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これはまた、随分と達観したご令嬢だ。

デイビッドは、この度新たに婚約を結んだアビンドン伯爵家の子女アナベルについて、初見の席で思った。

鮮やかな青い瞳を伏せてカーテシーの姿勢で礼をとる令嬢。
面を上げてこちらを真っ直ぐに見つめる瞳に覚悟が窺われた。

馬鹿な男が愚かにも手放した令嬢。それがアナベルであった。

少しばかり上背のある薄い身体。
背すじを伸ばし佇む姿勢が美しい。
未だ学生であるのに、既に貴族婦人の気品を漂わせている。
馬鹿な若造には分かるまい。己の立場も家の状況も読めず、将来を見据える知力も女を見極める目も持たない。

阿呆だな。

契約事を守れぬ人間を、デイビッドは信用していない。
経営者にとって、契約不履行とは最も信用出来ない行いである。それは、嘗ての婚約者にもその片棒を担いだ友にも当てはまる。
今でこそ表では穏やかな顔を見せているが、彼らを信用する事など二度と無いと決めているデイビッドであった。

まだ17歳の令嬢が、聞けば同じ学園の子息と子女に疵を負わされたと云う。
子女も阿呆であるが、男は何を考えているんだ?何も考えていないのではないか?

まあ兎に角、それも僥倖。
可愛いじゃないか。可憐じゃないか。
小柄なばかりが可憐ではない。

将来を夫に託さずには生きられない貴族婦人にとって、誰と縁を結ぶかは人生を掛けた大事であろう。
この少女が既に、デイビッドに夫として仕える事を心に決めてこの場に居ることに、デイビッドは幸運を得たと思った。

貴族としてはお人好しで少々軽薄なところにある父親に、本人にその気はなくとも軽んじられて育ったのだろう。
娘の疵を思えば、正当な賠償を求めての婚約破棄を申し出て然るべきところを、なあなあな解消で済ませた伯爵は、周囲がこれからどんな評価を己に下すのか理解しているのだろうか。折角才覚の有るのを、契約事に甘いと見做されて価値のないものを掴まされるのが目に見えている。

まあ、もうすぐ長女が跡を取るらしいから、そこは気にせずとも良いのか。

こんな年上の男に幻滅しても可怪しくないのを、こちらを知ろうと誠実に向き合う姿勢が好ましい。
この娘、良い妻になるな。ああ、己の妻になるのだと思い返して、先が楽しみだと思った。

前の婚約では二年も婚約期間があった筈が、碌に交流出来ずにいたらしく、何処へ連れて行っても瞳の奥に好奇心を隠せずにいる。
素直であるが気丈さも持ち合わせているし、我が家の気質に合うだろう。傘下の子爵の娘の報告からも、学園での素行に問題は見られない。婚約者の不貞にも静観を続けていたらしい。

今は子爵を名乗っているのに、刺繍のイニシャルに伯爵の文字を選んだ。葉飾りに茶葉を刺すセンス。いいじゃないか。しかも美しい。人に聞かれたなら「妻が刺したのだよ」と自慢しよう。

何処を判断しても自分が合格点をあげたくてうずうずしているのに、デイビッドは気付いていない。

贈る花が一貫して白紫陽花(アナベル)であったのも、花言葉の通りに辛抱強く変わらぬ愛を貫く姿を年若の令嬢に求めていたからか。

時折見せる、焼き餅めいた悋気まで可愛いと思っている。デイビッドの過去を気にする様子さえ可愛らしい。
実のところ、デイビッドもアナベルに疵を付けた阿呆令息について、コテンパンにしてやろうと思う程には気にしているのであった。


領地に招いて早々に手を付けて、婚姻前に我がものとしてしまった。もう諦めてもらおう。他所の男など考えられない様に。

それなのに、母が先んじて代々夫人に継承されるサファイアの指輪を出したものだから、妻の心を奪われてなるものかと母親にさえ焼き餅を焼いた。

そうやって囲い込んで妻にした。
溺れてしまったのは娘が先であったか男が先か。

大人しい見目からは知り得ない勇ましさに笑わされた事は数知れない。
シャンパン塗れで年上の婦人に立ち向かう姿と言ったら。
頬を張られた夜も、過去を詮索する潔癖さも、全てを愛しく思える自分は、どうやら妻にぞっこんらしい。

事業を拡大するうえで、孤独な立場を覚悟していたのが、いつの間にか隣には妻がいて共に道を歩んでくれていた。
そう云えば、両親もそうであったと思い返して、自分は幸運な男であると感謝した。

一人娘を得てからもそれは変わらない。
妻によく似た気質にサファイアの瞳を持って生まれた娘には、随分重い荷を背負わせていたが、どうやら良い伴侶を得そうである。

何処か懐かしいものを感じると思えば、ああ自分とこの男はよく似ているのだと納得して、先が楽しみだと思った。

こんな阿呆がまだ世の中にいたのかと思わされた令息に疵を付けられた娘であるが、どうやらそれを待っていたらしい侯爵子息に娘を預けて良いらしい。学園の卒業まであと一年。夜会の後には侯爵から訪いを受けるだろう。

家族が増えるな。面白い男が息子となる。
どんな事業を興すのか。娘夫婦の未来が楽しみだ。

少しばかり自分に自信を持てずにいるらしいが、あの妻が生み育てた娘である。
ここ一番の場面では、勇猛な姿を見せてくれる事だろう。

いつかのシャンパンに塗れた妻の顔を思い出し、それを拭いてやりながら笑いを堪えるのに必死であったと懐かしむ。
その妻は、今は令息のエスコートを受けて真っ直ぐ前を向く娘を見つめている。

君ら、そっくりだよと伝えたいのをぐっと堪えて、デイビッドは愛妻をエスコートする腕に掛けられた白い手を、もう片方の掌でそっと包んだ。


                完



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