53 / 78
【53】
しおりを挟む
それからエドワードは、どこから打ち明けるべきかを迷う風であった。ヘンリエッタはもう既にお腹いっぱいの様に、喉元まで圧迫される重い感覚に苦しくなった。
「ヘンリエッタ嬢、ハロルドは自分を利用してカトレアを説得する様に私に発破を掛けてくれたんだよ。決してエレノアに現を抜かした訳じゃない。自分を餌にエレノアを引き止めていた。そう簡単には行かなかったがね。
エレノアとは、見目だけなら可憐で庇護欲を唆るらしいが、中身は強欲で醜悪で人を下に見ることでしか自分を引き立てられない姫だよ。その姫をカトレアから引き離す。その為に私達は随分愚かな遠回りをしてしまった。
結局、エレノアはハロルドを求めてこの国まで付いて来た。君の存在を大層気に掛けていたから、ハロルドは君との接触を避けた。何より全てが極秘の内に進められた。
私が隣国の王家について真の姿を見抜けていたら、こんな方法を選ばずに済んだだろう。隣国国王も王太子殿下も、決して盲目ではなかったのだから。だが、カトレアを虐げて私の妃の座を望み、その実ハロルドを欲して婚約したいと王妃を説得したエレノアを、表向き隣国王家は止める事をしなかった。結果、留学を途中で切り上げてエレノアを引き連れ帰国する事で、ひとつ区切りを付ける事となった。
宰相は、若造達が真実を見抜けず打った悪手のその後始末をせねばならなかった。夜会でハロルドをエレノアの婚約者として公にすることで、一旦幕引きをする事を決めたのは宰相だ。
初めから、私は兄か父王を頼るべきであったよ。それをしなかったのは、私は兄を支える盾にも矛にもなりたかった。私の恋路で相談するなど考えた事もなかった。それで結局は余計な心配を掛けた上に、臣下の信頼を大きく欠く結果となってしまった。
父王は、陛下は、我々が帰国するに際して君のお父上に直接謝罪されたのだよ。国王として臣下に詫びた。もうひとつ、友人として頭を下げた。彼等は元は親しい学友であったからね。
君との婚約を解くより先にハロルドはエレノアとの婚約を公にされた。それは重婚に等しい有り得ぬ行為だ。君とハロルドの婚約解消で両家に諍いが起こらなかったのは、君の両親がハロルドとその生家の立場を理解していた事と、陛下から既に謝罪を受けていたからだ。
何も知らぬ君を、ご両親は欺く結果となったのを苦しく思っていた筈だ。
いつか時が来れば、君に全てを打ち明けられる。君とハロルドの誤解が解ければ再び縁が結ばれるかも知れない。ハロルドが何れは君を妻に娶ること頼みにして、これまで君を護っていたのだと思うよ。
エレノアは想像以上に強欲だった。ハロルドばかりか私をも望んだからね。ハロルドとの婚約後に隣国へ戻ってからは、私に引っ切り無しに熱烈な文を寄越した。所謂ラブレターだ。
ハロルドとの婚約後、僅か半年でエレノアをハロルドから切り離して、私の仮初めの婚約者に据えたのは宰相の判断だ。婚約者として彼女をこの城に住まわせて、目に余る瑕疵を見繕って隣国に差し戻す。彼女なら何れ問題行動を起こすだろうと解っていたからね。国際関係を拗らせたエレノアは隣国でも問題を抱えた姫として扱える。流石に王妃も口出しする事は出来ないだろう。その対価に我々はカトレアを求める。宰相が隣国との外交の末に結んだ結末は、私とカトレアの未来の事しか考慮していない。彼等にとってハロルドの忠誠とは当然の事で、君はただその犠牲になるばかりだった。
ハロルドの父は宰相の補佐官だ。留学中の王子と息子の選んだ手段が誤っていたのを、その責の一端をハロルド本人に背負わせた。それで君に大きな瑕疵を負わせる事には、目を瞑るしか無かった。ハロルドの父もまた、何れエレノアを引き離す事で、ハロルドと君の婚約が復活出来たならと心の内で望んでいたのかもしれない。」
ああもう、満腹である。お腹いっぱい。ぱんぱんだ。
ヘンリエッタは心底呆れ果ててしまった。お話しはこれでお仕舞だろうか。二年間の苦労を返してほしい。
「そんな事。ひとこと言って下されば宜しかったのに。」
ヘンリエッタが思わず漏らしたその言葉に、エドワードばかりでなく、ハロルドもアレックスも、ヘンリエッタの後ろに控える護衛騎士までも息を飲んだのが気配で解った。
「殿下。貴方様が信頼されるのは側付きの者だけなのでしょうか。この国に、貴族家はどれほどあるのかご存知でしょう?皆とまでは申せませんが、その大半は、どの家も王家に忠誠を誓っている筈です。少なくとも我が家はそうでございます。貴方様が、父を信じて下さったなら、そうしてハロルド様、貴方が私に最初に全て打ち明けて下さったら、私は貴方になんて馬鹿な事をなさったのとその頬を一発ぶん殴って、それで仕方が無いからこの二年を、息を潜めて大人しく待っていた筈です。ハロルド様、貴方がこのへっぽこ王子の尻拭いを終えて私を迎えに来ることが解かっていたなら、私、お利口に待っていられたわ。もう、馬鹿なの?お二人共。お陰でマリーまで怪我をしちゃったわ!」
令嬢が激昂するのを、その場の誰も止められなかった。最後はもう支離滅裂で、先ほど額を打たれた令息の負傷にまで及んでいる。
「もうっ、馬鹿なの!」
まだ怒ってる。
「ふはっ、だから言ったろう?エドワード。ヘンリエッタ嬢にさっさと謝って打ち明けろと。ハロルドがどんどん痩せて萎れて行くから、もう限界だと言ったろう?」
忠臣の近衛騎士の顔をすっぽり脱ぎ捨てたアレックスが、エドワードに向かってやれやれと言う風に話せば、エドワードは眉を顰めた。
「アレックス、言葉も無い。」
「俺に謝られても困るよ。なあ、ハロルド。」
「私は殿下の事を責められない。」
ここって王城だよね、学園の教室じゃあ無いよね。
ヘンリエッタがそう迷うのも仕方が無い。
目の前の三人は、気の置けない幼馴染の姿で思うままに会話をしている。
ヘンリエッタとその後ろの護衛ばかりが取り残された様に呆けてしまった。つい先程、エドワードを馬鹿呼ばわりしたのも忘れる程に。
「ヘンリエッタ嬢、ハロルドは自分を利用してカトレアを説得する様に私に発破を掛けてくれたんだよ。決してエレノアに現を抜かした訳じゃない。自分を餌にエレノアを引き止めていた。そう簡単には行かなかったがね。
エレノアとは、見目だけなら可憐で庇護欲を唆るらしいが、中身は強欲で醜悪で人を下に見ることでしか自分を引き立てられない姫だよ。その姫をカトレアから引き離す。その為に私達は随分愚かな遠回りをしてしまった。
結局、エレノアはハロルドを求めてこの国まで付いて来た。君の存在を大層気に掛けていたから、ハロルドは君との接触を避けた。何より全てが極秘の内に進められた。
私が隣国の王家について真の姿を見抜けていたら、こんな方法を選ばずに済んだだろう。隣国国王も王太子殿下も、決して盲目ではなかったのだから。だが、カトレアを虐げて私の妃の座を望み、その実ハロルドを欲して婚約したいと王妃を説得したエレノアを、表向き隣国王家は止める事をしなかった。結果、留学を途中で切り上げてエレノアを引き連れ帰国する事で、ひとつ区切りを付ける事となった。
宰相は、若造達が真実を見抜けず打った悪手のその後始末をせねばならなかった。夜会でハロルドをエレノアの婚約者として公にすることで、一旦幕引きをする事を決めたのは宰相だ。
初めから、私は兄か父王を頼るべきであったよ。それをしなかったのは、私は兄を支える盾にも矛にもなりたかった。私の恋路で相談するなど考えた事もなかった。それで結局は余計な心配を掛けた上に、臣下の信頼を大きく欠く結果となってしまった。
父王は、陛下は、我々が帰国するに際して君のお父上に直接謝罪されたのだよ。国王として臣下に詫びた。もうひとつ、友人として頭を下げた。彼等は元は親しい学友であったからね。
君との婚約を解くより先にハロルドはエレノアとの婚約を公にされた。それは重婚に等しい有り得ぬ行為だ。君とハロルドの婚約解消で両家に諍いが起こらなかったのは、君の両親がハロルドとその生家の立場を理解していた事と、陛下から既に謝罪を受けていたからだ。
何も知らぬ君を、ご両親は欺く結果となったのを苦しく思っていた筈だ。
いつか時が来れば、君に全てを打ち明けられる。君とハロルドの誤解が解ければ再び縁が結ばれるかも知れない。ハロルドが何れは君を妻に娶ること頼みにして、これまで君を護っていたのだと思うよ。
エレノアは想像以上に強欲だった。ハロルドばかりか私をも望んだからね。ハロルドとの婚約後に隣国へ戻ってからは、私に引っ切り無しに熱烈な文を寄越した。所謂ラブレターだ。
ハロルドとの婚約後、僅か半年でエレノアをハロルドから切り離して、私の仮初めの婚約者に据えたのは宰相の判断だ。婚約者として彼女をこの城に住まわせて、目に余る瑕疵を見繕って隣国に差し戻す。彼女なら何れ問題行動を起こすだろうと解っていたからね。国際関係を拗らせたエレノアは隣国でも問題を抱えた姫として扱える。流石に王妃も口出しする事は出来ないだろう。その対価に我々はカトレアを求める。宰相が隣国との外交の末に結んだ結末は、私とカトレアの未来の事しか考慮していない。彼等にとってハロルドの忠誠とは当然の事で、君はただその犠牲になるばかりだった。
ハロルドの父は宰相の補佐官だ。留学中の王子と息子の選んだ手段が誤っていたのを、その責の一端をハロルド本人に背負わせた。それで君に大きな瑕疵を負わせる事には、目を瞑るしか無かった。ハロルドの父もまた、何れエレノアを引き離す事で、ハロルドと君の婚約が復活出来たならと心の内で望んでいたのかもしれない。」
ああもう、満腹である。お腹いっぱい。ぱんぱんだ。
ヘンリエッタは心底呆れ果ててしまった。お話しはこれでお仕舞だろうか。二年間の苦労を返してほしい。
「そんな事。ひとこと言って下されば宜しかったのに。」
ヘンリエッタが思わず漏らしたその言葉に、エドワードばかりでなく、ハロルドもアレックスも、ヘンリエッタの後ろに控える護衛騎士までも息を飲んだのが気配で解った。
「殿下。貴方様が信頼されるのは側付きの者だけなのでしょうか。この国に、貴族家はどれほどあるのかご存知でしょう?皆とまでは申せませんが、その大半は、どの家も王家に忠誠を誓っている筈です。少なくとも我が家はそうでございます。貴方様が、父を信じて下さったなら、そうしてハロルド様、貴方が私に最初に全て打ち明けて下さったら、私は貴方になんて馬鹿な事をなさったのとその頬を一発ぶん殴って、それで仕方が無いからこの二年を、息を潜めて大人しく待っていた筈です。ハロルド様、貴方がこのへっぽこ王子の尻拭いを終えて私を迎えに来ることが解かっていたなら、私、お利口に待っていられたわ。もう、馬鹿なの?お二人共。お陰でマリーまで怪我をしちゃったわ!」
令嬢が激昂するのを、その場の誰も止められなかった。最後はもう支離滅裂で、先ほど額を打たれた令息の負傷にまで及んでいる。
「もうっ、馬鹿なの!」
まだ怒ってる。
「ふはっ、だから言ったろう?エドワード。ヘンリエッタ嬢にさっさと謝って打ち明けろと。ハロルドがどんどん痩せて萎れて行くから、もう限界だと言ったろう?」
忠臣の近衛騎士の顔をすっぽり脱ぎ捨てたアレックスが、エドワードに向かってやれやれと言う風に話せば、エドワードは眉を顰めた。
「アレックス、言葉も無い。」
「俺に謝られても困るよ。なあ、ハロルド。」
「私は殿下の事を責められない。」
ここって王城だよね、学園の教室じゃあ無いよね。
ヘンリエッタがそう迷うのも仕方が無い。
目の前の三人は、気の置けない幼馴染の姿で思うままに会話をしている。
ヘンリエッタとその後ろの護衛ばかりが取り残された様に呆けてしまった。つい先程、エドワードを馬鹿呼ばわりしたのも忘れる程に。
5,079
お気に入りに追加
6,364
あなたにおすすめの小説
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
いつか彼女を手に入れる日まで
月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】この胸が痛むのは
Mimi
恋愛
「アグネス嬢なら」
彼がそう言ったので。
私は縁組をお受けすることにしました。
そのひとは、亡くなった姉の恋人だった方でした。
亡き姉クラリスと婚約間近だった第三王子アシュフォード殿下。
殿下と出会ったのは私が先でしたのに。
幼い私をきっかけに、顔を合わせた姉に殿下は恋をしたのです……
姉が亡くなって7年。
政略婚を拒否したい王弟アシュフォードが
『彼女なら結婚してもいい』と、指名したのが最愛のひとクラリスの妹アグネスだった。
亡くなった恋人と同い年になり、彼女の面影をまとうアグネスに、アシュフォードは……
*****
サイドストーリー
『この胸に抱えたものは』全13話も公開しています。
こちらの結末ネタバレを含んだ内容です。
読了後にお立ち寄りいただけましたら、幸いです
* 他サイトで公開しています。
どうぞよろしくお願い致します。
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる