に、私も学ばせて頂きます。」
その気持ちを、アウローラと婚約している内に表して欲しかった。
やめ、やめ、こんな後ろ向きの思考に戻っては、折角前進し始めたアストリウスとの関係にも良くない。
アウローラは、目の前で仲睦まじくするミネット達から意識を離して、林檎のケーキを楽しむ事にした。紅茶には、ミルクを多めに入れてみた。
週が明けて学園に通う朝、朝餉の席でも何故かミネットが構って来る。
「お姉様、そのリボンは?」
「ああ、これ?頂戴したの。」
「何方から?」
「アストリウス様よ。」
ミネットは納得したのか、それからは静かに食事に戻る。彼女はアウローラよりも身支度に時間を掛けるので、ゆっくり食事をしている訳にはいかないのだ。
アウローラにしても、朝の支度は手早く済ませて早々に学園へ向かうから、朝からミネットに絡まれないに越したことは無かった。
それに今日は、ちょっぴり胸が躍っている。アストリウスから貰ったリボンは、アウローラの栗毛色の髪に良く似合った。
どちらにしようか少し悩んで、初冬の季節に合うだろうとベルベットのリボンにした。サテン生地のリボンも勿論楽しみである。
いつもはきっちり一つに纏めるのを、侍女がこちらが良いと言うものだからハーフアップにして髪を背に下ろした。直毛の長い髪に朝の日射しが当たって艷やかに見えている。そうしてロイヤル・ブルーのリボンはやはり気品があった。
紅茶を飲んでいるミネットを置いて、一足先に食堂を出るのはいつもの事である。
そんなアウローラに合わせて、馬車も支度が整っていた。
手短に身支度を終えて馬車に乗り込めば、何故だかほっとしてしまった。
最近のミネットからの詮索が、少しばかり煩わしかった。自分自身も望んだ男性を得て次期当主に据えられたのだから、姉の婚約をあれほど気にせずとも良いだろう。
思うに、姉の嫁ぎ先が自家より家格が上と云う事が、ミネットの上昇志向気質を刺激するのだろう。
アウローラはミネットの気持ちが解らない。侯爵家の家政を学ぶ緊張感。まだ良く解らない侯爵家の仕来たりに親族達との関わり。病から療養している前侯爵とアストリウスの兄。それらについて、アウローラは噂で聞いた以上を知らない。
アストリウスと共に歩む人生と、侯爵家が抱えるものとが振り子の様に代わる代わる現れてアウローラの心を刺激する。
凍える冬の空気を吸い込んで、乱れかけた思考を立て直した。
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